阿部寛
PROFILE: 阿部寛/俳優
PROFILE: (あべ・ひろし)1964年6月22日生まれ。神奈川県出身。大学在学中にモデルデビュー。雑誌「メンズノンノ」創刊以来、3年6カ月表紙を飾る。87年大学卒業と同時に「はいからさんが通る」で映画デビュー。つかこうへい作・演出 舞台「熱海殺人事件~モンテカルロ・イリュージョン~」の主人公を演じ話題となる。2012年公開の映画「テルマエ・ロマエ」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞。同年公開の映画「麒麟の翼~劇場版・新参者~」でブルーリボン賞主演男優賞。ドラマ「下町ロケット」で東京ドラマアウォード2016主演男優賞など、数多くの賞を受賞。25年は 映画「ショウタイムセブン」、「キャンドルスティック」、ドラマ「キャスター」に出演。
身に覚えのないSNS炎上によって人生を狂わされる男の姿を描いた、浅倉秋成による衝撃のサスペンススリラー「俺ではない炎上」が実写映画化され、9月26日から全国公開される。主演を務める阿部寛は、SNSに疎く、傲慢なエリートサラリーマンという新たな役柄に挑んでいる。俳優人生でさまざまな役を演じてきた阿部は、今作に何を思い、どのように役に臨んだのか。作品の魅力、そして役者としての深い洞察に迫った。
映画「俺ではない炎上」メインビジュアル
衣装のおかげで芽生えた
エリート思考
阿部寛
——脚本のどのような点に面白さを感じ、本作のオファーを引き受けられたのでしょうか?
阿部寛(以下、阿部):今の時代に「追い込まれる男」を演じるということに興味を持ちました。SNSをきっかけに、自分の知らない全国の人に追われるというのは、これまで経験したことがない役柄でした。常に誰かに追われ、敵が誰か分からないという展開が、とても面白いと思ったんです。
——俳優としては、さまざまなメディアや人に追われるような経験をされることがあると思いますが、演じていてご自身とリンクするような部分を感じられましたか?
阿部:そうですね。こういう仕事をしているから、常に外に出れば見られるというのはありますよね。そういう意味では、本当にリンクしていると思います。だからこそやりやすかったというのも事実でした。
——今回演じられた山縣泰介という男は、仕事はできますが、実は無自覚な嫌われ者です。映画の主人公としては観客に嫌われすぎてもいけないと思いますが、そのあたりのバランスをどのようにとりましたか?
阿部:嫌われるのは嫌われるで面白いかな(笑)、というのもありました。最初は普通の会社の上司ぐらいにしか思っていなかったので、衣装を見て「なぜこんなにいい格好をしているんだろう」と疑問に思いましたが、その考えは浅はかでしたね。あの衣装を着たおかげか、セリフを発する際にも、自分自身にエリート思考が強くなってきたんです。実際に映像になったとき、思った以上に高圧的な人間に見えてびっくりしました。バランス感としては、自分でエリートだという自覚すらないままに演じたことが良かったのかもしれません。十分に嫌なやつに映っていたので。
場面カットから。阿部寛が演じた山縣泰介
——今回、逃亡の果てに下着一枚となるシーンもありましたが、そのために体作りもされたのでしょうか?
阿部:話を聞いたときは最初驚いて「もう少し着た方がいいんじゃないか」と言っていたんですけど、結果、パンツ姿が哀れな感じで面白かったですね。今回のために特別な体作りはしていませんが、普段からジムには行っています。むしろ寒さで体がこわばったので、引き締まって見えたのかもしれません。
——普段はどんなトレーニングをされているんですか?
阿部:特に特別なトレーニングや食事法などもなく、ジムに行くのが好きというだけなんです。いつも同じようなメニューをやっているのですが、ジムって本当に前向きな人しかいないので、そこに身を置いていると、いいパワーをいただけるんですよ。精神的にもすごく癒されて、活力が湧くというか。もちろん体を鍛えに行っているので、フィジカル面でのパワーも得られる。もう場所として好きなんです。最近は忙しくてサボり気味ですが、週1回程度では行くようにしています。
新しい役をやりたい
貪欲さは常にある
阿部寛
——山田篤宏監督からは演技面でのリクエストはありましたか?
