掲載日
2025年10月5日
沈んだトーンで彩られた日曜日のパリ・ファッションウィーク:ジャン=ポール・ゴルチエでは列車事故さながらのデビュー、セリーヌは抜け目ないマーチャンダイズ、アクリスはエレガントなファインアート、そしてヴァレンティノのアレッサンドロ・ミケーレは“いつもの繰り返し”。
ジャン=ポール・ゴルチエ:ジャック・シラク美術館の地下室の列車事故
今季は、コードやブランドDNAを尊重するあまり安全運転に終始したデビュー組があまりに多かった。デュラン・ランティンクはゴルチエのメゾンで教本を破り捨てようと試みたものの、結果は紛れもないファッションの大惨事。
コレクションを見るジャンポール・ゴルチエ – 2026年春夏 – ウィメンズ – フランス – パリ – ©Launchmetrics/spotlight
確かにゴルチエの数々のアイコンを弄ったが、そのどれもが彼自身の悪戯めいた、そして軽率な解釈に終始。いくつか例を挙げれば、ジャン=ポールが革新的に用いたシフォンへのプリントは、正確なボディプリントのボディストッキングへとすり替えられ、しかもシミや血痕まで添えられていた。ニューヨーク流に言えば“hid’”(ひどい)。
また、伝説的なマドンナの銀色の円錐形ブラへのオマージュだったはずのオープニング・ルックは、オレンジ色の、胸が押しつぶされたエイリアン人形のような代物に。悲しい。
さらに、JPGの青×白のターゲット柄への愛情も、ランティンクの手にかかると、テレタビーズとターゲット(米ディスカウントチェーン)がコラボしたかのような不条理な成形レオタードへと変換。
コレクションを見るジャンポール・ゴルチエ – 2026年春夏 – ウィメンズ – フランス – パリ – ©Launchmetrics/spotlight
会場に足を踏み入れた瞬間から嫌な予感がした。ジャック・シラク美術館の暖房や下水の配管がむき出しの、暗い80メートルの廊下に座らされるのだ。楽観主義、ユーモア、そして豪胆な不遜さで知られるゴルチエのショーに、地下室がふさわしいなどと、いったい誰が考えたのだろう。
オランダ生まれのデュランは、ジャン=ポールの“ボディ・ビューティフル”の美学にひっかけたアスレチックなルックを連ねた。いくつかはどうにか形になったものの、せいぜいその程度。
出入り口には、空瓶や汚れたグラス、飲み干されたカクテルが積み上がった擬似ナイトクラブのバー。これまた、ゴルチエの新時代への悲しい入口であり、この不条理なショーの後では、当面ジャン=ポール・ゴルチエのパーティは終わりだ、という象徴でもあった。
セリーヌ:晴れの日、抜け目ないマーチャンダイズ
日曜のセリーヌのショーには陽光が降り注ぎ、メゾン自体にも日が差しているようだった。クリエイティブ・ディレクターのマイケル・ライダーは、わずか2回のコレクションで早くもヒットを飛ばしている。
セリーヌ 2026年春夏コレクション(パリ) – Courtesy
端正で、スリークで、洒脱。しかも商業的ヒットがぎっしり詰まった本コレクションは、パリで最もバイヤーフレンドリーに感じられた。
前任のエディ・スリマンが去った後、セリーヌのビジネスは冷え込んだと言われるが、この2026年春夏コレクションには、消費者目線のアイテムが目白押し。メッセージはきわめて明確でフォーカスされており、もはやマーチャンダイザーすら不要に思えるほどだ。
パルク・ド・サン=クルーの美しい並木道での屋外プレゼンテーションは、記憶にないほど慌ただしいパリ・ファッションウィーク(主要メゾンで連日のデビュー・ショー)にあって、一瞬の優雅さを創出した。
ライダーのテーラリングは非の打ちどころなし。男女混成のショーで、80年代のパワーショルダーのジャケットと、足首でわずかにフレアするスペイン風のペグレッグパンツを巧みに融合させた。
カクテルドレスはショート丈でフレア、ポップアート調のフローラル。ブラウスは彫刻的な妙技でドレープし、ほとんどトーガさながら。
セリーヌの騎手と馬車を配した鮮やかなイエローのカシミアセーターには、彼のラルフ・ローレン時代の薫りが色濃い。
パリで行われたセリーヌの2026年春夏コレクション – Courtesy
デビュー時と同様、ゲストにはシルクのスカーフを贈呈。ショーのライトモチーフもスカーフで、フーラード、ブレスレット、ネクタイとして——あるいは地下ではなく階上のハリーズ・バーへ向かう著名な作家の装いとして——活躍した。
フットウェアも豊作。縦にセリーヌのロゴが入ったボクシングブーツ、クロコ調でポインテッドなダブルCロゴのローファー、ミニマルなカウボーイブーツまで幅広く展開。
