憎むべき敵でもむやみに命を奪わない。典型的なヒーロー像だ。法執行機関や軍隊で修練を積んだ設定となればなおさらである。

インドの異色作「KILL 超覚醒」(11月14日公開)の見どころは、特殊部隊の精鋭である主人公が、中盤のある出来事をきっかけにそんな「おきて」をかなぐり捨て、文字通りの殺人マシンに変貌するところにある。

ギアチェンジ前の格闘シーンも十分血なまぐさいが、その後はまさに地獄の様相。疾走する特急列車という密室空間で繰り広げられる二段構えのアクションは、ハリウッド・リメークが決まるのも納得の刺激に満ちている。

富豪の父が進める婚姻話にからめ捕られそうな恋人トゥリカ(ターニャ・マニクダラ)を取り返すため、対テロ特殊部隊員のアムリト(ラクシャ)が、富豪一族が移動する特急列車に乗り込む。指輪を渡し、愛の確認には成功するが、その列車には40人あまりの屈強な強盗団が潜んでいた。富豪の存在を知るや、身代金目当ての誘拐も企てる。

アムリトは居合わせた同僚とともに2対40の闘いを余儀なくされる。

武器は基本ナイフのような刃物で、血まみれ汗まみれの近接戦は痛みがリアルに伝わってくる。主演のラクシャは狭い車内空間でのパンチやナイフの使い方について約7カ月間の訓練を積んだという。「ジョン・ウィック」ばりの迫力だが、あのシリーズのスタイリッシュさとは別物の泥くさいリアリティーがある。

詳述は避けるが、インド独特の過密な寝台スペースや屋根の上も使った多角的なアクションで飽きさせない。

ソニーやディズニーのテレビシリーズでキャリアを積んだラクシャは「人生のインスピレーションを受けた作品」として「ロッキー」(76年)を挙げている。リング上でボロボロになったスタローン同様に、執念だけが原動力になる終盤のアクションに説得力がある。

大学時代に実際に列車強盗を経験したというニキル・ナゲシュ・バード監督は、細部の描写にこだわる。車両ごとのシャッターなど、インド列車の特殊な構造が、攻防を左右するツールとして効いている。

ヒーローらしく敵にも情けをかけていたアムリトが、中盤の悲劇をきっかけに「鬼神」に変身する。この感情爆発がまるでスタローンの「エイドリア~ン!」に重なって見える。怖いくらいの大暴れの後、次元を越えたラストの描写にそうきたかと妙に感動する。

インド映画ならでは縦横無尽を、ハリウッド・リメークではどう表現するのだろうか。期待もあるが、難しいだろうなとも思う。

長尺が当たり前のインド映画で、1時間45分の「世界規格」に密度濃く収めているのもうれしい。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

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