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1992年にチェーホフの「桜の園」で初舞台を飾って以降、多くの舞台に出演し、1998年、「卓球温泉」(山川元監督)で念願の映画デビューを果たした山中聡さん。映画「ハッシュ!」(橋口亮輔監督)、映画「運命じゃない人」(内田けんじ監督)、「ハッピー・オブ・ジ・エンド」(フジテレビ系)、大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」(NHK)などに出演。7月4日(金)に映画「『桐島です』」(高橋伴明監督)が公開される山中聡さんにインタビュー。(この記事は全3回の前編)

■卓球の経験アリで映画のオーディションに合格

茨城県で生まれ育った山中さんは、1歳上の兄でドラマ「相棒」シリーズ(テレビ朝日系)の芹沢(慶二)刑事役で知られる山中崇史さんの影響で俳優業に興味を持つようになったという。

「本当にうちは幸せな家庭で。両親がすごく仲が良くて、兄弟もすごく仲が良くて、『役者としてどうなんだ?』っていう家庭だと思うんですよね。前に『不幸を背負ってなくて、そんな幸せなうちで育ったやつは役者としてどうなんだ?』って言われたことがあるんです。そのぐらい穏やかで幸せな家庭で生まれ育っていますね」

――俳優になろうと思ったきっかけは?

「兄は高校を卒業して『劇団ひまわり』の養成所に行ったんですけど、僕は中学生とか高校生のときは、体育祭の実行委員とか生徒会とか、そういうようなことをやっていたんですよね。だから、みんなで何かを作るということはわりと好きで、どっちかというと裏方志望だったんです。

演出とかイベントとか、そっちの方がやりたいなと漠然と思っていたんですけど、兄貴は役者をやっていたのでチケットノルマがあったんですよ。それで『見に来い』と言われて見に行ったらすごく楽しそうにやっていて。『こういう世界もあるんだなあ』と思って、僕もそっちの方に進んでいったという感じです。

二十歳のときに『流山児☆事務所』というアングラの劇団に入れてもらって、そこから舞台に出るようになったんですけど、本当に1年365日ずっと舞台でした。

稽古があって、本番があって、本番中に稽古があって、それでまた本番があって、稽古があって…という感じで。7年ぐらいずっとそんな感じでやっていました」

――生活はどのように?

「深夜のコンビニとかでアルバイトをしていました。1992年から劇団にいたんですけど、チェーホフの『桜の園』が初舞台でした。

『役者は、風呂なしの4畳半の共同トイレというところから始めるもんだ』みたいなのがあって、そういうところに7年ぐらい住んでいましたね」

1998年、山中さんは「卓球温泉」で映画デビューを果たす。この作品は、家事に追われるだけの毎日を過ごしていた42歳の専業主婦(松坂慶子)が家出を決行し、かつて夫と訪れた寂れた温泉街を卓球のイベントで復興しようと協力する姿を描いたもの。山中さんは、旅館の跡取り息子・高田公平役を演じた。

「あの役は、卓球がある程度できる人じゃないと成立しない役だったんですね。僕は、中学、高校と卓球をやっていて、あの映画は卓球オーディションみたいのもあったんですよ。卓球台があって。

卓球をやっている人と、卓球をやってない人というのは雲泥の差があって、すぐわかるんですよ。だから、卓球ができるから通ったみたいなところはあるんですけどね」

――初めての映画の撮影の現場はいかがでした?

「ものすごく楽しかったです。そのときはまだフィルムだったんですよ。だから何度も何度もリハーサルをやって、とにかく皆さんすごく優しくて。優しさだけじゃないですけど、もう忘れられなくなりましたね。映画の現場というのが。

映画をもう1回やりたいと思いました。もともと僕は、舞台よりも映画がやりたかったんですね。生まれ育ったのが田舎だったので、あまり舞台は見たこともなかったですしね。どっちかと言ったら映画の方が身近にあったので、うれしかったです」

■リハーサル中にリップクリームを塗っていたら…

2001年、映画「ハッシュ!」に出演。この作品は、ゲイの男性カップル、勝裕(田辺誠一)&直也(高橋和也)と、人工授精で勝裕の子どもを産みたいという女性・朝子(片岡礼子)という3人のユニークな関係を描いたもの。山中さんは、勝裕と直也の友人でゲイのユウジ役。直也から朝子の人工授精計画を聞き、諦めさせるべくひどい対応でつらく当たる。

「この映画の前に橋口さんが脚本を書いたVシネが現場の舞台があって、その舞台に僕がオーディションで通ったんですね。それで橋口さんが毎回のように稽古に来てくれていたので、そこで知り合って。

それで、『今度映画を撮るんだけど出てくれない?』みたいな感じで、出させてもらったという感じです。だから、あの映画が初対面ではないんです」

――「ハッシュ!」で山中さんが演じたユウジくんは、テンションの高い役でしたね

「そうですね。橋口さんは、リハーサルをきちんと何度もするんですよ。なので、日活のリハーサル室でいろんなシチュエーションで稽古みたいなことをやりました。(新宿)2丁目のゲイバーにみんなで勉強しに行ったりもしたので、カメラが回るまでに結構いろんなことをやらせてもらいましたね」

――ユウジ役は演じていていかがでした?

