現在開催中の第38回東京国際映画祭と国際交流基金の共催企画「交流ラウンジ」が11月2日に東京ミッドタウン日比谷のLEXUS MEETSで行われ、是枝裕和監督と今年のクロージング作品である『ハムネット』(2026年春公開)の監督であり、黒澤明賞を受賞するクロエ・ジャオ監督が対談を実施。お互いの映画のファン同士で、それぞれの映画作りに興味があるという2人が豊かなトークを繰り広げた。
是枝裕和監督&クロエ・ジャオ監督が「交流ラウンジ」に登壇!
「交流ラウンジ」は、東京に集う映画人同士の交流の場として、検討会議メンバーの企画のもと開催されたもの。世界が注目する2人の監督による対談企画とあって、会場の熱気はムンムン。コンペティション作品『母なる大地』に出演している俳優のファン・ビンビンも、観客として駆けつけていた。『ザ・ライダー』(17)や『ノマドランド』(21)など、詩的かつリアリスティックな作品を発表してきたジャオ監督。「いま新作の撮影中で。今日1日だけ映画祭に、クロエさんに会うためにやってきている感じ」と切り出した是枝監督は、「『交流ラウンジで、誰と話をしたいですか』という会議をするたびに、クロエさんの名前を出していて。ようやく実現した」と大ファンだと笑顔。ジャオ監督も「お目にかかれてうれしい」と声を弾ませ、「私は是枝監督の大ファンなんです。いまの言葉に感動しています。本当にありがとうございます」と相思相愛の様子を見せながら、対談がスタートした。
『ハムネット』のクロエ・ジャオ監督は今回、黒澤明賞も受賞
クロージング作品となった『ハムネット』は、ウィリアム・シェイクスピアの名作「ハムレット」が誕生する背景にあった夫婦の愛と喪失を描く物語。第50回トロント国際映画祭で観客賞に輝き、第98回アカデミー賞の有力候補として大きな注目が寄せられている。
来年に日本公開を控えるため、ストーリーに関して詳しい話はできないとしつつ、是枝監督は「とにかく感動したことだけは、まずお伝えしたい」と同作を絶賛。「試写室で観て、誰も他にいなくてよかった。涙が止まらなくなっちゃって。自分がなぜ、物語を書くのか。なぜ映画を撮るのか。なぜ悲しい話を書くのか。そういうことをすべて包み込んでくれた。ものを作っている人間だけではなく、映画館に人が集まること、人と一緒に悲劇を観ること、悲しい物語に触れること。そこを含めて、とても大きなテーマを描いている」と心を揺さぶられたといい、「このような作品を作っていただいて、ありがとうございました」と感謝を述べた。感激しきりのジャオ監督は、是枝監督による1999年の映画『ワンダフルライフ』と『ハムネット』について、「似たようなフィルムではないかと思う」と分析。「喜びのある人生でも、悲しみのある人生でも、自分の人生を見つめる」ことができる作品となり、監督としても「有意義な時間になった」と心を込めた。
是枝裕和監督、「涙が止まらなくなっちゃった」
是枝監督は、映画づくりにおいて「映画の着地点が最初に決まっているわけではなくて、作りながら、撮りながら、監督が一緒に探していくことがとても好き」だという。「クロエさんの映画は『ノマドランド』もそうだけれど、主人公と一緒に旅をしていく。どこに辿り着くのか、人生のようにわからない。そのたびに寄り添っていくという目線が、すごく好き。今回は旅の映画ではないけれど、同じように感じた。監督のスタンスが変わらなかったことが、とてもうれしかった」と愛情を傾けながら、その目線は「意識していることなんですか?」と問いかけた。
ジャオ監督は、『ハムネット』について「この映画のカタルシスとなるビッグモーメント、一番の感情の開放は、脚本にはなかった」と制作が終わる数日前までクライマックスは決めていなかったと告白。「脚本にエンディングは書いてあったんですが、これはうまくいかないんじゃないか、これでは完成しないんじゃないかと思っていて。私が映画づくりをする時は、エンディングがわからないんです」と明かしながら、「(撮影においては)人生が、セットの中で起きるわけです。ただ私が自分のビジョンを見せるだけではなく、セットで初めてわかることがある」とスタッフや俳優たちとのセッションを体感し、それを込めていくことが大切な様子で、「是枝監督も、撮影の様子を見ながらエンディングを書いたり、決めたりすると聞いた。それってストレスがあることでもありますよね。もうちょっとで完成できるのに、完成できないという感じ。でもそれって、人生そのものだと思います」と是枝監督の映画づくりに共鳴した。
是枝監督は「現場で脚本を書き直していく作業が、とても好き」だという
是枝監督は、「いまちょうどセットに入って撮影をしていて、残り2週間。そんななか、この日はこの役者がいるから、もうワンシーンこういうことができるんじゃないかと考えたりする。ラストシーンは撮り終えているけれど、そこに至るプロセスでなにができるかと考えている。現場の空間に立って、役者のイメージを膨らませながら、現場で脚本を書き直していく作業が、とても好き」とにっこり。
