「こまっちゃうナ」誕生秘話!山本リンダが語る歌手転身と“変身リンダ”の舞台裏 / 榊原郁恵のミュージック昭和遺産

[音楽] 発表会の時にはもうさを信じちゃったらあのこまちゃんのリナちゃんがなっちゃった。なっちゃったって。 [音楽] そりそうです。 高生へ語り継いで行きたい名曲とそれにまつわるエピソードを育ちゃんと楽しむ贅沢な一時の始まりです。 も楽しい夢を見て 腹原行クのミュージック昭和遺産ずっとジムとかなんか行ってらっしゃるんですか? [音楽] ジムね、前行ってたんだけど。そうね、コロナになる少し前ぐらいからちょっと行ってないんですけど。 [音楽] あれ、全部じゃあずっと言ってないです。 よく聞かれるとよく自転車塗ってますって言うんだけど自分にあるこのあの鍛える自転車本当につまらない。 本当に街中を 街中 ママチリみたいなので そうそうそうそうそうさん乗ってるんですか? 乗ってるのよ。そう 楽しいのよ。そしたらガかけてえいてやると今鍛えたらそうなんと思うと楽しいわけ。 [笑い] 今夜のゲストは山本リンダさん。 1962年11 歳の時からモデルとして活躍。歌手ビュー局の困っちゃうながいきなりヒットし紅白にも出場。大胆な衣装と情熱的なダンスで一斉を風備した昭和を代表するアクション火用の女王です。 [音楽] デビュー60周年。そう 困っちゃうな。 困っちゃうならそうなのでもそのままちゃんの前芸能界って言わって言ったあれなんですけどまちゃんの前はあのまモデルの仕事ですよね。モデルさんとして はい。はい。 あの、ツイギーさんとかね、ご一緒に、あの、ファッション承させていただいたり す。え、あの、ショートヘアでこの、あの、ミニのワンピースのみのすごい衝撃的なそう。あの、日本に来られてね、で、日本でも消させていただいて、で、その時ご一緒にあの、させていただいたりとか、 皆さんモデルさんとして活躍をしてらっしゃる時にさんとも一緒に そうなんです。あ、そう、そう。 でもね、モデル、あ、そう、まだモデルクラブにも所属してたんですけど、 歌の事務所で困っちゃでして 半年目ぐらいだったかな。杉ーさんとご一緒。 でもその時はファッションモデルの方のお仕事で一緒にさせていただいた。 その当時は歌手っていうのはあんまり頭になかったんだ。 それがね、 何ですか? え、何ですか? 母が音楽が好きだったからよくレコードかけてくれて向こうの音楽とか、ま、日本の音聞はい。あと日本ではあの、あの雪村伊泉さんとかさん、ひさんのジャズなんかもあったりしてはい。で、そういうの聞いたりしてて で、歌がも大好きになってたものだから うん。 やっぱりあの後にテレビの時代になってのを見てると楽しそうにね踊ってたってやってるし あになりたいってところモデルと 2つ夢ができちゃったんですよ。 うん。 なのであのモデルの夢が叶ったんだけれども歌手のコンテストっていうチラシが入ってて うん。 それで見てみようと思って。 何を歌ったんですか?その時 あのね大人になりたいっていう トメリルートメリル。 早く大人になりたいていうコニフランシスの歌で森山か子さんが歌ったり中美さんが歌ったりしてたのかな。 はい。で、それをはい。 で、第でちたんだ、そのプロダクションのあの社長さんがね、レにおいでって言ってくださって、それがきっかけでもって、 なんとあのうちの事務所の社長が この子に服を着せて、そして演化を歌わそうって言われて、私はどうしよう。 私は宴会にリポップスが好きなのにと思ってたんですけど、 どうしようってそれが言えなくて、 そして遠藤み先生のところに連れてってくださった社長が で遠藤先生めと会して はい。はい。だから私作曲が遠藤み先生って言ったら大体演化系の 曲とか作られる方じゃないですか。 そう、そう。 え、エンド藤みり違いかなってずっと思ってたんですけど。 本ん当よね。 遠藤先生がね、りんダ君はボイフレンドはいるのって聞いてくださって、で、私がなんかなんか先生が何か聞いてくれてるんだけども上がりがまくってたんでどうしよう。先生が何か聞いてるどうしよう。困っちゃうなって言ったのね。言った言葉が先生の印象に残って自宅に帰る車の中でこの歌を作ったんだよって言われたのが困っちゃうんだった。 あ、本当? はい。