「楽しかったです。ただ、片岡礼子ちゃんがしばらく口をきいてくれなくなっちゃって(笑)。僕は同い年で、そこからいろいろ仲良くなってお仕事も一緒にさせてもらっているんですけど、彼女を結構いじめる役でしたからね。

勝裕の子どもを作るという考えを何とかやめさせようとして、ものすごく失礼なことを言っていましたからね。ユウジ役はやっていて楽しかったんですけど、何か礼子ちゃんに嫌われちゃったなあっていう感じがありました(笑)」

――嫌われる役ですものね

「そうです。ユウジがあまりにひどいことを言うから頭にきて、怒ってお店も飛び出してしまうわけですしね。

橋口さんが『衣装を着せちゃうと、みんな一緒っぽくなっちゃう』みたいなことを言われたのかな。劇中のゲイバーにいる子たちの衣装は、ほとんど自前で、僕が着ている衣装も自前なんですよ。アクセサリーとか時計などは小道具さんが用意してくれたんですけど、衣装は自前でした。

それで、監督のダメ出しを聞いているときに、たまたま僕が無意識でリップクリームを塗っていたら、それを気に入ったみたいで。映画の中でもリップクリームを塗っているシーンがあるんですよね。

だから『面白いなあ。こういうところは取り入れちゃうんだな』って。すごく面白いなと思いましたね。リハーサルでやったことが本番に入っていたりして、それもすごく印象的でしたし、楽しかったです」

――とても面白い作品でしたね。完成した作品をご覧になっていかがでした?

「面白かったですね、やっぱり。僕の登場シーンはちょっとだったんですけど、作品に入るまでにリハーサルがいっぱいあったり、2丁目に行ったりとかもしていたので楽しかったです。

劇中、ボーリングのシーンがあるんですけど、出演シーンではないのにみんなで見に行きました。現場に遊びに行きましたよ、2丁目の子たちと。ゲイの役というのは今も結構あるので、いい経験になりました」

「ハッシュ!」は、「第24回ヨコハマ映画祭」最優秀作品賞をはじめ、多くの映画賞を受賞。第54回カンヌ国際映画祭監督週間にも出品され、フランスで大規模ロードショー公開されたことも話題に。

■「娘はあげない。貸してあげる」と言われ…

2001年、映画「光の雨」(高橋伴明監督)に出演。この作品は、連合赤軍事件を映画化しようと挑むスタッフとキャストたちの姿を描いたもの。

「連合赤軍事件は何人も死んでしまいますし、みんながだんだん精神的におかしくなってしまうんですけど、『光の雨』は、連合赤軍事件についての映画を若い連中が作っている、劇中劇という作りになっているじゃないですか。

だからまだ良かったですけど、あれも若い人がいっぱい出ていたので、みんなで知床にロケに行って、それもそれですごく印象に残っています。楽しかったですね」

――「光の雨」の原作者・立松和平さんは、山中さんの奥さま・やまなかももこさんのお父さまですが、この作品の前に出会っていたそうですね

「そうなんです、それこそ劇団にいる頃からです。うちの奥さんが舞台美術の助手をやっていて、『ももこの彼氏が役者をやっている』ということで、立松さんもよくお芝居を見に来てくれていたんです。

それで、ご飯に連れて行ってくれたりとか、旅行に連れて行ってくれたりしていたんです。

結婚する前から。立松さんは、著書にも書いていますけど駆け落ちしているんですよね。それが映画にもなっていて。だからそこらへんはわりと寛容で、すごくよくしてくれていました」

――立松さんのご著書の表紙や挿絵をももこさんが担当されていますし、山中さんのご家族と同じようにとてもいいご家族なのでしょうね

「そうなんです。結婚前からすごくよくしていただいていました。でも、一応結婚するときにはちゃんとご挨拶しに行かないといけないなと思ったので、『娘さんをください』って言いに行ったんです。

まず、その前に『お話があります』と言って。それまでそんなことを言ったことがなかったので、そういう話だろうなって一応匂わせておいて、『娘さんをください』って言いに行ったんですね。

そうしたら、『娘はあげない、貸してあげる』って言われたんですよ。面白いなと思って(笑)。それで、『じゃあ、貸してください』と言ったら『いいよ』っていうことになって。

僕は普段立松さんのことを『わっぺいさん』って呼んでいたんですけど、それから何年かしてから、『わっぺいさん、ももちゃんはいつ返したらいいんですかね?』って言ったら『えっ?そんなこと言ったか?覚えてない』って(笑)。『貸してあげる』って言ったことを覚えてなかったんですよ。