これでこの米国人デザイナーは、セリーヌで二打席連続のホームランを放った格好だ。とはいえ、コレクションにはもう少しソウルと、パリらしいピザズが欲しかったのも事実。
アクリス:Ars longa, vita brevis
アクリスのコレクションを見るのはいつだって嬉しい。女性を飾り立てるのではなく、装うための服を作るという命題に忠実なブランドだからだ。
コレクションを見るアクリス – 2026年春夏 – ウィメンズ – フランス – パリ – ©Launchmetrics/spotlight
ファインアートからのインスピレーションで常に刷新されてきた同ブランド。今季、アクリスのクリエイティブ・ディレクター、アルベルト・クリエムラーは、偉大な画家レオン・ポーク・スミスの記憶を呼び起こした。
幾何学志向の抽象絵画で名高い(矛盾めいて聞こえるかもしれないが)スミスのイメージは、確かに素晴らしい服を生んだ。曲線的なフォルムと鮮やかなミニマリズムが、思いがけないウィットを帯びた曲線装飾的な抽象へとうねり、華麗なフィナーレを奏でたのだ。
パレ・ド・トーキョーのカーブしたランウェイ中央に据えたスミスのパネルの巨大な複製の前で、キャストはきびきびと行進。アクリスの顧客は言うまでもなく多忙な女性——常に動き回るキャリアの達人であり、これらの衣服はアクティブな日常のために仕立てられている。
コレクションを見るアクリス – 2026年春夏 – ウィメンズ – フランス – パリ – ©Launchmetrics/spotlight
口火を切ったのはウールの朱色のスーツ——カプリパンツに、ポリゴン・パネルで裁ったロングジャケットの組み合わせ。続いて、鮮やかなオレンジのポリゴン・パッチを配した白いコットンスカートや、美しいパナマシルク・オーガンザのパーカとお揃いのミニスカート。
アルベルトはナッパラムを用いたセカンドスキンのレザー・ジャーキンやシャツジャケットも仕立て、デニムのカプリパンツと合わせた——観客の誰にでも、いや大抵の女性に似合うようなルックである。アクリスが多くの女性にとって手の届かない価格帯だとしても、この20年で最もエンパワーしてきたファッション・レーベルの一つであることは間違いない。これは誇張ではない。
ヴァレンティノ:暗闇の中の欲望
アレッサンドロ・ミケーレは最新ショーで、第二次世界大戦中のピエル・パオロ・パゾリーニの学生時代に言及。黒一色のテントの中、上演中は爆撃を受けているかのように震え、低い天井にはねじれた蛍光灯が走り、夜間の空襲やベルリンのナイトクラブを想起させた。ヴァレンティノの女性像と直結する舞台とは言い難い。だが、そう来たか。
コレクションを見るヴァレンティノ – 2026年春夏 – ウィメンズ – フランス – パリ – ©Launchmetrics/spotlight
総じて、このコレクションはクラシックなミケーレそのもの。ハイウエストで膝にスリットが入ったスカートに、肩先を強調したシフォンブラウスの数々を合わせるというレトロなグラマーの融合。襟には常にボウやタイがあしらわれていた。
建築的なモールディングで仕上げたように見えるバイオレットのコートドレスや、絶妙なドレープのジャカードドレスは印象的。
イブニングでは、今季の新しい洗練——セクシーで、ほぼシアーなレースのコラムドレスやボディストッキングで、ランジェリーをあえて覗かせた。
男女混成のショーで、男性陣は、まるでスーツケースから取り出したばかりのようにピシッとプレスの効いたダブルブレストのブレザーでそぞろ歩き。両性ともに金色のメタリック刺繍のガーメントをまとい、女性はボレロを、男性はショーツやボウリングシューズまで。
総じて、キャストの装いはパーティに出かける準備万端といった趣。しかしフィナーレでは、葬式にふさわしいオーケストラのサウンドトラックに乗せ、皆がうつむき加減で歩いた。
コレクションを見るヴァレンティノ – 2026年春夏 – ウィメンズ – フランス – パリ – ©Launchmetrics/spotlight
プログラムの中でアレッサンドロは、パゾリーニの1941年のエロティックな書簡と、1975年のエッセイに言及。そこでは、ファシズムの復活は暴力ではなく「価値観や魂、言語を荒廃させる順応主義——愛を求めるホタルの光り輝く舞いとその差異をまるごと呑み込むほど不可解な新しい夜」を通じて起こると警鐘を鳴らしていた。
ミケーレがファシズム再来の亡霊を喚起したことは称賛に値する。とりわけ、米移民・関税執行局(ICE)の災禍や米国における言論の自由への攻撃を踏まえればなおさらだ。偉大な民主主義が現代のファシズムへと滑り落ちるのは、決して遠い話ではないのかもしれない。しかしファッション・ステートメントとしては、これは既視感の強すぎる服の反復的な再登場に過ぎなかった。