鑑賞後、あなたは“幸せ”の本当の意味を知る。
日本で実際に起きた衝撃事件を映画化…“未来”を諦め
なかった人々の“実話”が魂を貫く、希望の物語
多くの人に今この時代、この瞬間に、絶対に“目撃”してほしい――。
鑑賞後、筆者(映画.com編集部員)の心には、そんな思いが燃えていた。こんなに「届けたい」と強く思う作品に出合えたことに、誰ともなく感謝した。
その作品とは、「ブルーボーイ事件」(11月14日公開)。かつて日本で実際に起こった、性別適合手術(※当時の呼称は性転換手術)をめぐる事件を描いた衝撃作だ。

ある者の「幸せか不幸せか」が争点となった、前代未聞の裁判。生きづらさを抱えながらも、幸せを追い求め、未来を諦めなかった人々の“実話”を基にした物語に胸が締め付けられ、気がつけば呼吸を忘れて見入っていた。
壮絶なドラマに、切実な祈りが込められた本作について、全力で語っていきたい。ただただ「届けたい」という一心で――。
【予告編】私たちは、ずっとここにいた。
●【最初に結論】
心が震えた。こんなにも“幸せ”を切実に願う映画に、久々に出合った。“今、この瞬間”に絶対に観るべきで、そして人生に影響する“名作”!
主人公・サチ(左下/中川未悠)と、ともに裁判に臨むアー子(中央/イズミ・セクシー)
予告編を見てほしい。そして、劇場へ向かってみてほしい。
物語の衝撃と素晴らしさ、セリフの力強さ、キャストの熱演、製作陣の覚悟の凄まじさ、そしてラストシーン――詳細は後述するが、どれもこれも「今この時代に深く、深く、深く突き刺さる」と痛烈に感じるものばかりなのだ。
自分の幸せを掴もうともがき、戦う人々の姿に、とんでもなく心が震え、溢れる涙を止められなかった。
サチの恋人・若村(右/前原滉)
鑑賞後も感情がおさえきれず、主人公や、あらゆる人々の幸せをただただ祈っていた。そうして「ブルーボーイ事件」は、「人生の1本」として、このあとも抱きしめながら歩んで“生きたい”作品になるほど、筆者の胸に迫りに迫ってきた。
次の項目からは、「なぜ“今、この瞬間”に観るべきなのか?」という理由、そして心に響いた数々の瞬間を、誠心誠意綴っていく。
●【衝撃的かつ重要な物語】
実際に起きた「ブルーボーイ事件」 東京五輪、大阪万博が開催される日本で、“性別適合手術は違法か?”を争った世紀の裁判
物語にとにかく強く惹きつけられた。
【あらすじ】
当時、警察は街の国際化に伴う売春の取り締まりを強化していたが、性別適合手術を受けた「ブルーボーイ」と呼ばれる人々の存在に頭を悩ませていた。戸籍は男性のまま女性として売春をする彼女たちは、現行の売春防止法では摘発対象にならない。
そこで警察は、生殖を不能にする手術が「優生保護法」に違反するとして、ブルーボーイたちに手術を施した医師・赤城を逮捕し、裁判にかける。
ある日、赤城医師のもとで性別適合手術を受けたサチのもとに、弁護士・狩野がやってきて、「赤城の裁判に証人として出廷してほしい」と依頼される。恋人との結婚を控えたサチにとって、証言台に立つことは、今の生活を壊す可能性がある危険な選択だった。一方でサチは、赤城の逮捕によって、残りの手術ができず、途方に暮れる。果たして、サチはどんな決断を下すのか――。
事件と真正面から向き合う弁護士・狩野(錦戸亮)
本編鑑賞中、「こんなに衝撃的な重要事件が、かつて日本で起こっていたのか」という強い驚きがずっと続いた。
この裁判で「性別適合手術は違法」と判決が出ることは、「今後、日本での性別適合手術は不可能になる」ことを意味していた。マイノリティの人々の“状況”が大きく変化し、今の日本へとつながる“時代が動くその瞬間”を描破していることに、途方もない衝撃を感じたのだ。

だからこそ物語展開に手に汗握り、「いい映画を観ている」充足感に浸り、最初から最後まで没入しっぱなしだった。
さて、判決は果たして……加えて1960年代当時が、東京五輪や大阪万博の開催、そして物価高騰など、現在の日本とシンクロする状況であることも見逃せない。そうしたさまざまな理由とともに、本作は映画の枠をこえた“重要な余韻”を与えてくれる、「まさに今、目撃すべき非常に重要な一作」だと断言したい。
●【“魂に響く”名ゼリフ】
「なんも隠さずに、素直に生きられたら素敵だと思わない?」 言葉を思い出しただけで、涙が溢れる
しかしながら、本作は“ただ衝撃的”なだけではなかった。
主人公・サチが、弁護士の狩野が、そして周囲の人々が、この裁判で“戦う”ことを選んだのはなぜか? それは、トランスジェンダーであるサチたちにとって、今まさに絶たれようとする性別適合手術が、“本当に自分らしく生きる”ことにつながるかもしれない手段だから――。
もっとも大事なことは、サチたちが痛みを抱えながらも未来を切り開いていくその姿に、鑑賞中ずっと、涙が溢れて止まらないことだ。そして本編を観始めると、練り上げられた脚本とキャストの熱演から生まれる、凄まじく強い思いが宿った名ゼリフの数々に、その“言葉の力”に、魂を射抜かれ続けること――。
そんなセリフを“みてもらう”ことで、最も本作を観たくなると思うので、印象的だったものを以下でご紹介したい。



