納屋から生まれる“本物のサウンド” スクール・ファーム・スタジオ

17世紀の大工による曖昧な設計が素晴らしい音響特性を生み出したんだ

2001年に設立された映像音楽のライブラリー・サービス、Audio Network。あらゆるジャンルの楽曲を28万曲以上そろえており、それらは映画や企業広告など幅広い分野で活用されている。Audio Networkの音楽は、設立当初から“生の楽器を録音すること”にこだわりを持って制作されてきた。そのレコーディングの多くはアビイ・ロード・スタジオやエア・スタジオで行われているが、同社のサウンドを形作る上で欠かせない存在がスクール・ファーム・スタジオ(School Farm Studios)だ。17世紀の納屋から造られたというこのスタジオについて、オーナーやミュージシャンに話を聞いた。

納屋を外界と分離した

 「もともとこの場所でAudio Networkを運営していたんだ。30年近く住み続けている僕の自宅で、外には納屋があって、そこをいつかスタジオにしたいという考えはずっと持っていた。でも会社があると大勢の人が行き来するから、なかなか実現はできなくて。それから2019年に会社を移転することになり、晴れてスタジオ建設に着手することができたんだよ」

 そう語るのはAudio Networkの共同創設者、そしてこのスタジオのオーナーであるアンドリュー・サナックスだ。スタジオ造りは、アビイ・ロード・スタジオの元エンジニアで、アンドリューの友人でもあるステファノ・チヴェッタと始めたという。

 「あるとき、ステファノが“アビイ・ロード・スタジオをやめるから、一緒にスタジオを設立しないか”と言ってきた。僕が“いやいや、まだスタジオ環境も持っていないから”と答えたら、“じゃあ一緒に建てようじゃないか”と、彼が手を貸してくれることになったんだ。ステファノはエンジニアとしてだけでなくミュージシャンとしても優れていて、理想的なスタジオ造りにおいて彼は重要な存在になったね」

Audio Networkの共同創設者/スタジオ・オーナー/プロデューサーのアンドリュー・サナックス。オーケストラなどクラシック・タイトルを中心に4,000曲以上をプロデュースしてきた

Audio Networkの共同創設者/スタジオ・オーナー/プロデューサーのアンドリュー・サナックス。オーケストラなどクラシック・タイトルを中心に4,000曲以上をプロデュースしてきた

イングランド・エセックス州にあるスクール・ファーム・スタジオは、アンドリュー・サナックスが30年近く住んでいる自宅に構えたスタジオ。周りは広い農地で、この環境の中で過ごしながら音楽家同士がコミュニケーションを育むことは、良い音が生まれるきっかけになるそうだ

イングランド・エセックス州にあるスクール・ファーム・スタジオは、アンドリュー・サナックスが30年近く住んでいる自宅に構えたスタジオ。周りは広い農地で、この環境の中で過ごしながら音楽家同士がコミュニケーションを育むことは、良い音が生まれるきっかけになるそうだ

 アンドリューが語ったように、スタジオは自宅の納屋を改装して造られることになった。その納屋は17世紀に造られた歴史的にも価値のある建物で、その存在を守りながらスタジオ化を進めることは困難を極めたという。

 「スタジオとして機能させるためには防音処理が必要だ。しかし、素晴らしい梁(はり)、しっくい、馬の毛や瓶といった小物まで、もともと納屋にあったものは壊したくなかった。そこで、納屋全体の周りに骨組みを造り、納屋と外との間に音響処理を施したんだ。スプリング・フロアによって納屋は完璧に分離された状態になっているよ」

 レコーディングにおいてはスタジオ内の音響も重要になってくる。しかし、防音作業と比べるとルーム・アコースティックの調整はスムーズに進んだようだ。

 「スタジオの響きを作る上で大切なのは、平行な面や反射面を作らないことだ。だからランダムな角度や拡散材などで調整するスタジオが多い。でも、ここはもともと17世紀に造られたということもあって、当時の大工たちは整然とした設計をしてはいなかった。木材も曲がっていたりしてね。つまり、偶然にも平行面が少なく、その曖昧な造りが良い音響特性を生み出していた。最初から納屋のルーム・アコースティックはうまくいっていたんだ」