阿部:監督は自分の中で作品がすでに出来上がっていて、それはすごく安心感がありました。僕が「これどうですか?」と聞くと、ちょっと考えてからちゃんと答えてくださるんです。ブレがなくて、役者たちは安心して監督についていけたと思います。また、こちらから提案をすると、本当にクスクス笑って、「それ面白いですね」と言ってくださって。非常にいいコミュニケーションを取りながら撮影させていただきました。
——今作は、現代のSNS社会をリアルに描いた作品です。演じていて、特にこのシーンはリアルだと強く感じた部分はありましたか?
阿部:僕が一番好きなのは、隣の車の中から主婦の方が急にカメラを向けてくるシーンです。あれはリアリティーがありました。それと僕はSNSをほとんどやらないので、最初はYouTuberに追われると聞いて「どういう意味なんだろう」と思ったんです。それでYouTubeを見てみたら、確かに追われるんだな、こういうノリなんだな、というのがいろいろと理解できました。本作でもYouTuberのような人物に追われるシーンがありますが、あれは楽しかったですね。何も考える時間がなく、必死になってどんどん逃げていく山縣の姿は、普段のエリート思考なキャラクターとはまったく違います。自分のことが見えていない男の、気が動転したときのギャップがよく表れていると思います。コミカルにやろうというより、ただ真面目にやっていれば、そこが面白く映る。そういう意味では、笑わせようとしたらたぶん失敗するだろうなと思って演じていました。
——映画「ショウタイムセブン」や「キャンドルスティック」、ドラマ「キャスター」など、ここ最近はメディアやAIといった、社会を色濃く反映する作品によく出演されています。出演作を決めるにあたって、何か意識されているのでしょうか?
阿部:たまたまですが、確かにそうですね。こういう時代だからこそ、より一層、社会を扱う作品が出てきているんでしょう。これまでもいろいろな作品をやってきましたが、どんどん新しいテーマの作品が生まれるのは、俳優としては面白いなと思いますね。
——やはり、次々新しいものに挑戦していきたいという気持ちが強いのでしょうか?
阿部:実は、同じことを繰り返すのが昔から苦手でして。常に今までにないものを探してしまう。まだ見ぬ領域に足を踏み入れたいという気持ちは、不思議なことに年齢を重ねても薄れないんです。
若い頃、あるカメラマンに「役者は瞬きをどれだけ我慢できるかが大事だ」と言われたことがありました。当時は正直、半信半疑で受け止めていたんですが、先日飛行機の機内で古い西部劇を観ていて、ようやく腑に落ちたんです。顔の大写しだけで物語を支えている。下手な芝居は一切効かない、心の奥にあるものがそのまま露わになる世界でした。
今の映画にはあのような撮り方はあまり見かけませんが、改めて「まだまだ知らない表現があるんだ」と思わされました。ワクワクする一方で、自分自身もいつの間にか“慣れ”に寄りかかっていたのかもしれない、と少し苦笑いもしましたね。
——大河ドラマからコメディーまで、役の幅が広くていつもびっくりします。
阿部:若い頃、「メンズノンノ」のモデルとしてこの世界に入り、20代で俳優デビューした当初は、いわゆる“かっこいい役”ばかりが続きました。内面性を求められる役どころはほとんどなく、正直そうした仕事に飢えていた時期が長かったと思います。
だからこそ、「自分だったらこういう役ができるのではないか」と期待していただけることが、何よりうれしかったんです。最近で言えば「キャスター」の役などは、自分からするとまったくかけ離れた人物像で、よくぞこれを僕にオファーしてくれたなと、本当にありがたく思いました。
阿部寛
——共演者の方々についてもお伺いしたいです。夏川結衣さんはドラマ「結婚できない男」での恋人役も印象的でした。共演歴が多いですが今回はいかがでしたか?