そう、 リンダさんから発生した言葉が ものすごい曲イメージがわっとできて できたみたい。 どうでした?で、曲ができたよって言ってもらって はい。本当は一ぺんに困っちゃうのも入ってるんだけどあと 3局、4局できちゃって あららら。 で、最初はその中の火用局とフォークソング系の曲っていうことになってうん。 別の歌になる予定でレコーディングが無事終わったんです。 ほう。 で、終わったんだけど、あの、時間が余ったんで、で、困っちゃうのはその日、あの、レコーディングのつもりじゃないから、あの、じゃあ練習にって言われたんで気が楽になっちゃって うん。 困っちゃうなって歌ったわけ。 そしたら先生がこれをデビュー局にしようって言ってでポスターとか全部チラシも全部あの絵かけるの曲だったんだけど もう急いでもう全部取り替えてそしてあの困っちゃうながデビュー局に変わったの へえさんのリナちゃんがデビューするっていう でも写真とかも全部り直して帰って間に合って はい。 もうみんな困っちゃうなって感じだったでしょ。困っちゃうな。 どうなってんだよ。困っちゃうなっていながら そうな色々本当にもういろんな猫待っちゃうことが多かった。 [笑い] で、そういうそのどっちかというこう成派的な ね、困っちゃうなでデビューされて ふと今度はまた真逆な感じの逆 セクシーな 超なはい。かっこいい。 挑戦的な感じの 雰囲気に はい。そうですね。 もう大変身されたじゃないですか。 あれは はい。私は うん。 あの、ま、とにかく歌が好きだし、矢も私小さい頃に日家やなんかのやなんかも連れてってくれたりしてたので、いろんな方のステージを見たいて思いが出るしてからもね、 腰吹雪さんとか岸子さんとかそういうあと雪村さんとかもちろん三日さんいろんな大先輩のステージを見に行かせて いただいてたんですよ。 で、そうすると本当に素晴らしい舞台をこう送り広げられててすいなと私も長く歌える歌になりたいってそれにはいつまでも困っちゃうのイメージだと困っちゃうんです。 困っちゃうんですね。 ごま、そう、こばちゃんの大事なテム曲なんだけどで、私がシャンソン歌ったりステージでね、他の方のね、いろんな歌も歌ったりするんだけど、私自身はだんだんそういう先輩の歌を聞いてるし、目標があるもんだからちょっと、 そう、行きたいん。 そうでもお客さんも今日トンとしちゃうわけで困っちゃうなとかね。 うん。みはなんてやるんだけど、そういう歌う時として見てるから。 うん。 もうね、これはね、なんとかイメージチェンジ。 いつまでもその困っちゃうなだけだと私は長く歌ってくのなかなか大変だろうとなんとかイメージチェンジしたいと思いがずっとあってでエ先生もイメージチェンジの曲を書いてくださったり色々してたんだけどなかなかイメージチェンジって大変じゃないですか [音楽] なかなかね。 はい。うん。 で、そんな時にあの徳倉先生、悪先生のお 2 人のあの初めてのコンビを組まれた時なんだけど、 大局がそのどうにも止まらないっていう歌になったんです。 [音楽] これどうにも止まらないのレコーディングの日に 死がまだ届いてなくてでも先にもう曲ができて音だけとにかく取ろうって話になってスタジオでこう重なっていくと楽器がね重なっていくとかっこよくってカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンってねかっこよくてわっと持ってるところに死が届いたの [音楽] [笑い] [音楽] うん うんそのスタジオで うんうん で死が届いって 噂を信じちゃいけないよ。私の心はうなの さ。ああ、どうにも止まらない。こいと 思ってええて曲を聞きながら曲もだんだん だんだんこうガキがこう重なりごとに こうかっこよくなってくしうわあってまた 見るとかっこよく私はイメージチェンジし たいっていつもなかなかそれをうまくいか なかったもんだから でもねこの曲は本当素晴らしいと思って これでダメなら専門歌としてダメなるもの なって本気で思いながらポタポ落ちて ええへえ。 はい。 でも絶対これヒットさせたいって。これがヒットすれば イメージチェンジができると思ったの。 戸惑題はなかったのかなと思ったら逆だったんですね。 