ユベール・バレール(「ルサージュ」アーティスティック・ディレクター)

ユベール・バレール(「ルサージュ」アーティスティック・ディレクター) (c) Jean-Philippe Raibaud

──「la Galerie du 19M Tokyo」は、ルサージュをはじめフランスのメゾンの持つ高い技術と情熱が、五感を通して伝わってくる展覧会ですね。メゾンにとっても得るものは大きかったのではないでしょうか。

バレール 今回の展覧会は、私にとって非常に大きなチャンスでした。実際に会場を見て心から感動し、言葉を失いました。フランスと日本には、クオリティや手仕事に対する情熱の方向性において共通点があると感じています。

 もちろん、日本の職人の方々と仕事をしていると、アプローチの違いを感じることも多いです。日本はとても真面目で、文化や伝統に対して深い敬意を持っている。一方で、フランスは批評的な精神を大切にしています。今回の展覧会で日仏の職人が協働できたことの素晴らしさは、どちらかが主導するのではなく、真に「一緒に」新しい作品を生み出せた点にあります。どちらが上か下かではなく、二つの文化が出会い、ゼロから新しいものを創造できたことが何よりも貴重でした。

「la Galerie du 19M Tokyo」展示風景 (c) CHANEL

──職人との協業も見事でしたが、会場内でひとつの章となっていた「ルサージュ 刺繍とテキスタイル、100年の物語」の展示も圧巻でした。工房の再現や技術解説、実際のコレクション・ルックなどを通して、「シャネル」というブランドの根底にある確かな職人技と伝統を改めて感じました。

バレール 実際のコレクションを日本の皆さんに見ていただけることを、本当に誇りに思います。日本の職人は仕事に誇りと愛情を持っており、その前でフランスの誇る傑作を披露できたことは、私にとっても非常に喜ばしいことでした。一番に感じてほしいのは、強いエモーション、そして「クリエイションに不可能はない」というメッセージです。シャネルという名の裏側には、文化・創造・革新、そして確固たる精神が息づいています。たんなるブランド名ではなく、その精神を作品を通して感じていただければと思います。

「ルサージュ 刺繍とテキスタイル、100年の物語」展示風景 (c) CHANEL

 懐かしい作品も展示され、自分自身にとってもメゾンの歴史を振り返る機会になりました。過去から学ぶことは非常に重要で、そこには現在を豊かにする多くの教えが詰まっています。 現代社会では、すべてにスピードが求められています。ものづくりの現場でも効率化が重視され、その過程で大切な何かを見落としているのではないでしょうか。そのなかで、ルサージュのように百年続くブランドが存在し続けることは大きな意味を持ちます。時間はとても貴重なものであり、私たちはそれを敵ではなく「友」として捉えるべきなのです。

──今回の展覧会では、シャネルのみならず、バレンシアガ、スキャパレリ、イヴ・サンローランといったブランドの作品も展示されていました。思想やコンセプトの異なるデザイナーたちと仕事をすることは、メゾンにどのような成長をもたらすのでしょうか。

バレール コラボレーションは、自らのアイデンティティを鏡のように映し出す機会でもあります。以前、異なるブランドから同じテーマの依頼を受けたことがありました。それぞれのアーティスティック ディレクターの独自のビジョンを理解し提案したことで、最終的にまったく異なるクリエイションが生まれました。

 私たちはたんなる製造者ではなく、クリエイションのパートナーです。職人技を通じてデザイナーの夢を形にするのが私たちの仕事です。ときに「精神科医」「告解者」「友人」として寄り添い、デザイナーの頭のなかにあるイメージを理解し、それを魔法のように具現化します。あるいは「旅行代理店」と言えるかもしれません。「どこへ旅をしたいですか? では、その旅にご一緒しましょう」といったように。

「ルサージュ 刺繍とテキスタイル、100年の物語」展示風景 (c) CHANEL 撮影=編集部

──日本には優れた職人や工房が数多くありますが、後継者不足や海外生産の影響で廃業する例も少なくありません。ルサージュのように革新を続け、長く敬意を集めるメゾンを育てるにはどうすればよいのでしょうか。

