“ビートルズを育てた男”の知られざる物語

『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒット以降、音楽伝記映画や音楽ドキュメンタリーが人気だ。そして9月26日には、ザ・ビートルズを成功させたマネージャーの伝記映画が公開される。

ギネスも認める、世界で最も成功したバンドの裏方の苦労とは。音楽ばかりかファッションや映画、美術などのカルチャーにも多大な影響を与え社会現象となったビートルズだが、彼らを売り出した人物については日本ではあまり知られていない。

ブライアン・エプスタイン。ポール・マッカートニーが“第5のビートルズ”として名指ししたビートルズのマネージャーだ。

地元ティーンの人気バンドを世界最高のバンドになるまでに後押ししたエプスタインは、当時英国では違法とされたゲイであり、早逝したことでも知られる。

映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』でコーチングの天才を演じた、主演のジェイコブ・フォーチュン=ロイドに話を聞いた。

『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』©STUDIO POW(EPSTEIN).LTD

「ブライアンは多くの点で成功していたけれど、すごく不幸だった」

――撮影を通して、どんなことが大変でしたか?それとも大変なことはそれほどなかったですか?

素晴らしい経験で学びも多かったです。でも、もちろん大変なことはいっぱいありました。僕にとっては最初の主演映画だったので初めてのことばかりだし、責任も感じました。実在の影響力があった有名人なので、正しく演じたかったんです。それがプレッシャーで責任感を感じるところでした。

それに、いくつかのシーンがとても大変でした。映画が終わり近くになるに連れて、突然エモーショナルな難しいシーンばかりになるんです。“彼になる”というか、彼と僕とが混ざり合った存在になるために、かなりリサーチしていたんですが、ああいう大変なことを経験しなければならなかったのは辛かった。もちろん、彼はもっと辛かったでしょうね。

でも、楽しめる映画でもありました。監督のジョーやキャストたちと素晴らしい時間を過ごしました。だから大変なこともあったけれど楽しかったですね。

『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』©STUDIO POW(EPSTEIN).LTD

――どのシーンが大変でしたか?

やっぱり感情的に一番大変だったのは、ブライアンがパートナーに出て行かれて、しかも実話なんですが、彼の持ち物を盗まれたシーンですね。当時ブライアンは働きすぎで、働き続けるためにドラッグも使っていたんです。それに、ほぼずっとストレスも感じていました。ビートルズは「もうツアーをしない」と言い出していたし、彼は“自分はもう用なしだ”と感じていたかもしれません。

彼はすごく影響力があり、権力もあって、多くの点で成功していましたが、すごく不幸だったんです。それで彼は壊れてしまう。物事に圧倒されてしまうんです。それらすべてを表すシーンでした。要素が非常に多かったんです。演じるのはとても難しかったし、演技を5、6回繰り返すのも本当に消耗しました。

『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』©STUDIO POW(EPSTEIN).LTD

「ブライアンが何者で、どんな経験をしてきたかを理解することがキーポイントでした」

――ブライアン・エプスタインはゲイでしたが、セクシュアリティがその人物の人生観を決定するような役柄を演じるとき、どのような点に気をつけていますか? セクシュアリティが異なる場合は、ものすごく大変なんじゃないかと思うんです。

ブライアンのセクシュアリティは彼の人生で非常に重要な要素だったことに、かなり早くから気づきましたが、本来はそんなに重要であるべきではなかった。他人のセクシュアリティなんて、誰にも関係ないことであるべきじゃないですか。でも当時はセクシュアリティを表明するのは犯罪行為に等しかったし、そのために彼は警察や世間に何度も虐待されていたんです。

ですから、彼が何者で、どんな経験をしてきたかを理解することがキーポイントでした。それについてはほかの人も記録しているし、彼自身も記録に残しているんです。彼の日記を何冊も読みました。かなり注意深くそうした出来事を書いていて、それがすごくすごく大変だし、心が痛むような出来事なんです。こういうことから彼の人となりとか、彼が自分をどう感じるかが形成されました。

『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』©STUDIO POW(EPSTEIN).LTD

――『クイーンズ・ギャンビット』(2020年/Netflix)でもタウンズ役を演じられて、彼もゲイですよね。どんな違いがありましたか。

違うプロジェクトだし、関わる人も違いますから……何よりタウンズはフィクションなのでリサーチする必要もなかった。面白いことに『ブライアン・エプスタイン~』と『クイーンズ・ギャンビット』は同じ時代を描いているんですが、タウンズのセクシュアリティは物語上のサプライズになるので重要でしたが、ブライアンのセクシュアリティが彼の人柄にものすごく影響したことと比べると、役柄には何の影響もなかったんです。どちらかといえば、タウンズがゲイであることで影響を受けるのはベス(アニャ・テイラー=ジョイ)のほうですよね。

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「ブライアンは他人から好意を受けることが、とても下手でした」

――ブライアン・エプスタインは本当に疲れきっていたとおっしゃいましたが、本作の原題(『Midas Man』)にもなっているギリシャ神話のミダス王は触れるものがなんでも黄金になるけれど、喜んで愛する人に触れたらその人も黄金になってしまうという物語ですよね。ブライアンも同じように見えて、つまりとてつもなく裕福なのに生涯の伴侶はいない。一方で、彼の執事は裕福ではないけれどパートナーと幸せに暮らしています。だから金持ちであることが逆にテックス(※ジョン・テックス・エリントン/演:エド・スペリーアス)との関係性の障害に見えてしまったんですが、演じていてどのように感じましたか?

プロデューサーの一人に、ブライアンはミダス王みたいな気分だったんじゃないかと早い時期に言われていたような気がします。触るものがなんでも黄金になるけれども、人間も黄金になってしまって彼は孤独になると。でもそれはプロデューサーが感じたことです。僕は、彼のお金が関係性の邪魔になったとは思っていないんです。個人的には、テックスとの関係がこじれたのは、テックスとの収入格差がものすごくアンバランスで、そのことにテックスが嫉妬を感じていたからだと思います。

ブライアンはたった一度で成功して裕福になってしまったので、それも問題になり得ます。でも、それがブライアンにとって大変な問題になったとは僕は思わなくて、ブライアンにとっての問題は世間のホモフォビア(同性愛嫌悪)と、自分自身の精神的な問題で、それは彼のライフスタイルやドラッグやプレッシャーによって悪化していきました。

『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』©STUDIO POW(EPSTEIN).LTD

いつも気になるのが、ブライアンがすごく若かったことです。歴史上もっとも愛されていたであろうバンドを作り上げて、そのバンドは「愛こそはすべて」とか「ラヴ・ミー・ドゥ」とか愛の歌で有名で、ブライアンもラヴ・レボリューションの渦中にいました。それなのに彼は、自分を好きになるのも大変だったんです。

そんな環境にいたのに、他人から好意を受けることがとても下手でした。すごく悲しいと思うのは、彼がたった32歳で死んでしまったこと。人間は一度壊れても、何かに気づいて人生をやり直せるものですよね。壊れる経験は重要になり得るでしょう。人はそれを乗り越えて、何かを発見することもできます。だからブライアンが困難を克服できたらよかったのに……と思っています。

ジェイコブ・フォーチュン=ロイド ©Andrew James

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