鎌倉の商店街や民家の軒沿いを走り抜ける路面電車「江ノ島電鉄」。住民の足としてだけでなく、通勤通学や観光客も多く、どんな時間帯でも混んでいる。
鎌倉駅から6つめの「七里ガ浜」駅は、降りて3分ほど歩けば海岸沿いに出る。空と水平線が広がる眺望が広がる絶好のロケーションにヘアサロン「ビュートリアム七里ヶ浜店」がある。
都心から2時間弱かけ、その場所へ。
川畑タケルさん、その人に会うために。
2000年に一世を風靡した大ヒットドラマ「ビューティフルライフ」と聞いて反応する人は多いのではないだろうか。そのドラマの主役であるカリスマ美容師の沖島柊二を演じたキムタクこと木村拓哉さんに施術指導をしたのが川畑タケルさんだ。サーフィンを愛し、原宿をスケートボードで移動する彼はライフスタイルも含めて若い人たちの憧れとなった。
【川畑タケル】
1989年BEAUTRIUM入社。毛先から根元に向かって髪を滑らせるようにハサミを動かすスライドカットという技法を生み出した人でもある。これによって、日本人女性の髪型は、スライドカットによって外国人のようなナチュラルで立体感のあるシルエットへと変化した。サロンワークだけでなく、雑誌のビジュアル撮影や取材、ヘアサロンに講演会などの多忙な日々を送る中で、2008年に「ビュートリアム七里ヶ浜店」をオープンし、生活の拠点を移す。現在はショーや講演会などがない限りはサロンの現場に立ち、接客を行い続けている。
今もなお、川畑さんはサロンの現場に立ち続けている。しかも基本的には週に5日間、他のスタッフと同様に店の開店準備から閉店までいるという。
当時、同じようにカリスマ美容師として名を連ねていた人の多くは、経営や商品企画など現場を離れる中、なぜ彼はサロンに立ち続けているのだろうか。川畑タケルさん本人に直接話を伺った。3回にわたりインタビューをお届けする。
ずっとサロンに立ち続ける理由
「BEAUTRIUM七里ケ浜」(2階)
都内を中心に全国に11店舗を構える「BEAUTRIUM」の副会長でもある川畑さん。その立場になってまでなぜ現場に立ち続けているかと尋ねると、向いてないんだよねと軽やかな口調で即答してくれた。
「会長と社長が別にいて、彼らが優秀なんですよ。だから僕は安心して好きなようにやらせてもらっています。これまで独立の話も何度かあったけど、周りからタケルさん、向いてないと思いますよ、と言われていました。僕もそう思います(笑)。
それに、東京から七里ヶ浜に移っても変わらずに来てくれるお客さんも多くて。それなのに、辞められないでしょう。
ここ(七里ガ浜)には海もあるから好きなときにサーフィンに行けます。言うことないですね。自分はもうずっとプレーヤーでいようと思っています」(川畑タケルさん、以下同)
インダス川の沐浴中に思い出した、22歳の夢
写真提供/BEAUTRIUM(川畑タケルさん)
17歳のころから始めたサーフィンは、川畑さんにとって美容師歴よりも長い。もはや人生の一部と言えるのだろう。そう、彼はサーフィンがしたくて七里ガ浜に拠点を移したのだ。メディアの取材や撮影など、超がつくほどの多忙なスケジュールだった時期、すべてをリセットすることにした。
「海にもなかなか行けないし、毎日が仕事中心で、あのまま東京にいたら、ちょっともう無理だと思い始めていました。そんな時期に、出張でインドに行くことがあって、滞在中にインダス川で沐浴をしたんです。そしたら突然、美容師を始めた22歳のころ、海の前で美容院がやりたいという夢があったことを思い出したんです。
それが2008年でした。帰国してすぐに物件を探し始め、割とスムーズに場所も見つかって、翌年にはオープンすることができました」
ここで彼のライフスタイルはがらりと変わる。
朝5時。波がよければ海へ行ってからサロンへ。
「海でサーフィンがしたい、それくらいの希望はかなえたっていいでしょう。七里ガ浜に移ってからも都内での撮影などは続けていたんだけど、行く日に限って波がよかったりするんだよね(笑)。もう、僕じゃなくてもいいでしょうと思っています。都内は駐車場代も高くて一日中、車を停めておくとすごい金額ですしね」