バレール 作品の価値とは、価格ではなく、その作品に費やされた「時間」に宿ります。そして、人々が理解すべきことだと私は思います。その尊さを伝える手段として、メゾンが自らの仕事を人々に見てもらうために主催するワークショップは非常に有効です。若い世代が実際に手を動かし、制作のプロセスを体験することで、技術と労力の価値を理解できます。日本でも、このような方法は未来への道を拓くかもしれません。

クリステル・コシェ(「ルマリエ」アーティスティック・ディレクター)

クリステル・コシェ(「ルマリエ」アーティスティック・ディレクター) (c) Jean-Philippe Raibaud

──「la Galerie du 19M Tokyo」では、かみ添の嘉戸浩さん、藤田雅装堂の藤田幸生さん、金沢木制作所の金沢健幸さんの技術と、ルマリエによるカメリアを組み合わせた《花衝立》(2025)を出展しています。今回、日本の職人と仕事をして印象に残ったことはありますか。

コシェ 多くの対話と芸術的な交流を重ね、より高度な技術を取り入れながら「フランスと日本の職人技の融合」を実現できたと感じています。

 100年以上前の金型や裁断用のハサミなど、歴史ある道具から着想を得て新しいパターンを制作しました。金沢木制作所の木工職人による木型、かみ添の特別な貝殻顔料を使った印刷を経て、私たちはシャネルを象徴する立体的なカメリアを生み出しました。折り紙やプリーツ、切り抜きといった要素を取り入れた新しい表現です。完成したインスタレーションは平面に「動き」を刻み込み、詩的で軽やか、そして純粋な世界を描き出しました。 

 また、79歳の網代張りを得意とする木工職人との出会いも忘れられません。彼はいまも情熱を失わず、手作業で板を切り出しており、その姿に深く感動しました。

「la Galerie du 19M Tokyo」展示風景より、《花衝立》(2025)

──日本との協業はルマリエにどのような影響を与えたでしょうか。

コシェ 私たちは、自らの仕事に情熱を持って取り組んでいます。この職人技への情熱を日本の職人と分かち合えたことに大きな意味を感じています。今回は、職人たちとじっくり対話し、意味を見出し、時間をかけることができました。それは瞑想的であり、日本の儀式のようでもあり、私たちの技術に新たな深みを与えてくれたと思います。

 職人の仕事は常に「分かち合うこと」に支えられています。カメリアをつくるときも、布を提供する人、裁断する人、花を組み立てる人、梱包する人など、多くの人の力が必要です。今回のプロジェクトでは、その共同体の輪がさらに広がり、2つの国をつなぐ架け橋となりました。この経験が、より情熱的で特別なものとなったのです。

──ルマリエはなぜ、職人の集団として140年以上も続けてこられたのでしょうか。

コシェ ルマリエは創業以来、時代とともに進化してきました。初期は帽子職人と密接に仕事をしていましたが、次第にデザイナーとのコラボレーションへと広がり、羽根、縫製、花を中心に手がける工房として評価されるようになりました。私たちの羽根細工にはユニークで熟練した希少の技術があり、寄せ木細工のような技法も受け継がれています。これらの技術は世代から世代へと伝承され、今日まで守られています。

 コサージュや花細工も同様です。古くからの金型やプレス機を使い、花びらを一つひとつ手作業で形づくります。たとえばシャネルのカメリアも、現在なおすべて手作業でつくられています。

 私が2010年にルマリエに入ったときは、わずか15人ほどのアトリエでした。職人の多くは50〜60代。しかしいまでは120人にまで拡大し、平均年齢は25〜30歳。日本を含む世界中から職人たちが集まり、活気に満ちています。美術学校出身者だけでなく、銀行員など異業種からの転職者も多く、多様なエネルギーが流れています。

 私はオーケストラの指揮者のように、この新しい世代を導き、古い世代との橋渡しをしています。伝統的な技術を大切にしながら、現代のテクノロジーや創造性と調和させて進化させること。それが、いまのルマリエが目指す方向です。

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