『トロン:アレス』の一場面(写真:Everett Collection/アフロ)
サイバー空間から現実への逆転劇
世界初の長編映画としてCGを本格導入したディズニーの最新映画、『トロン:アレス』を観てきました。
私が最も驚いたのは、そのビジュアルでもアクションでもなく、「データが現実化する」というコンセプトでした。
これまでの『トロン』シリーズでは、人間がコンピューターの内部世界へ吸い込まれていく物語が中心でした。
しかし今回は、デジタル空間の存在が現実世界に出てくる。
つまり、バーチャルがリアルへと侵入する逆転構造になっていたのです。
その象徴として登場したのが、レーザーを使ってサイバー空間のオブジェクトを物理的に再現する3Dプリンターのような機械でした。
劇中では、それが単なる技術装置ではなく、人間の想像力やAIの思考を物質化する装置として描かれています。
まるでSFの夢が現実になったような光景ですが、同時にそこには現代のテクノロジー社会が抱える倫理的課題も込められていました。
この設定は決して、でたらめではありません。
実際、現実の技術でも、AIで生成した3Dモデルを3Dプリンターで出力することはすでに可能です。
医療現場ではAIが設計した人工骨や義肢が実際に使われていますし、自動車産業ではAIが形状を最適化したパーツが製造されています。
つまり、デジタルが現実を形作る時代は、すでに始まっているのです。
サイバー空間の設計図が現実世界に
映画で描かれた装置は、それを極限まで推し進めた象徴的な存在でした。
AIがサイバー空間で設計したものを、レーザーによって現実世界に具現化する――。
これは単なる視覚的な演出ではなく、情報の物質化という哲学的テーマを体現しています。
私たちは長らく、デジタルをバーチャルと呼んできました。しかし今や、AIが生み出したデータは、経済を動かし、人間の行動を変え、ついには物質そのものに変換されつつあります。
データが現実を凌駕する世界、それこそが『トロン:アレス』が示した未来像だったのです。