かっこいい。かっこいい。そう。 で、これはどんな あれ衣装にしようかな。 色々こう考えてで、ちょうど私がまだ中学生の頃にサンライトイストっていう歌が あの世界的にヒットしてあのイタリアンの歌なんだけど女優さんがこうその踊ってる写真なのね。レコドンジャケットがね。うん。そうそうそうそう。で、その人が白いブラウスと 白いパンタロンでうん。 おへそは出てないけど、おへそギリギリのところのお洋服なのよ。 ああ。 で、それでこう追槽っていうの踊ってるの でさ、それを見た時あすぎてそう、中学生の時も大人になったらご服着てみたいって思ってたのがって浮かんで [音楽] あ、そうだってで、私はジーンズにしよってでジーンズって当時っていうか太郎はこう当時ねターって人途中から膝の部から広がってるあのラッパってみてたんだ [音楽] そう。はい。はい。あのジーンズにしてそれで上はワシャにしようと思って。で、ワイシャを何色ってのはなかったんだけどワイシャをここでキュって結んででジーンズをちょっとへスが出るくらいにしてワイシャツを着たらかっこいいだろうなってイメージが浮かんで、で、それをあのディレクターさんにねお話したの。 [音楽] そしたら情熱的な歌だから色もね列的じゃない。 情熱的って言うと赤だって言って赤と黒だって言われてあかりましたって言ってで赤と黒のお洋服が出来上がったろ勝負かけましたね。腹筋とかもやっぱかなり意識して鍛えました。 あ、元々運動は好きだもんだから特に鍛えたんじゃないんですけど。 え、そうなの? はい。さ、じゃ、この頃からも自転車はよく乗ってました。 [笑い] 住宅ローンならSBI ある日。あなたの住まいの心配事は? 住宅ローンが残っていて借り替の相談はしたんだけど 思った下がらなかったよね。 物価も金利も上がってるからな。 今の変在済格だと本当にしんどくって。 そんなあなた住宅論専門金融期間の SBIある日にご相談ください。 60歳から活用できる住宅ローンSBI あるのリバース60をご紹介します。 万60歳以上を対象としたリバース型住宅 ローン。月々の返済は利息のみ。返済額は 一生外変わりません。残されたご家族に 負担をかけずにこれからの生活も守りたい あなたへ。 持ちを生かして新しい暮らしを詳しくは SBIあるリバース60で検索。 SBI ある日は豊かな暮らしの実現をお手伝い。 徳倉先生が初めてのレッスンの時に あ、レッスンがあったんですね。 はい。レッスンがあって、え、で、レッスンの時に私は嬉しいもんだから噂を信じちゃいけないよて歌ったら違うだろうって言われて うん。 歌詞をよく見てみろって。 この歌はね、笑う歌じゃないんだって先生に はい。 ビジって言われて はい。 これはね、笑わないでた。笑わないで睨みつける。睨みつけ。うわ、そう信じちゃ。う、違うともっと睨みつけるんだ。口は横にしないで縦にして歌うんだっていう。 難しい。 噂を信じ睨みすもっとだ。うわ、腹から声出す。 噂をしけそうだって言われて、あ、そうかって、これはこうやって歌なんだて、そう思って、そんと自分の中に入ってそれそれから発表会があったんで、発表会の時にはもう噂を信じちゃったらあのまちゃんのリーナちゃんが鼻なっちゃった。鼻なっちゃったって。 そりそうです。 あ、でも半病の時だから取材の方みんなさ、 あ、全然としちゃう。 あ、びっくりしてで返信だ。それがちょうど仮面ライダーがあのちょうどヒット。私仮面ライダーのあの 2 代目ライダーがあるなんですけど出てたんですけど変身だとかそう変身て言葉がじゃね。それを流行ってた時に変身連ダーになったんで私は変わりたい変わりたいとこのままじゃだめだってずっと思ってたので [拍手] そのうちにもうみんなが はい。 もうなんか変身打がもう癖になっちゃって。 そう。あ、はい。そう。 そうですよ。癖になっちゃってもうみんなモノマネしまくりですから。 そう。みんな そうですよ。私も学校で本当に休憩時間になるとを出してませんでしたけど。 あ、そうだ。 おノまねしてました。 ああ、そうでした。ありがとうございます。 曲を テープに吹き込んで作ってうだうだってそこだけうだうだ。 ウらじゃなかった。そうなんですけど。 はい。はい。 SBI深夜のスマイとお