普段すごく冷静な人なのに、結婚式のときはちょっと酔っぱらっちゃっていたし、いつものテンションじゃなかったんだろうなと思って。

僕には娘がいないからそういう気持ちがちょっとわからないんですけど、『娘がいなくなっちゃう、娘がほかの男に取られるんだ』って動揺していたんでしょうね。僕は間近でそういうところを見て、『こんな風になるんだ、わっぺいさんが』って思ってちょっと感動しました。僕の子どもは男の子2人なので、そういう感覚はわからないんですけど」

――ご結婚されたとき、お仕事は結構順調に入るようになっていたのですか

「どうなんでしょうかね。今でも僕はあまり順調だと思ってないんですけど」

――「順調」の定義としてわかりやすいのは、「アルバイトをせずに俳優業だけで生活ができるようになる」ということでしょうか

「バイトはもうしばらくしてないですけど、仕事が何もなかったらしようかなって思うときもあります。うちの上の子どもが大学生なんですけど、家に配達サービスの鞄があるんですよ。それで、『これを借りてやろうかな』って暇なときは思ったりしますよ」

――連ドラも結構多いので忙しいのでは?

「でも、毎回思うんですけど、撮影が終わって『〇〇役の山中聡さん、オールアップです。お疲れさまでした』って言われるじゃないですか。そうすると、そこから失業ですからね、僕たちは。

『ありがとうございました』って言いながらも、『失業しちゃった。無職だ』みたいなところもあるので。他の仕事が決まっていればいいですけど、決まってない場合は失業ですから。

だからと言ってガーンと落ち込むわけじゃないんですけど、そういう感じでいつもやっているので、何もなければバイトすることもありかなって思っています」

■カンヌ国際映画祭にも出品された話題作に出演

2005年、映画「運命じゃない人」に出演。この作品は、最愛の人(板谷由夏)に去られた人が良すぎる男・宮田(中村靖日)と2000万円をめぐる一夜の出来事を5人の登場人物それぞれの視点から描いたもの。山中さんは、宮田の親友の私立探偵・神田勇介役を演じた。

「あの映画もオーディションです。僕と中村靖日くんと一緒に監督面接みたいなのがあって、監督とプロデューサーの天野(真弓)さんと会って、『じゃあ、ちょっとホン(台本)読んでみましょうか』みたいな感じですね」

――ものすごく面白くて驚きました

「そうですよね。『光の雨』も板谷(由夏)と一緒で、そのあとだったので、『運命じゃない人』のときには、『ここはこうしようか』とか『どうする?聡くん。もっとこうしようか?』というような感じで話し合いながらやっていましたね」

――板谷さんは、こんなに良い人はいないんじゃないかという主人公とヤクザを騙すしたたかな女性役でしたね

「そうそう。僕は宮田の友だちの私立探偵で、彼のために何とかしてあげようとするんですけどね。伏線が気持ちいいぐらい回収されていて、やっていてものすごく面白かったです」

――撮影はスムーズに行ったのですか

「そうですね。あれは僕のシーンは4日間ぐらいで撮ったはずです。ものすごいコンパクトに。24時間撮影のときもあったんじゃないかな。ヤクザの部屋のシーンは全部1日で撮りました。ちょっと忘れちゃったんですけど、ものすごく短い期間で撮ったんですよね。だからもう最初から台本通りに撮らないと…という感じでやっていました」

――予想不可能な展開を見せる緻密に計算された物語で本当に面白いですよね。いろいろな映画賞も受賞されましたが、そういう予感はありました?

「それはありました。『これは絶対に面白い、みんなに受け入れられる』と思っていました。それはホン(脚本)を読めば大体わかります。『これは賞を獲るな』とか、『獲らないな』というのはわかります。今だにやっぱり言われますね。『「運命じゃない人」、面白かったです』って。うれしいですね」

主人公・宮田役を演じた中村靖日さんは、2024年7月10日、急性心不全で亡くなられた。まだ51歳という若さだった。「運命じゃない人」は、カンヌ映画祭批評家週間に出品され、フランス作家協会賞(脚本賞)など4部門を受賞。国内でも第48回ブルーリボン賞

スタッフ賞をはじめ、多くの映画賞を受賞した。

山中さんは、その後、津川雅彦さんがマキノ雅彦名義で監督した映画「次郎長三国志」、「鈴木先生」(テレビ東京系)などに出演。「相棒 season16 第17話」では兄・山中崇史さんと共演。取り調べを受けるシーンも話題に。次回はその撮影エピソードなども紹介。(津島令子)

※山中聡(やまなか・そう)プロフィル

1972年1月30日生まれ。茨城県出身。1998年、「卓球温泉」で映画デビュー。映画「次郎長三国志」(マキノ雅彦監督)、映画「恋人たち」(橋口亮輔監督)、映画「歩けない僕らは」(佐藤快磨監督)、映画「人数の町」(荒木伸二監督)、「相棒」(テレビ朝日系)、「9ボーダー」(TBS系)などに出演。7月4日(金)に映画『桐島です』の公開が控えている。

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