『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞などを受賞、『浅田家!』ではフランスでの大ヒットを記録した中野量太監督の新作『兄を持ち運べるサイズに』。原作は作家・村井理子の実体験をもとにしたエッセイ『兄の終い』だ。何年も会っていなかった兄が死去したことをきっかけに、村井理子は7年ぶりに兄の元嫁と娘と再会する。兄が住んでいたゴミ屋敷と化したアパートを片付ける中で、とことんダメ人間だった兄との思い出が蘇る──。たとえよい感情を抱いていなかったとしても、簡単には切れない家族の関係性を描いた本作は、観客それぞれの家族への想いや現在地にそっと重なり、心を揺さぶるだろう。

理子を演じたのは、フランス語での演技に挑戦した黒沢清監督のセルフリメイク作『蛇の道』、息子が担任教師に虐待されたという訴えを起こす母親役を演じた『でっちあげ~殺人教師と呼ばれた男~』など、チャレンジングな作品への出演が続く柴咲コウだ。

—fadeinPager—

「変わりたい」という意識が芽生えた作品
sub03.jpg
村井理子役を演じた柴咲。この役を通じて、積み重なっていた心の陰の部分に優しく灯りをともされたような、そんな感覚を抱いたという。©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

――『兄を持ち運べるサイズに』の話が来た時はどう思いましたか?

脚本を読んで、いい映画になりそうだなと思ったのですぐに出たいなと思いました。

――「カタチはさまざまなはずなのに、私は村井理子さんを演じることで積み重なっていた心の陰の部分に優しく灯りをともされたような、そんな感覚を抱いた」とコメントを寄せています。どのあたりが一番グッときたのでしょうか?

カタチは違えど、家族間の悩みは私にもありますし、多くの人がその問題を抱えているからこそ、こういう映画が生まれるのだと思います。今作に携わる中で、カチャッと自分の中の鍵を開けられたような感覚があって、「そっか、私も寂しかったんだ」とか「なるべく見ないように蓋をしちゃってたんだ」と思いました。些細なことが積み重なって閉じ込めていたものがあって、「それが大人になるってことだ」と言い聞かせていたところがあったことに気付きました。

私は音楽活動では作詞をするので、嘘をつかずに本音を吐露することを仕事にしていますが、それでも触れられたくない繊細な部分があって、そこに触れられて少し出したくなりました。そういう変化をもたらしてくれた気がしています。

――いま、この時期に作品と出会ったことに意味を感じますか?

去年は私にとって変化が始まった年でした。凝り固まってきたものを崩すタームに足を踏み入れたと思っていて。この作品は去年の10月に撮ったんですが、12月頃から如実に変化が現れました。『兄を持ち運べるサイズに』に関わって「変わりたい」という意識が芽生えたことが種になったんだと思っています。村井理子さんのお兄ちゃんのように相手が死んでしまっているとどうしようもないという諦めがあったのかもしれません。

自分の捉え方を変えれば過去への気持ちも変えられる。その兆しが見えて、蓋をしていた気持ちを開けてみたくなりました。映画の完成版を見た時、1年近くかけた答え合わせのような感覚になり、「あ、そうだったんだ」と気づきました。対人関係も含めていろいろな変化が目に見えてきたり、体の不調が出てきたり。本音を抑えて生きていると身体にも影響がでるんですよね。何十年も働いているので臓器などに変化が出るのは当然なのかもしれない。いろいろなことを見直しました。

—fadeinPager—

“演じてきた役の分だけ人生がある”役者として大切にしてきたモットー
250803_046+.jpg
本作の役が、いま自分の人生のフェーズにぴったりリンクしたと語る柴咲。そう語る横顔は、とても自然体で穏やかだった。

――村井理子と柴咲さんの共通点はなんだと思いますか?

真面目なところだと思います。なにかが起きたら「自分が悪かったのかな」と考えたり、「こういう言い方をすればよかったのかな」と思ったり、過去は振り返らないタイプだけど反省はします。そこでスルーするか、じっくり事実を見つめるかによってその後の自分が変わってくると思います。しっかり考える自分は真面目だなと。でも人に「真面目だね」って言われると「私のなにを知ってるの?」と思って腹が立ってしまうんです(笑)。

――真面目さは、いまの仕事にポジティブな影響を与えていると思いますか?

