此元さんの肌に合う「狂言回し」のいる物語

――企画の成り立ちから伺います。「オッドタクシー」が大きな成功を収めましたが、本作の企画はその後すぐに始まったのでしょうか?
木下 映画「オッドタクシー」の制作が終わった2022年に、また新しいアニメーションを作りたいなと考えていました。当時、CLAPの松尾(亮一郎)さんとアニメの現場で交流があり、「一緒にアニメをやりましょう」という話になって企画を立ち上げました。脚本の此元(和津也)さんとは公私ともに仲良くさせていただいていたので、僕のほうから「また一緒に仕事がしたい」とお声がけしました。『ホウセンカ』の原案自体は、僕がいくつか種のようなものを作って此元さんに提案して「これだったらやりやすい」というものを選んでもらい、そこからふたりでブレストして作っていきました。

――最初は毛色の違うアイデアをいくつか提案したということですか?
木下 そうですね。ただ、「ヤクザもの」というのは当初から自分の中で決めていて、此元さんには「極道が出てくる話にしたい」と提案していました。そこからのアプローチはいろいろあったのですが、今回、刑務所の中で花としゃべるというアイデアを此元さんが選んでくださって、それで企画が始まりました。

――物語の骨子が固まるのは早かったのですね。
木下 そうですね。僕の勝手な印象ですが、此元さんは「語り」で物語を進めていくのがすごく得意な方だと思っています。「オッドタクシー」の第4話「田中革命」は、基本的にずっとナレーションで進んでいく話なんですけどスピード感があって、個人的にもあの展開の加速感がすごく好きなんですよね。

――たしかに「田中革命」は田中の半生を一気に振り返る独白劇で、今回の阿久津実のスタイルと通じるものがありますね。
木下 そうなんです。なので、狂言回しのような役割の存在が此元さんに合うのかなと思って、そういうアイデアを提案しました。

社会の枠組みから外れた、朴訥(ぼくとつ)とした男を描きたかった

――今回、あえて「ヤクザもの」を題材に選んだのはなぜでしょうか?
木下 社会の枠組みや循環から少し外れた人間を描きたい、というのはありました。「オッドタクシー」の小戸川もそうだったと思うんですけど、日陰で生きている人間にフォーカスしたいなという気持ちが常にあって。さらに今回はクライム(犯罪)の要素をもう少し強めたくて、社会のレールから外れた日陰の人間としてヤクザを題材に選びました。

――「オッドタクシー」という大成功があった中で、次の作品が1980年代のヤクザの回顧録で始まるというのは、ある意味で挑戦的だと思います。商業的な意味でのプレッシャーや不安はありましたか?
木下 それが……プレッシャーはほぼなかったんですよね。監督としてより美しい物語と美しい映像で作品を作るというのが目下の目標で、前回やりきれなかった部分、たとえば構図をもっとかっこよくできたなとか、キャラクターの芝居をもっと細かく描けたなとか、そういったやり残した部分の精度を高めていくことが自分の中での課題だったんです。それを突き詰めていくのが目指していたところでもあったので、そこに集中していたのかもしれません。

――「オッドタクシー」は動物キャラクターゆえに表情が読み取りづらい部分がありましたが、今回は人間のキャラクターということで、表情の微細な動きやお芝居がより深く描かれています。そこはチャレンジしたかったことのひとつだったのですね。
木下 そうですね。それはまさにテーマのひとつでしたね。

――主人公の阿久津についてですが、小戸川と似ているようでまた違う魅力があります。小戸川のモデルは『恋愛小説家』のジャック・ニコルソンだと伺いましたが、阿久津に具体的なモデルはいたのでしょうか? たとえば、高倉健さんのような、不器用な任侠者のイメージも感じましたが。
木下 そう言われると似ている気もしますが、具体的なモデルは今回とくにいなかったですね。社会の枠組みから外れた人間ですけど、不器用なりに必死に考えて生きているところを描きたくて。かつ、欲のない朴訥とした男を描きたかったんです。今の世の中はせわしない競争社会ですが、あんまり野心もなくて「ただ生きている」という人間を描くことに意義を感じるんですよね。お金や地位といった物質的なものではなく、気持ちを大事にする人間を描きたかった感じです。

――たまたま環境が悪くてアウトローな道に進んだけど、根は真面目で義理人情に厚く、本質的には善人として描かれています。ただ、どこか報われていないですよね。
木下 でも、彼は彼なりに報われているとは思うんです。彼の計画は結局最後には成功したので、自慢できる人生ではないですけど、僕はいい人生だったんじゃないかなって思っています。たしかに牢獄での30年の孤独は辛かったと思いますが、最後の最後にちゃんと幸せになれたなっていう印象ですね。

美しいものは日陰にもある。その視線を提供したい

――監督の作風として、社会の片隅で不器用ながらも必死に生きる人々に光を当てるというスタンスは本作でも健在です。これは今後も変わらないと思いますか?
木下 そうですね。おそらく変わらないと思いますね。

――その視点は、どこから来ているのでしょうか?
木下 なんでしょうね……。自分で描きたいと思うのが、基本的には日陰にいるキャラクターなんですよね。見る人にとってはマイノリティなんでしょうけど、見方を変えれば、そこにも本当に美しいものがあったりするので、そういう視線を提供できたらいいなと思っている感じです。ただ、ひとりの視聴者としてはマーベル作品とか、それこそ『ONE PIECE』なんかも大好きなんですよ。ただ、表現者となると、そういうエンタメは僕がやるべきことではないかなって思うんです。

――ありがとうございました。中編では、物語の鍵を握るホウセンカをはじめとしたキャラクター造形やキャスティング、アフレコの裏側について聞かせてください。endmark

木下麦きのした・ばく アニメーション監督、演出家、アニメーター。2021年にTVアニメ「オッドタクシー」で監督・キャラクターデザインとしてデビュー。社会の片隅で生きる人々をリアルな筆致で描いた同作は国内外で高い評価を獲得し、第25回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞を受賞。細やかな日常芝居の演出に定評があり、最新監督作『ホウセンカ』では、脚本・此元和津也と再びタッグを組む。

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