 こうして生まれたスクール・ファーム・スタジオには、コントロール・ルームのほか、最大30名ほどの奏者を録ることが可能なメイン・ルーム、少数編成やドラム録りなどに使える2つのブースが用意された。加えて、スタジオの外にあるスペースにも回線がつながっており、合計5つのレコーディング・スペースを利用できるという。

 「ジャズ・アンサンブルのように一つの部屋に集まって演奏するミュージシャンもいれば、楽器ごとにブースを分けてクリアに録音したい人もいる。バラエティに富んだアプローチを採れるようにしておくことが大事なんだ」

納屋を改装して造られたメインのライブ・ルーム。最大30人ほどのミュージシャンを収容可能で、ストリングス・セクションのレコーディングもよく行われている。アンドリューは「この部屋は大勢を入れるより、少人数で演奏したほうがビッグな音になる」と語っていた。このライブ・ルーム以外にイースト・ブースとウェスト・ブースがあり、イーストはドラムや4人編成のセクション、ウェストはボーカルや竿ものなどタイトな響きを求める録音で使用するという

納屋を改装して造られたメインのライブ・ルーム。最大30人ほどのミュージシャンを収容可能で、ストリングス・セクションのレコーディングもよく行われている。アンドリューは「この部屋は大勢を入れるより、少人数で演奏したほうがビッグな音になる」と語っていた。このライブ・ルーム以外にイースト・ブースとウェスト・ブースがあり、イーストはドラムや4人編成のセクション、ウェストはボーカルや竿ものなどタイトな響きを求める録音で使用するという

本物であることにこだわる

 そのアンドリューの言葉はAudio Networkの設立背景に由来する。イギリスの音楽出版社ブージー&ホークスでメディア・ディレクターを務めていた彼は、2001年に独立してAudio Networkをスタートした。最初から順風満帆ではなかったものの、4年の月日が流れるころには事業は軌道に乗り始めていた。

 「ちまたにはミュージック・ライブラリーがたくさんあった。そこにまた似たような企業が増えたって、誰にも注目してもらえないだろう。そこでこだわったのは“本物の音”を録ることだった。最初に出した4枚のライブラリー・アルバムはすべてオーケストラによる生演奏なんだ。デジタルを使ってそれらしいものを装うことはしない。すべてが本物であることに徹底的にこだわっている」

 その思想が、スクール・ファーム・スタジオの設計に表れていると言えるだろう。また、Audio Networkが成功した別の理由として、サブスクリプション・モデルがある。今では当たり前となったシステムだが、当時はまだ珍しいものだった。

 「サブスクリプション・モデルは当時かなりの物議を醸していたし、誰もやっていなかった。僕らは、素晴らしい音楽を定額で提供して誰でも利用できるようにすれば成功すると信じていた。でもそう簡単にはいかなったよ(笑)。2005年くらいにやっと顧客を得られるようになったんだ」

 スクール・ファーム・スタジオに話を戻そう。コントロール・ルームはATCのスピーカーを使った7.1.4chのDolby Atmosシステムを用意しており、近年のイマーシブ表現にも対応できる。機材についてステファノが中心となってセレクトしたようで、メインのコンソールは48chのSOLID STATE LOGIC Duality Fuseだ。アウトボードも、伝統的なモデルを中心に選んでセットアップしたという。

 「楽器のレコーディングを重視しているから真空管機材は必要だし、特にプリアンプは大切だ。MILLENIAやAEA、CHANDLER LIMITEDなどもあるが、ほとんどの録音で使用しているのはAMS NEVE 1081Rだね。マイクはビンテージのものから現代的なモデルまで、ステファノが良いコレクションを用意してくれた。みんなの要望に応えられるようにね」

コントロール・ルームには、48chのコンソールSOLID STATE LOGIC Duality Fuseが鎮座する。ATCのモニター・スピーカーは7.1.4chという構成で、Dolby Atmosにも対応。写真奥にはアウトボード・ラックが置かれており、椅子で隠れてしまっている部分にはAMS NEVE 1081Rと1081R Airが12基ずつ用意されている。そのほか、TELETRONIX LA-2AやUNIVERSAL AUDIO 1176LN、MANLEY Massive Passive、PULTEC MEQ-5など、楽器録音にフォーカスして選ばれたアウトボードが並ぶ