阿部:夏川さんとは、これまでにいくつかの作品でご一緒しましたが、相手役として並ぶと特別な安心感があります。最も信頼している方の一人です。人としても本当に素晴らしく、その魅力は変わらない。そこに、俳優としての底力を感じます。
——芦田愛菜さんは初共演でしたね。
阿部:芦田さんは、子役の頃からずっと注目され続けてきましたが、その中で驚くほど自然体を崩さない。知性と芯の強さを兼ね備えながら、同時に柔らかさも持ち合わせているのは、本当に稀有な存在だと思います。共演していても、年齢を超えてしっかりと役に向き合う姿勢が伝わってきて、俳優として尊敬できる方です。
山縣泰介を追う謎の大学生・サクラを演じる芦田愛菜
できるだけ社会にいい影響を与える作品に出たい
阿部寛
——阿部さんにとってSNSは遠い存在だと思いますが、本作を演じる上で、その距離感はどう埋めていったのでしょうか?
阿部:山縣泰介という人物自体が、SNSに疎く、自分の身の回りで何が起きているのか把握できないという恐怖に翻弄されている役どころでした。だからこそ、そのままリアルに役へ反映できるのではないかと思ったんです。
——デマやフェイクニュースが拡散されると、それが現実のように思われてしまうという社会を描いた作品です。阿部さんは今の世の中をどう見ていらっしゃいますか?
阿部:今の世の中は、SNSを通じて多くの人が「自分の正義」だけを声高に主張し、それに振り回されている印象があります。世界的に見ても、真の正義が力づくでねじ曲げられてしまうことが少なくない。戦争にしても、それぞれが自分の正義を振りかざすことで、多くの人々が犠牲になってしまう。そこに強い危うさを感じます。
だからこそ、まず大切にすべきは他者への「優しさ」だと。これから新しいSNSが次々と登場し、今まで以上に多様な意見が可視化されていくでしょう。そのときに「人の数だけ正解がある」と安易に片づけてしまうのではなく、一度立ち止まり、深く考える姿勢が必要です。多数決が必ずしも正解ではないということも忘れてはいけない。結局のところ、自分自身の軸をしっかり持つことが最も大事だと思います。
——今回、山縣泰介は逃亡を続ける中で、自分自身を発見していくような役だったと思います。阿部さんご自身は人からどういう印象で見られていると思いますか?
阿部:自分がどういう人間か、これだけはもう本当に永遠に分からないです。だからトーク番組で自分がしゃべっているのを観ると毎回「え、こんな風にしゃべってたの?」といまだに思ったりします(笑)。
——阿部さんのようなキャリアのある方が考える、俳優が果たすべき役割とはなんだと思いますか?
阿部:できるだけ社会にいい影響を与える作品に出たいと、いつも思っています。「結婚できない男」にしても、「ドラゴン桜」にしても、「歩いても 歩いても」にしても。それぞれに違った良い影響の与え方があったのではないかと思います。今後もこうした作品に携われたらうれしいです。しかし一方で、エンターテインメントとして面白い作品を提供したい、という考えもあるんです。すごく元気をもらえるような作品もありますから。そうした作品も大切にしたいです。
阿部寛
PHOTOS:MITSUTAKA OMOTEGUCHI
STYLING:SHIDOU TSUCHIYA
HAIR & MAKEUP:AZUMA
映画「俺ではない炎上」
映画「俺ではない炎上」ポスター画像
場面カット
場面カット
場面カット
場面カット
◾️映画「俺ではない炎上」
9月26日から全国公開
出演:阿部寛
芦田愛菜 藤原大祐 長尾謙杜
三宅弘城 橋本淳 板倉俊之 浜野謙太 美保純 田島令子
夏川結衣
原作:浅倉秋成「俺ではない炎上」(双葉文庫)
監督:山田篤宏
脚本:林民夫
音楽:フジモトヨシタカ
主題歌:WANIMA/おっかない(unBORDE/WARNER MUSIC JAPAN)
制作プロダクション:松竹撮影所
製作:映画「俺ではない炎上」製作委員会
企画・製作幹事:アミューズクリエイティブスタジオ 松竹
配給:松竹
©2025「俺ではない炎上」製作委員会 ©浅倉秋成/双葉社
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