ダンス&ボーカルグループ・EXILEが9月27日にリリースした新曲『Get-go!』。復活したボーカルのATSUSHIが作詞を担当するなど、早くも話題になっている。グループは来年節目の25周年を迎える中、現場でEXILEを支えるのがパフォーマー・AKIRAだ。自身も来年芸能活動20周年となり、ダンサー、俳優、モデル、LDH TAIWANのCEOなど多彩に活動する。私生活では2019年に台湾の俳優・林志玲(リン・チーリン)と結婚し一男をもうけた。そこで公私にわたり充実するAKIRAに、EXILEと自身のこれからを聞いた。(取材・構成=福嶋剛)

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――今回はATSUSHIさんが完全復帰したこれからのEXILEについてお聞きしたいと思います。

「その話の前に、そこに至るまでの僕の思いをお話したいと思います。ここ数年のEXILEは、ATSUSHIくんが不在になり、勇退するメンバーや退社するメンバーがいたり、いろいろなことがありました。実はあの頃、EXILEの活動を続けるべきなのかどうなのか、僕自身、真剣に悩んでいました」

――そんなことがあったんですね。

「EXILEとしての在り方として、仲間あっての自分たちなのでみんなの夢を応援することはとても大切なことなんです。今回、岩田剛典(三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE)と白濱亜嵐(GENERATIONS from EXILE TRIBE)にはソロ活動や各グループの活動に専念してもらうために背中を押しましたが、その一方で『残りのメンバーで歩むべきなのか』とか『DNAを受け継いだ後輩たちにバトンを渡すべきなのか』といったいろんなパターンの究極論をここ1年くらい考えてきました。そこで出した答えが『やっぱり僕たちは生涯EXILEなんだろうな』ということでした。ATSUSHIくんが復活した時にもそのことについて一緒に話をしました」

――どんな話をされましたか。

「ATSUSHIくんと話したのは、やっぱりEXILEは僕たちの生き様そのものなので、これまでいろんなメンバーが入って時代の変化とともに、いろんなメンバーと出会い、新陳代謝を繰り返して形を変えながらやってきましたが、どんな形でもその意思を持った人間がそこいれば、その時のEXILEがいつの時代もベストだと胸を張ってもいいじゃないかということでした。正直、僕自身もEXILEのパフォーマーとして、どこかで退かなくてはいけない年齢に差し掛かり、究極の選択も考えました。でも僕たちの在り方を考えたとき、まだまだ後輩たちに何かを伝えたり、道を作ってあげる人間も必要で、それができるのは我々しかいないと思うんです。僕たちも、先輩からたくさんのことを教わったからこそ今があるので、これからもEXILEという看板を背負いながら、プレイヤーとしても裏で支える側としても挑戦を続ける姿を見せていきたいと思います」

――新曲『Get-go!』についてもお聞きします。

「EXILEのダンスと歌、僕たちのメッセージを今もファンのみなさんに届けられているありがたみを感じながら、新たなスタートを切ったというのが今の心境です。まさに『Get-go!』は、心からファンのみなさんの幸せを願ったり、EXILEが続いていることへの感謝の気持ちがあふれた楽曲だと感じています」

――来年はAKIRAさんもデビュー20周年を迎えます。現在はEXILEのパフォーマーに加えて現場でEXILE TRIBE全体を見守るポジションで、他にも俳優、モデル、LDH関連会社のCEOなど、さまざまな活動を行っています。AKIRAさんのその情熱はどこからきているのでしょう。

「よく聞かれる質問ですが、やっぱり好きなことをやらせてもらっているので、自分が情熱を持ったことに責任感と自覚を持ちながら挑戦することを楽しむ。それに尽きると思います」

――AKIRAさんの現在に至るターニングポイントは。

「近いところだと昨年、中国の人気歌唱リアリティー番組『Call Me by Fire』に出演させていただいたことが大きなターニングポイントになりました」

――番組にはギタリストのMIYAVIさんも出演され、パフォーマンス優秀者に与えられる「ゴゥワンタンジャーズ」という称号を日本人で初めて獲得しました。さらにそれぞれ3冠を受賞されたようですね。

「向こうの大御所や大人気アーティスト、総勢34名が集結して5か月間のステージバトルを繰り広げました。ランダムにチームが選ばれ、そこでダンス、歌唱、ラップなど、オールジャンルの対抗戦を経て、ありがたいことに自分のいたチームが優勝しました。初めて海外で挑戦をしてみて分かったのは海外のタレントさんの多くは、マルチに活躍していて、どれも一流のレベルなんです。それを見た時、もっと自分を磨かないとダメだって思いました。40歳という年齢で自分をぶっ壊す現場に行けたことが何よりありがたかったです」

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