「スタッフはハラハラしていると思うけれど(笑)、そうやって出来上がったものは間違いがない。現場で発見されるものが、一番豊かだなと感じている」と持論を述べつつ、「編集中に発見することもある。その日に撮ったものは、帰って一回、その日に編集してみる。それで変更したりもする」とすぐさま編集してみるのだという。するとジャオ監督は「毎日編集するんですか?」と驚愕。会場も笑いに包まれるなか、「そうやって毎年映画づくりをしているんですか?私は8時間の睡眠がないと、仕事ができない。どうやってそれを実現させているんですか」と続け、これには是枝監督も照れ笑い。ジャオ監督は、撮影と同時に編集をしない方が自分のやり方に合っていると話し、『ハムネット』の結末は、主演俳優のジェシー・バックリーとのコラボレーションによって生まれたものだ打ち明ける場面もあった。
【写真を見る】「現場で発見されるものが、一番豊か」と共鳴し合った是枝裕和監督&クロエ・ジャオ監督
お互いの映画づくりのプロセスについて、質問が止まらない様子の2人。ジャオ監督が「是枝監督の作品は、俳優さんの演技がすばらしい。自発的な動きがある。俳優さんとは、どのような関係を築いていますか?」と尋ねると、是枝監督は、現在撮影中である綾瀬はるかと千鳥の大悟が夫婦役を演じる『箱の中の羊』を例に挙げた。「大悟さんは芸人さんで、あまりお芝居をしたことがない。お笑いを組み立てていくのに似ているのか、似ていないのかわかりませんが、ポイントだけ決めて、その間は自由にしていいと話しておくと、とてもおもしろくシーンを捉えてくれる。あまり動きを決めずに、提案するといいみたい」と大悟への演出について口にし、「この役者さんにどういう接し方をしたらいいか、どういう言葉の掛け方をしたら気持ちよく動けるか。それを見つけていきます」と自発的な動きの秘密を披露していた。
またジャオ監督は、人生において苦しい局面に立った時は「洗濯をしよう、サンドイッチを作ろう、木を切ろうと、シンプルなことをしようと思う」と日々の生活に目を向けてみるのだとか。「是枝監督の映画には、そういった安心感がある。そこをスキップしてしまう人もいるけれど、人がどういう生活をしているかを描いている。そこから深いところに行き、油断していたところにガツン!とくる」と是枝作品の魅力について熱っぽく話すと、是枝監督は「生活のなかにある些細なことから、感情の起伏やズレ、物語を立ち上げていくことができたらいいなと思っている」と説明。さらにジャオ監督が「人生にどのような理念を持っているのですか?」と掘り下げると、働きすぎでワークライフバランスが崩れていることを自認して苦笑しながらも、「基本的にずっとワークをしているんですが、それが嫌ではない体になってしまった。撮っているのが、楽しくて仕方がない。自分は本当にいま、楽しくて。これから監督になる子どもたちに、60歳を過ぎたおじいちゃんがすごく楽しそうにしていたという印象を残そうと思っている。映画づくりって楽しいのかもって思ってもらえるといいな」と次の世代へと想いを馳せ、映画づくりは「ワークであり、ライフである」目尻を下げた。
ものづくりに感じる寂しさや喜びについて共鳴!
映画を撮ることばかりが楽しく、それでいいのかと「悩むこともある」という是枝監督だが、ジャオ監督は「もし是枝監督が、私の作品の俳優だとしたら、すごく美しいほろ苦さを感じる」としみじみ。“人生における一番印象的な思い出”がキーワードとなる『ワンダフルライフ』に触れながら、「私は、この映画を観て泣いたんです。自分はおかしいのかもしれない、人生そのものが怖いかもしれないと思ったりもした。自分にとって大好きな思い出となるものは、ファンタジーのようなものを妄想している時なんです。リアルなものではなく、他の人の記憶や思い出に入り込んだ時の方がうれしい。シェイクスピアも、現実とうまく繋がっていなかったりしたけれど、舞台のうえではすべてのものと繋がれる。そういうほろ苦さを感じた。ストーリーテラーになるというのは、そういうことなのかと思う」と深くうなずき、「いまのままでいい」と是枝監督にエール。
照れくさそうにした是枝監督は、「『ワンダフルライフ』は、28歳の時に最初に脚本を書いた。クロエ監督がおっしゃったように、他者にカメラを向けるという行為が持っている、どこか寂しい感じ。自分の人生がどこかに置き去りにされている感覚を、どう克服していけるのか。20代でそんなことを感じながら、作った映画。その問題は50代、60代になっても、どこかで感じている。それは決してネガティブなことではなく、最後まで『そういうものなのだ』と開き直らずに、作り続けていきたい」ともがきながら、映画づくりに挑んでいきたいという。ジャオ監督も人々は別々の存在ではなく、一つであるという話を描いていきたいという意欲をにじませるなど、未来への熱意にもあふれた対談。是枝監督はいつも、作品の土台となる脚本は「2日くらいで書く」とキャラクターの動きを止めないためにもぶっ通しで書くのだとか。するとジャオ監督は「2日!?期限内にやってくれるので、ハリウッドのほうが気にいると思います」、是枝監督が「あとで話を聞かせて?」と茶目っ気たっぷりに笑うなど、最後まで敬意と映画への愛に満ちた時間となった。
取材・文/成田おり枝
