 出所:共同通信イメージズ
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消費者起点の商品開発と小ロット・短サイクルの供給体制を築き、「ZARA(ザラ)」を世界的ブランドへと成長させた、同社創業者のアマンシオ・オルテガ氏。一貫した反骨精神で「美」の定義を問い続け、プラダのブランド価値を高めたオーナー兼ヘッドデザイナーのミウッチャ・プラダ氏。ファストファッションとラグジュアリーという両極から業界を変えた二人から、我々は何を学ぶべきか──。2025年6月に書籍『「イノベーター」で読む アパレル全史【増補改訂版】』を出版した作家の中野香織氏に、異なる分野で業界に革新をもたらしたオルテガ氏、ミウチャ氏の思想や戦略について聞いた。
「知的な毒」で美の定義に揺さぶりをかけるミウッチャ・プラダ
──著書『「イノベーター」で読む アパレル全史【増補改訂版】』では、プラダを率いるオーナー兼ヘッドデザイナーのミウッチャ・プラダ氏(以下、ミウッチャ氏)について解説しています。同氏の思想や行動の根底には「一貫した反骨精神」が流れている、と述べていますが、それが分かるエピソードはありますか。
中野香織氏(以下敬称略) ミウッチャ氏は祖父が「プラダ」の創業者というブルジョワ家庭の出身でありながら、ミラノ大学で政治学の博士号を取得し、イタリア共産党に入党して政治活動にも積極的という「反・ブルジョワ的な行動」で知られる人物です。そこに彼女の反骨精神の原点を見ることができます。生まれ育ちにかかわらず、自らの信念に従って行動する姿勢は、その後のプラダの歩みにも一貫して表れています。
その最たる例が、それまでのラグジュアリーブランドでは考えられなかった軍隊用パラシュートのナイロン素材を使った高級バッグを世に送り出したことです。「高級ブランドがなぜナイロンを?」という衝撃と違和感が議論を呼び、ブランドを知的で前衛的な存在へと押し上げました。ミウッチャ氏の上品な反骨精神が知的な層に刺さり、それが今もブランド価値として維持され続けています。
その後も、ミウッチャ氏は商品に錆(さび)のような褐色や胆汁を連想させる緑色など、「美しい」とは言いがたい色彩を採用しています。また、セカンドライン「ミュウミュウ」では、かわいいのかダサいのか判然としない絶妙なバランスを狙ったデザインで、男性視点の美意識に疑問を投げかけました。高額な価格設定にもかかわらず、「知的な毒」で常に美の定義に揺さぶりをかけるカスタマーエクスペリエンスをうまく設計していると思います。
ミウッチャ氏の影響力はファッションだけにとどまりません。今では多くのラグジュアリーブランドが文化的・教育的な活動に熱心ですが、ミウッチャ氏は30年前から現代アートと建築の分野で存在感を発揮してきました。2004年以来、プラダの全てのコレクション会場の空間デザインは、オランダ人建築家レム・コールハース氏率いる建築設計事務所の研究機関AMOが手掛けています。
2015年には、1910年代に建てられた蒸留所を増改築してプラダ財団美術館を設立しており、その建物もAMOが設計しました。東京・南青山に2003年にオープンしたプラダの旗艦店「エピセンター東京」は、スイスの建築家ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロンが設計を手掛けています。斜め格子のガラスがはめ込まれたピカピカと輝く外観の建築物を目にした方も多いのではないでしょうか。
ミウッチャ氏は斬新なファッションや芸術性の高い建築を通して、「美とは何か」を問い続けています。「エレガンス」という言葉は、元々「選び抜く」という意味を持つ言葉で、無駄をそぎ落とした抑制と洗練が生む品格を表し、フランスでは人格を称賛する際にも使われます。矛盾を矛盾のまま抱え込み、見事に融合させているミウッチャ氏の生き方は、まさにエレガントと呼ぶにふさわしいと思います。
 
									 
					