時に絞り出すように、時に叫びとなって放たれる、心を深く穿(うが)ち、消えない余韻をもたらす言葉。
登場人物の誰もが、自分のためだけではなく、仲間たち、そしてまだ見ぬ人々の未来にまで思いを寄せていることが伝わってくる名文ばかりだ。
いまこうしてこの文章を書きながら思い出すだけで、熱い涙が溢れてくる。印象的なセリフを実際に本編のなかで受け止めると、その強さと切実さを存分に“食らってしまう”はずだ。
●【熱演にもまた、涙が止まらない】
自身もトランスジェンダー女性で、演技未経験ながら難役に挑んだ主演・中川未悠が、“主演女優賞”級の存在感
なかでも、自身もトランスジェンダー女性というアイデンティティをもち、演技未経験ながら難役に挑んだサチ役の中川未悠の存在感に、たちまち目を奪われた。
恋人とのささやかな幸せを噛み締め、ひっそりと暮らしていたサチ。当初は平穏な日常を壊しかねない裁判への出廷を迷っていたが、ある事件をきっかけに、勇気を振り絞って証言台に立つことを決意する。
マイノリティへの差別が横行していた当時にあって、「幸せを追いかける」という人間として当然のことをしているだけなのに、世間の好奇の目に晒され、容赦なく傷付けられるやるせなさと怒り。幸せな日常を捨て、仲間たちの思いを背負う覚悟。一度は捨てた過去を再び抱きしめて歩んでいこうとする勇気。
サチへの尋問を行う検事・時田(安井順平)
中川が、控えめな佇まいのなかで、そうした感情のグラデーションを滲ませ、サチ自身の変化を力強く、スクリーンに刻みこむ。検事の侮辱的な言葉や傍聴人の嘲笑に晒され、不安げに腕をさすりながらも、必死で響かせる声。そこには、“役を超えた思いや熱量”が宿っている、生き様そのものがあった。
これを“魂の名演”と言わずして何と言おうか――中川は演技初挑戦だそうだが、「絶対に何らかの映画祭で主演女優賞を獲得するだろう」と確信できるほどの気迫だった。
さらには、事件と真正面から向き合う狩野役に錦戸亮、サチとともに裁判に臨むメイ役にシンガーソングライターで俳優の中村中、アー子役にドラァグクイーンのイズミ・セクシーを配しており、その存在感も、なんと素晴らしいことか!
サチとともに裁判に臨むメイ(中村中)
メガホンをとったのは、トランスジェンダー男性であるという自身のアイデンティティを反映した作品づくりで知られる飯塚花笑監督。7年の歳月をかけた本作では、「この物語を描くには当事者によるキャスティングが絶対に必要」という強い意志を貫いた。
ゆえに日本映画界を変えうる可能性をも秘めた作品でもあり、「主人公たちと同じように、本作もまた戦っている」ことを、観客に悟らせる。そんな製作陣の心意気を知り、「当事者のことをもっと知りたい」という思いがこみ上げた。
●【ラストシーンは、生涯忘れられそうにない】
「あなたは今、幸せですか?」 結末を見届ける“私たち”全員に投げかけられる問い “決断と言葉”に、自分らしく生きる勇気が、沸々と湧き上がる
そして物語は、予想だにしない、しかし素晴らしい展開に突入していく。
終盤の裁判のなかで、裁判官がサチに「あなたは今、幸せですか?」と問いかけ、サチが証言する、長回しのシーンがある。そこでサチは何を語るか――ネタバレ防止のために詳述は避けるが、ここが本編屈指の名シーンとなっている。
ブルーボーイたちに手術を施した医師・赤城(左/山中崇)
そして「あなたは今、幸せですか?」という言葉は、結末を見届ける観客の“私たち”全員に投げかけられているような感覚にもなった。誰もが生きづらさを抱える時代にあるからこそ、このシンプルな問い、そしてサチが出した答えが、どうしようもなく心に刺さる。
混沌とした世界のなかでも、「自分らしく生きることを諦めてはいけない」という勇気が沸々と湧き上がるのだ。本当に、本当に素晴らしいこれらのシーンを、絶対に劇場で目撃してほしい。
やがて訪れるラストシーン。私は生涯、忘れないだろう。戦いに挑んだ手応えが滲んでいるかのような、尊くて愛おしいその表情が、いつまでも、いつまでも、心に残る。
 
									 
					