2025年9月23日更新
2025年9月26日より新宿バルト9ほかにてロードショー
複合的なジャンルをひとつの作品に投影させた極限の救出劇
ドキュメンタリー映画の監督が実写映画でも監督をするという事例は、“ドキュメンタリー映画の父”と呼ばれたロバート・フラハティが監督した「ルイジアナ物語」(1948)、或いは、原一男監督の「またの日の知華」(2004)や、森達也監督の「福田村事件」(2023)など古今東西存在する。さらに、第81回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞に輝いた「マン・オン・ワイヤー」(2008)を、ロバート・ゼメキス監督が実写映画化した「ザ・ウォーク」(2015)のように、ドキュメンタリー映画を原作にした実写映画という例もある。だが、あるドキュメンタリー映画を実写映画化した作品で、同じ人物が再び監督に登板するという例は稀だ。そういった点で、ドキュメンタリー映画「最後の一息」(2018)を実写映画化した「ラスト・ブレス」(2024)は、共同監督だったアレックス・パーキンソンが再び製作・監督(+脚本)を担った異色の作品だといえる。ある意味で“リメイク作品”とも言えるだろう。
「ラスト・ブレス」は、北海でパイプライン補修作業に従事するダイバー(飽和潜水士)が、地上の光が届かない漆黒の深海に取り残されてしまうパニックと、彼らを救出しようとする人々の懸命な姿が実話を基に描かれる。この映画の特徴は、複合的なジャンルをひとつの作品の中に投影させている点にある。まず、実話を基にした作品であるということ。知られざる事実を描くことは、“実話を基にした作品”の魅力のひとつに挙げられる。次に、海中を舞台にしたパニック映画の要素。さらに、無酸素状態までの時間が画面に表示される、タイムリミット・サスペンスの要素もある。酸素の残量は勿論、減圧をしなければならないことを映画の前半でしつこいほど台詞で説明することによって伏線となり、自然と観客の脳裏に情報を植え付けている演出は見事だ。
(C)LB 2023 Limited
同時に、ソリッド・シチュエーション・スリラーの要素もある。ダイバーと機材を海から海面に向けて垂直に移動させる、水中エレベーターのような<潜水ベル>に取り残されてしまうのは3人の男たち。潜水ベルの限定された空間や限られた登場人物、そして彼らを取り巻く極限状況。そういった状態からの脱出を描くことは、まさにソリッド・シチュエーション・スリラーの系譜にもあたる。一方で矛盾しているようにも聞こえるが、今作は深い海中という広大なエリアが物語の舞台だという側面もある。限られた空間と広大な空間とが、海上の潜水支援船の乗組員と海中の潜水ベルのダイバーたちとのカットバックによって、交互に描かれた群像劇としての要素もあるのだ。
支援船の乗組員はダイバーたちの命を救うため全力を尽くす。この時、思慮が浅かったり、愚かだったりするようなキャラクターが登場しないのも本作の特徴。彼らは誰もが熱血で賢明なのだ。救出の術を探り、決して諦めないことが物語の緊張感を高めていることは言わずもがな。“事実は小説より奇なり”というドキュメンタリー版を撮った監督ならではの姿勢だともいえる。もうひとつ、観客の目前で事故が起こっているかのように錯誤するのは、音響の優れた暗い密室でもある映画館での鑑賞を意図した演出の賜物。ドキュメンタリー映画だった「最後の一息」は多くの国で劇場公開されず、Netflixなどでの配信扱いだったという憂き目に遭った。それゆえ、映画館での鑑賞を願うアレックス・パーキンソン監督による雪辱戦のような様相を、奇しくも劇場公開された「ラスト・ブレス」に対して感じたりもするのである。
(松崎健夫)