「このミステリーがすごい!2023年版」で1位に輝いた呉勝浩のベストセラー小説を、『帝一の國』(17)、『キャラクター』(21)などの永井聡監督が映画化した超過激なミステリー『爆弾』が10月31日(金)よりいよいよ公開になる。

酔った勢いで酒屋の自販機を破壊し、店員にも暴力を働いた中年男が逮捕されるところから始まる本作では、「スズキタゴサク」と名乗る彼が警察の取調室で出題する謎解きゲームと、東京全域を恐怖に陥れる連続爆破事件がリアルタイムで同時進行する、先読み不能のシナリオが展開。奇妙な笑みと嘘か本当かわからない問答で、取り調べにあたった刑事の心を揺さぶり惑わせるスズキが、爆破事件が都内で実際に起こるごとにどんどん化物に見えてくるのも大きな見どころだが、スズキタゴサクのような常軌を逸した中年男はこれまでも古今東西の映画に登場し、観客を震撼させてきた。そこで本コラムでは、観る者の背筋を凍らせた歴代の“ヤバいおじさん”を一挙紹介。その奇行の数々をピックアップしていきたい。

目的も真意もまったくわからない…『爆弾』スズキタゴサク【写真を見る】スズキタゴサクの見張り役を務める伊勢(寛一郎)。スズキの振る舞いにいらだちを見せる…(『爆弾』)【写真を見る】スズキタゴサクの見張り役を務める伊勢(寛一郎)。スズキの振る舞いにいらだちを見せる…(『爆弾』)[c]呉勝浩/講談社 [c]2025映画『爆弾』製作委員会

その前に、『爆弾』のスズキタゴサクにもう少し触れておこう。佐藤二朗がいつものニヤニヤした表情で体現した彼は、取り調べに対応した野方署の刑事、等々力(染谷将太)に「自分は名前以外のすべての記憶を失っているが、霊感で警察に協力できる」と主張し、都内に仕掛けられた爆弾の存在を予告。その言葉通り、秋葉原で実際に爆発が起こると、「ここから3回、次は1時間後に爆発します」と言い放ち、事件の真相に迫りたい等々力や、警視庁捜査一課強行犯捜査係の清宮(渡部篤郎)の質問をのらりくらりとかわし続ける。そして、気持ち悪い笑顔を浮かべたまま意味不明な謎めいた9つの“質問”を出し、清宮や、取り調べを引き継いだ彼の部下、類家(山田裕貴)を翻弄していくのだが…。

スズキが最初に爆発を予告するのは秋葉原。ここから次々と事件が起こり始めるスズキが最初に爆発を予告するのは秋葉原。ここから次々と事件が起こり始める[c]呉勝浩/講談社 [c]2025映画『爆弾』製作委員会

スズキがおぞましいのはその言動と目的が不明瞭なところだ。相手の心を弄ぶようにニヤニヤしたり、怯えて見せたり、おどけたり。名前を呼ぶことで親近感を示した清宮や等々力と異なり、「類家」の名前だけはいつまでも呼ばずにイラつかせる。しかも言っていることの信憑性も定かではなく、9つの質問がなにを意味しているのかもわからない。いったい彼は何者なのか?爆破事件に関与しているのか?その目的はなんなのか?それを知る手がかりは、グダグタと脈絡のないことを話し続けるスズキの言葉だけ。だから、彼が発するワードの数々を聞き逃してはいけない。細かい仕草も見逃してはいけない。その間にも、深まる謎と共に爆破事件のスケールは肥大化!SNS時代が作り上げた究極のリアルタイムミステリーに心の底から震撼することになるのだ。

神のようでも、恩を仇で返す奴は許さない?『神は見返りを求める』田母神尚樹

スズキタゴサクに限らず、人間の本性は外見だけではわからない。『空白』(21)、『ミッシング』(23)などの吉田恵輔監督が自らのオリジナル脚本を映画化した『神は見返りを求める』(22)でムロツヨシが演じた田母神も、最初は心優しい普通の中年男だ。イベント会社に勤める彼は、合コンでYouTuberのゆりちゃん(岸井ゆきの)と知り合い、動画の再生回数が思わしくない彼女のYouTubeチャンネルを無償で手伝い始める。それでもなかなか人気は出ないが、2人はしだいによきパートナーに。けれど、ゆりちゃんが人気YouTuberの動画に出たり、新しいデザイナーと手を組むうちに2人の関係はギクシャクし始め、やがて決裂。彼女が自分のチャンネルで「田母神さんのセンスはダサい!」と言い放ったのをきっかけに、神様のような存在だったおじさんが豹変する。

かわいがっていた相手に裏切られた時のショックや怒りは想像を絶するものだろうけれど、恩を仇で返したゆりちゃんに牙を向く田母神にはムロツヨシのいつもの穏和な表情の欠片もなくてめちゃくちゃ怖い。しかも、SNSでの悪口合戦から後先を考えない凶行がどんどんエスカレート!誰でも、ちょっとしたことがきっかけでヤバいおじさんになり得ることを見せた衝撃作だった。

蝶の収集に没頭する男が次に“コレクション”したのは?『コレクター』フレディ蝶の収集に留まらず、心惹かれた女性を“コレクション”する男の姿を描く『コレクター』蝶の収集に留まらず、心惹かれた女性を“コレクション”する男の姿を描く『コレクター』[c]Everett Collection/AFLO

『ローマの休日』(53)や『ベン・ハー』(59)などの巨匠、ウィリアム・ワイラーが監督した『コレクター』(65)の主人公フレディ(テレンス・スタンプ)も銀行に勤める見た目はごく普通の男だ。けれど、内気で人付き合いが苦手な彼の心は蝶の収集に明け暮れるうちに歪み、恐ろしい欲望を妄想の範囲で留められなくなっていったのだろう。以前から目をつけていた美術学校に通う美しい女性ミランダ(サマンサ・エッガー)を、蝶を捕まえる時と同じようにクロロフォルムで眠らせて誘拐。郊外に買った屋敷の地下に監禁する。

フレディがほかの誘拐犯と違うのはここから。誘拐が身代金目当てでも、彼女の身体目的でもないところだ。それどころか、監禁部屋にはミランダが好きな色やデザインの服と下着をたくさん用意し、美術書なども買いそろえている。食事も豪華で美味しそうなものを毎回運んでくるし、彼女が逃げようとしなければ暴力を働くこともないが、やがて語るフレディのあり得ない願いには、ミランダと一緒に背筋が寒くなる。

クロロホルムを使って眠らせたミランダを地下で監禁するフレディ(『コレクター』)クロロホルムを使って眠らせたミランダを地下で監禁するフレディ(『コレクター』)[c]Everett Collection/AFLO

彼はミランダに、あろうことか、「僕のことを愛してくれ」と言うのだ。自分のことを愛してくれるようになるまで監禁を続けようとするフレディにとって、彼女は標本にして飾っている美しい蝶たちと同じ。叫んだり暴れたりはしないが、収集癖が暴走して精神が捻じ曲がったヤバいおじさんの一人であることは間違いないだろう。

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