コントロール・ルームには、48chのコンソールSOLID STATE LOGIC Duality Fuseが鎮座する。ATCのモニター・スピーカーは7.1.4chという構成で、Dolby Atmosにも対応。写真奥にはアウトボード・ラックが置かれており、椅子で隠れてしまっている部分にはAMS NEVE 1081Rと1081R Airが12基ずつ用意されている。そのほか、TELETRONIX LA-2AやUNIVERSAL AUDIO 1176LN、MANLEY Massive Passive、PULTEC MEQ-5など、楽器録音にフォーカスして選ばれたアウトボードが並ぶ

みんなが快適に過ごせることも大切

 Audio Networkにはさまざまなアーティストが参加して楽曲を制作しているが、そのうちの一人が4人組ジャズ・ファンク・バンドのジェイムス・テイラー・カルテット(JTQ)を率いるキーボーディスト、ジェイムス・テイラーだ。「美しい場所で、素晴らしいセッティングの楽器がそろっている」と彼はスクール・ファーム・スタジオを評価する。

 「LESLIE 147とHAMMOND B-3という豪華な組み合わせが置かれている。僕の知り合いが作り直し、出荷時のサウンドをよみがえらせてくれたんだ。国内でも最高レベルのオルガンだと思う。STEINWAY Model Dも、僕が弾いてきた中でこれ以上ないくらいに素晴らしい。何より部屋の響きがとても良いんだ」

ジェイムス・テイラー・カルテットのキーボーディスト、ジェイムス・テイラー。オルガンの名手としてジャズ・ファンク・シーンで活躍するだけでなく、『オースティン・パワーズ』への楽曲提供、ライブラリー・ミュージックの制作など、幅広く活動を続けてきた

ジェイムス・テイラー・カルテットのキーボーディスト、ジェイムス・テイラー。オルガンの名手としてジャズ・ファンク・シーンで活躍するだけでなく、『オースティン・パワーズ』への楽曲提供、ライブラリー・ミュージックの制作など、幅広く活動を続けてきた

ジェイムス・テイラーがAudio Networkのライブラリーとしてスクール・ファーム・スタジオで制作した『CAR CHASE』。ジェイムスはニューヨークを舞台にした1971〜1972年ごろの映画が好きだそうで、そこに出てくるカー・チェイス・シーンに影響されて作ったという。制御不能なスピード感やエネルギーが表現されている

ジェイムス・テイラーがAudio Networkのライブラリーとしてスクール・ファーム・スタジオで制作した『CAR CHASE』。ジェイムスはニューヨークを舞台にした1971〜1972年ごろの映画が好きだそうで、そこに出てくるカー・チェイス・シーンに影響されて作ったという。制御不能なスピード感やエネルギーが表現されている

 ジェイムスがアンドリューと知り合ったのは2014年ごろだった。既に他メーカーでライブラリー音楽を手掛けていたジェイムスだったが、アンドリューから「君がやりたいことをやってくれ。イメージが見えたなら、それを形にするんだ」と言われたことは、その後の制作に大きな影響を与えたそうだ。

 「あるとき鉄道模型にハマっていて、そのイメージを曲に落とし込んで作ってみた。のちに、偶然見たテレビ番組に鉄道模型を組み立てている男性が出ていて、そこでその曲が使われていたんだ! “君に見えたイメージが、テレビ番組のエディターにも見えたんだ”とアンドリューは言っていたよ」

 アーティストとの良好な関係性を生むことは、優れた作品を作る上でも大切だとアンドリューは語る。「みんなを引き合わせてチャンスを生み出すために僕らは存在している」と、彼は続ける。

 「ライブラリーだけを作っていると、どうしても“起用されそうな音楽”にフォーカスしてしまいがちだ。でも素晴らしい音楽には、オーセンティックで良いものを作ろうとする意思が必要だよ。そのアイディアを出すために、いろいろな人たちとのコミュニケーションは欠かせない。スクール・ファーム・スタジオには13部屋以上の宿泊スペースもあって、電動バギーで敷地内を移動できる。みんなでランチを食べたり、暑い日にはプールで泳ぐこともできるよ。そうやってみんながハッピーで過ごせることで、素晴らしい音楽が生まれるスタジオになっているんだ」

 

Audio Network

関連記事

Share.
Leave A Reply