ホームドラマの内容がどれほどシリアスでも、どこかに「ウソ」を感じれば、人ごととしてながめることができる。
英国の巨匠マイク・リー監督はそんなぬるい鑑賞は許さない。新作「ハード・トゥルース 母の日に願うこと」(24日公開)のあまりにリアルなやりとりには、劇中家族のぎくしゃくの中に放り込まれたようなヒリヒリ感がある。
初老にさしかかった女性パンジーの生活は一見穏やかに見える。配管工として地道に働く夫、20代の息子は無職だが、素直そうだ。新築の家はきれいに磨かれ、モデルルームのように無駄がない。
だが、その家に象徴されるパンジーの極度な潔癖性、どうしようもないかんしゃく持ちの性分がしだいに明らかになる。常に何かにいら立ち、周囲に当たり散らす。取るに足りないことから怒りはどんどん膨らんでいく。自分でも分かっているが止められない。
王立演劇学校で学んだリー監督とは、舞台時代から30年以上の付き合いになるパンジー役のマリアンヌ・ジャン=バプティストが、そんなやり場のない日々のいら立ちを“巧演”する。
リー監督は俳優たちと数週間かけてキャラクターを作り上げ、まるで日常そのままのようなリアルな会話劇を作り上げることで知られている。パンジーが怒りを増幅させていく過程があまりに自然で、いやおうなく引き込まれる。家庭内で、家具店で、スーパーマーケットで…。またやらかすぞ、とヒヤヒヤさせられる。
娘2人と暮らす美容師の妹は対照的に穏やか性格。母の日、彼女が半ば強引に亡き母の墓参りにパンジーを誘ったことから、そのいら立ちの根源が明かされていく。
妹家族の2人の娘もその母に似てポジティブな性格だが、仕事場ではそれぞれに問題を抱え、順風というわけではない。姉妹の二家族はきれいなコントラストをなすわけではなく、リー監督はリアルな現実からは決して逃がしてくれない。
ロンドンで暮らす黒人姉妹の物語は、私たちからすれば環境も意識もかなり違うが、家族内の思いは実はそれほど変わらないということを改めて実感させられる。
妙に疲れる1時間37分。こんなに緊張感を持って見たホームドラマは初めてだ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)