■チャプター
00:00:オープニング
00:28:70歳を過ぎてもスタイル抜群
01:40:モデルから歌手に転身
04:00:デビュー曲 驚き誕生秘話
06:48:大胆なセクシー路線
08:45:どうにもとまらない秘話
13:22:歌手人生かけた1曲

■公開スケジュール(山本リンダ編)
◆vol1:https://youtu.be/EJaLQy0ju4I
◆vol2:https://youtu.be/BlsigFBLYJo
◆vol3:トーク後編(10月10日公開予定)
◆vol4:歌唱動画(10月14日公開予定)

■榊原郁恵のミュージック昭和遺産とは
榊原郁恵が昭和を愛するお店で、昭和遺産というべき名曲を生んだアーティスト・作詞家・作曲家を迎えて、その誕生秘話など興味深い昭和の逸話を聞き出していきます。

■「SBIシニアの住まいとお金」とは
“楽しく賢く「住まいとお金」を利用し、豊かに暮らせる社会を作る”をミッションに60代以上の持ち家の方を対象としたYouTubeチャンネルや相談サービスを提供しています。
◆YouTubeチャンネル:SBIシニアの住まいとお金ch
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◆WEBメディア:住まいとお金の知恵袋
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20件のコメント

  1. アクション歌謡。懐かしい言葉。西城秀樹もアクション歌手なんて言われましたね〜。山本リンダ様は「仮面ライダー」も出てましたね〜❤

  2. リンダさん、能登半島でもピアノ一台の演奏で歌ってらっしゃいましたね。どうにもとまらないが流行っていたのは自分が幼稚園の頃ですが、60歳近くの現在になってもリンダさんの生歌が聞けるとは想像しませんでした。きっと、被災地の皆さんも元気一杯になられた事と思います。

  3. 一時、わたしのあだ名はリンダでしたが、リンダさんのモノマネが上手いと受けたのがきっかけでした。😂 当時の友達からは今でもリンダと呼ばれています。

  4. 仮面ライダーにも出演してましたが、
    子供から大人まで楽しい演出をしました、
    高校野球でもウララウララと演奏していますね、

  5. 阿久都倉コンビは、ピンクレディー(白い風船より格上げ)にもペッパー警部でよく似た想いを抱かせたんですよね、ある時代を彩る名コンビですね

  6. リンダさん、いつまでたっても可愛いですね。
    リンダさんの初期の歌は好きなものばかりです。「こまっちゃうな」はもちろん、「ミニミニデート」、「ボーイフレンド」、「帰らなくっちゃ」等メロディーの綺麗な曲ばかりと思ったら、やはり遠藤実先生の作品だからですね。
    「どうにもならない」以降は「真っ赤な鞄」が好きです。
    リンダさんにはお体に気をつけられ、いつまでもお元気で歌って踊り続けていただきたいです。

  7. リンダさん、凄くピュアで、素敵でした。郁恵さんのお人柄も伝わり、とてもほっこりした時間を過ごせました。😊

  8. え?!リンダさん、失礼ながらご年齢は仮面ライダーからなのであれですが、正直今見ても『カッコいい✨』ですよ(*^^*)💦
    鳥居みゆきさん?!に見えました💦(*^^*💦

  9. リンダちゃん素敵にお歳を重ねてらっしゃいますね。浮き沈みもあったろうにスレていないし、語り口も穏やかで、少女のように目が綺麗です。素敵な方なんだろうな。

  10. シングル10枚、アルバム5枚持っていましたが手放しました。後悔していましたがCDベストを買いました( *´艸`)

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