【この記事の目次】はじめにDPE窓口から始まるサイコサスペンスストーカーの標的が日常を記録していたカメラ小さいけれどラグジュアリーな全自動カメラ誰にでも簡単に写真が撮れるスペック玄人には使いこなしがやや困難なカメラシンプルなフルサイズの高級コンパクトコンタックス T2とは異なる設計思想のカメラまとめこの記事に使用した機材
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。
DPE窓口から始まるサイコサスペンス
今回取り上げる作品は、マーク・ロマネク監督の『ストーカー』です。邦題がアンドレイ・タルコフスキー監督1979年制作のソ連SF映画の傑作と同じなので紛らわしいのですが、本作はそのリメイクではなくまったく別の話で、原題は『One Hour Photo』。この言葉の響きにピンとくる方はフィルム写真のDPE店が街のあちこちに存在していた時代を知っていると思います。映画の舞台はアメリカの大型ショッピングモールに設けられたDPE窓口。フィルム現像とプリントが1時間で仕上がる間にお買い物をしてください。というビジネスモデルが成り立っていた2000年代初頭の物語です。
ストーカーの標的が日常を記録していたカメラ

主演はロビン・ウィリアムズですがコメディー的な要素は微塵もなく、仕事熱心だけれど偏屈で孤独が滲み出ている雰囲気のラボ店員を怪演しています。彼の勤めるDPEブースには最新のアグファ製ラボシステムが稼働しており、アメリカの豊かな写真文化を支えています。フィルム現像用の薬液設定などにも一家言を持つ偏執狂的な主人公が、いつもDPEを出してくれる美人で裕福な主婦の私生活に干渉していくというサイコサスペンスです。劇中でストーカー行為の標的となってしまう彼女がいつも使っているカメラ、それがライカ miniluxなのであります。
小さいけれどラグジュアリーな全自動カメラ

ライカ miniluxは、いわゆる高級コンパクトカメラの真打的な存在として1995年に登場。それまでにプラスチック外装でライカブランドのコンパクトカメラが数機種発売されていましたが、miniluxではチタン外装を採用。すっきりした直線基調の工業デザインで、片手操作を意識させる黒い合成皮革のレイアウトも見事な出来栄えのカメラでした。レンズは単焦点で4群6枚構成のズマリット 40mmF2.4を装備し、写りに期待が持てます。
誰にでも簡単に写真が撮れるスペック

裏蓋側から見た姿も直線基調でシンプルなデザイン。オートフォーカスを基本の仕様とし、フィルム巻き上げ・巻き戻しは自動。右端のダイヤル操作で電源を立ち上げて、あとはシャッターを押せば中央重点測光のプログラムAEで誰にでも簡単に写真が撮れるという仕立てになっています。発売当時の日本での価格は10万6千円(税別)で、アメリカにおいても経済的に恵まれた人々向けのカメラという位置付けの小道具として映画の中に登場します。ストーカー行為に走る主人公のラボ店員には高嶺の花という感じの演出が泣かせます。
玄人には使いこなしがやや困難なカメラ

miniluxには写真のことがよくわかっている人に向けたメニューも用意されています。ダイヤル操作で目測の設定が0.7mから無限遠の間でセット可能なことに加え、任意の絞り値に設定することで絞り優先AEでも撮影できます。ただし、フラッシュの設定は電源オン時のデフォルトがオート発光なので、フラッシュをオフにするにはモードボタンを6回も押さなければならず、電源をオフするとその設定は消えます。だからフラッシュを焚かないで撮影したい場合には常時電源ONでレンズを露出させたまま持ち歩くしかないのが辛いところ。露出補正に関しては1度設定してしまえばEVボタンで任意の±補正値が呼び出せますが、設定自体は結構イライラさせられるインターフェイス設計です。
シンプルなフルサイズの高級コンパクト

電源は1990年代のコンパクトカメラによく使われていたCR123タイプの3Vリチウム電池1本。フィルムのパトローネは右側に装填し、左側に向けてフィルムが走っていくのはライバル機のコンタックス T2などと同じですね。1990年代のコンパクトカメラでは35ミリフィルムの天地を物理的にマスキングして横長にトリミングして撮影するパノラマ機能が流行しましたが、miniluxではオプションのパノラマアダプターで対応。デート写し込み機能などもオプションのデータバックによるものなので、今となっては基本仕様がシンプルなのは有難いと感じます。
コンタックス T2とは異なる設計思想のカメラ

ありていに申し上げれば、ライカ miniluxとは1990年に登場し大成功を収めたコンタックスT2の後を追って企画・設計されたカメラです。そう考えれば日本での販売価格はT2の12万円(税別)に対して少しだけ安い(とはいえ高い)設定だったのも頷けます。操作性に関しては、コンタックスT2ではフラッシュをレンズ先端のリングの直接操作で発光モードを変えられ、露出補正も専用のダイヤル操作で設定できるなど撮影結果に積極的に関わろうという意思がある場合には、便利なインターフェイス設計なのがminiluxとの違いです。T2ではファインダー内にシャッター速度の表示が出ますがminiluxには無く、カメラ天面の液晶に小さく表示されるのみ。このようなことから、miniluxはシャッター速度とか絞り値とか気にせずに、勝手にカメラがフラッシュを焚いてしまうことも含めて偶然性を楽しみながら撮るのに向いているカメラなのだと思います。
まとめ

最近、このカメラはすごい人気で、ずいぶん昔に使い勝手が悪いと感じて売り飛ばしてしまったことを後悔していたりもします。昔付き合っていた彼女のことを思い出すように古いプリントを見返してみると、その魅力はズマリット 40mmF2.4の端正な描写力にあったのだと実感します。コンタックス T2のゾナー 38mmF2.8のような艶っぽい発色ではないけれど落ち着きのある色。モノクロームでの豊かなトーンも魅力です。miniluxの初期生産モデルは今年で30歳。まだまだ若いと思いたいところですが、メンテナンスの窓口は今後先細りしていくことは間違いありません。ですから中古品をお求めになる場合には各部の作動状態はもとより、ファインダーに曇りがないかも確認されることをお勧めします。
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。
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