そうかもしれません。この仕事はずっと同じ作業を続けているわけではないですし、違う作品に入ると新しい出会いがあるので、その変化が楽しいです。役を演じるというのは人をつくるということで、フィクションと言われたらそれまでなのですが、役の人生がパラレルワールドでずっと続いているかのようにつくっていって、最終的な命を吹き込むのが役者の仕事だと思っています。

『兄を持ち運べるサイズに』の原作者の理子さんは生きているけど、劇中の理子さんも生き続けている。いまもお弁当をせっせとつくっているんでしょうね。演じてきた役の分だけそういう人生があると思うと超責任重大なので、真面目に真摯に向き合わざるを得ないですよね。

250803_078+.jpg
インタビュー中に役づくりについて尋ねると「村井さんの丁寧な仕事ぶりに感心しましたし、私も結構そういう一面あるんですよ(笑)。素敵な年の重ね方は毎日の積み重ねですね」と照れ笑いを浮かべた柴咲。

――柴咲さんが出ている作品に影響を与えられた人も多くいますよね。

そうですね。私の役がきっかけで看護師や整備士になった人の話を聞いたことがあります。“士・師”がつく役柄が多いのかも(笑)。私が演じた役が、気づきのきっかけになったというお便りをいただいたこともありますが、なにも響かない人には響かないわけで、なにかしら同じ波動を持った人には響いてくれるのかなと思います。

――プライベートでもご自身のことを真面目だと思いますか?

たとえば、シャンパンを3本空けて「イェーイ」みたいな感じで遊ぶ時は真面目じゃないかもしれないけど(笑)、衣食住にしっかり向き合っているとは思います。お掃除が好きですし、ちょっとしたこともおざなりにせずに生活していますね。

—fadeinPager—

どの活動でも、みんなでつくりあげる“セッションを楽しみたい”
sub02.jpg
歳を重ねるごとに誰かとつくりあげる作業が楽しくなってきたと語る柴咲。オダギリ演じる兄の元嫁を演じた満島ひかりのアイデアが常に刺激的だったと振り返った。©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

――『兄を持ち運べるサイズに』で兄妹役を演じたオダギリジョーさんとは約20年前の『メゾン・ド・ヒミコ』で共演していました。今作での共演を通してオダギリさんに対してどんなことを思いました?

良い年齢の重ね方をされていて、男の人っていいなと思いました(笑)。歳を重ねることがプラスに働いていると思いますが、女性は必ずしもそうは見られないから、微妙な気持ちになることがあります。でもビジュアルの老いを上回るような魅力が身に付いて、年を重ねることがプラスに働けばいいなと思っています。オダギリさんはまさにそういう良い雰囲気を持っている方だと思います。

――満島ひかりさんと義理の姉妹役を演じてみてどうでしたか? 

満島さんの人間力にすごく支えられました。主演なのにとても寄っかかっちゃいました(笑)。意見に一貫性がありますし、それを貫く説得力がありますよね。すごいなと思いました。

――作品を重ねる中で新たな出会いが増えていきますが、柴咲さんにとっての作品作りの醍醐味というと?

自分で完全に作品を選んでいなかった時期は、出来上がった作品に対して手ごたえを感じていましたが、いまはつくる過程が楽しいです。俳優部、照明部、録音部、撮影部がいて⋯⋯。みんなでセッションを楽しんでいます。毎日撮影に通うのが楽しいので、我ながら良い歳の重ね方をしているなと思います。人生もそうですが、過程が楽しいのは一番幸せな状態ですよね。

――歳を重ねる中で惹かれる作品は変化してきましたか?

大義を内包しているということは当然ありながら、局所的な作品だからこそマクロの課題を浮き彫りにするような作品に惹かれますね。『兄を持ち運べるサイズに』は観た人の家族に対する価値観が浮き彫りになるであろう作品。『でっちあげ』は情報化社会が抱えている問題が浮き彫りになる作品です。

私の人生におけるキーワードは“前提や常識を疑う”ということなんですが、常識に吞み込まれてしまっている自分に気付かせてくれたり、姿勢を正してくれたりする作品に魅力を感じます。あと、どちらかというとヒール役がやりたいです。

250803_004+.jpg
俳優、歌手、起業家とさまざまな活動をする柴咲。「身近で関わってくれた人、自分が関わった作品を見た人、なんらかのカタチで私と波長があってくれた人のためになるものをつくりたいです」と笑顔で語った。/シャツ ¥47,300 near.nippon / near.(near. ☎︎0422-72-2279)、カーディガン ¥69,300、パンツ ¥55,000/すべてCINOH(MOULD)(MOULD ☎︎03-6805-1449)、その他スタイリスト私物

――音楽活動や実業家としての活動もある中で、役者活動はどんな場所になっていますか?

俳優を始めたのは10代でしたが、同じ時期に全部の活動を始めていたらどうなっているんだろう?と思います。たまたま俳優から始めたというのはありますが、安心感はありますね。長く続けている分、できることが増えている気がしますし、深掘りもできている気がする。それを体現することで自信に繋がっていると思います。

――今後の仕事のバランスにおいて、理想としているバランスやビジョンはありますか?

はっきりとは考えていないんですが、表に出る立場だったとしても裏方だったとしても、先ほどお話したみたいに私がつくったものから間接的に影響を受けてくれる人がいたら最高だなと思います。

『兄を持ち運べるサイズに』

脚本・監督/中野量太
原作/『兄の終い』村井理子 著(CEメディアハウス刊)
出演/柴咲コウ、オダギリジョー、満島ひかりほか
11月28日(金)より全国公開
www.culture-pub.jp/ani-movie

 

Leave A Reply
Exit mobile version