独自の世界観と作家性で世界中のファンを魅了し続ける映画監督・押井守が、Aだと思っていたら実はBやMやZだったという“映画の裏切り”を紐解いていく連載「裏切り映画の愉しみ方」。内戦が勃発した近未来のアメリカ合衆国を描くアレックス・ガーランド監督の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(24)の後編をお届けします。
押井守監督が映画の愉しみ方を語り尽くす!撮影/河内彩
「このセリフがすべてと言ってもいい」
――前編では、“シビル・ウォー=内戦”がなぜ日本は無縁だったのかについて様々な角度から語っていただきました。後編にあたる今回は「期待した“戦争映画”ではなかったものの、満たされた部分もある」というお話を伺います。
「もっとも秀逸だったのはカメラマン一行が怪しげな兵士たちに捕まってしまうエピソード。軍服姿の銃を構えた兵士が彼らにこう尋ねる。『お前、どういうアメリカ人なのか?』。このセリフは上手い。このひと言だけで、同じアメリカに住んでいるとはいえいろんな人がいる、人種もあれば階層もあり、民族や宗教の違いもある。そういう人たちが集まった国家がアメリカなんだということが伝わってくる。
それがこの作品のキモ。このセリフがすべてと言ってもいい。答えによってはお前を撃つというわけだから、アメリカ人は鳥肌が立ったんじゃないの?もし、本当にシビル・ウォーが起きたら、そういう危険性は絶対にあるし、昨日までは同じアイデンティティが成立していたのに!ということになるのは必至。そういうアイデンティティがすべて崩壊するのは他人事じゃなく、2つどころか3つ、4つに分断しても不思議じゃない。それは単に、富裕層と貧困層の格差をなくしたところで解決できる問題ではないんです」
――そういう危険性、いまのアメリカ、どんどん濃くなってますからね。
「そこはアメリカ人の根っ子の部分。この作品は、いわゆる戦争映画にしなかったことで彼らの根っ子の部分が描かれているんです。
その“根っ子”でもうひとつ描かれるのが、ベテランとルーキーの関係性だよね。本作では戦場カメラマンのベテランとルーキーで、ベテランが果たす役割、新人が果たす役割をさりげなく入れている。世代の問題もアメリカが抱える問題のひとつであり、ハリウッドのジャンルのひとつでもある。アメリカの社会は世代が果たす役割について、日本人より明確に意識しているから」
――本作でのベテランは、実在の女性報道カメラマン、リー・ミラーから名前をいただいたリー・スミス。演じているのはキルスティン・ダンストです。行動を共にする報道カメラマン志望の若い女性、ジェシー・カレンにはケイリー・スピーニーが扮しています。
「私は基本、戦場におけるジャーナリストの使命や在り方を描いた映画は、芸術家を描いた作品と同じで信用してない。例えばロバート・キャパにしてもすごい戦場カメラマンという評価だけれど、私に言わせれば享楽的な男。ジャーナリスティックな使命感をもって仕事をしていたかのか疑わしいと思っている。単なる冒険主義者というのが私の見方ですよ」
「ルーキーが永遠にベテランを理解しないのは、ハリウッド映画のテーマ」駆け出しのカメラマン、ジェシーを演じたケイリー・スピーニー『シビル・ウォー アメリカ最後の日』Blu-ray&DVD発売中/Blu-ray豪華版 13,200円(税込)、Blu-ray通常版 5,500円(税込)、DVD 4,400円(税込)/ 発売元・販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング [c]2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.
――押井さん、ルーキーのカメラマンはどう思いました?彼女、カメラのファインダーを覗いていると、ついつい前に出て側にいた兵士に連れ戻されるじゃないですか。『ブラックホーク・ダウン』(02)の時、リドリー・スコットが「臨場感ある映像のため参考にしたのは戦場カメラマンの写真。なぜなら、彼らはファインダーを通すと被写体との距離感がなくなり、どんどん前に進んで凄い写真を撮るから」って言っていたんですよ。だから、もしかして優秀なカメラマンになる可能性を描いたのかなと。
「それは考えすぎ(笑)。私はシンプルに、彼女はキャパと同じで野心家なだけだと思ったよ。あのおばさんカメラマンの若かりしころを彷彿とさせて『昔の私を見ているよう』とか『昔の君のようだな』というセリフを活かすためのエピソードです。ただし、ルーキーは永遠にそれを理解しない。つまり、世代の体験は継承されないんです。だから先輩はなにをすればいいかというと身をもって示すだけ。本作でもそうなっているでしょ?おばさんカメラマンが若い子を助けるのはヒューマニズムなんかじゃない。あれは世代の役割です。極論すればベテランは消えて行くだけなんだから。
ルーキーが永遠にベテランを理解しないというのはハリウッド映画のテーマのひとつでもあるんです。彼らが出来るのはルーキーとして理解するのではなく、ベテランになることだけ。それはなにを意味しているかと言えば、“淘汰”ですよ。淘汰されることによって振り落とされていくんです。その結果としてルーキーのなかからベテランが現れる。つまり、重要なのは理解することではなく淘汰されること。それはアメリカのポリシーと同じ。彼らはすべての国民を立派に育てようなんて思ってもいないから。社会的競争が必要で、競争原理がなければアメリカの民主主義は成立しない。これがアメリカの民主主義の本質です」
アメリカ映画が描くテーマを解説する押井監督撮影/河内彩
――同じ民主主義でも日本とは違いますね。
「それも“シビル・ウォー”同様、日本人が理解できないところ。戦後、すべての意見をすくいあげようという教育を受けた日本人には理解できない。運動会で1等賞や2等賞をなくそうとしている日本人にも理解できない。そんなの実社会に出たら通用しないんだけどさ」