ヴェネチア国際映画祭とトロント国際映画祭が閉幕を迎え、少しずつ勢力図が見えはじめてきた第98回アカデミー賞。12月ごろから本格的に始まるその前哨戦を前に、毎年賞レースを賑わす大スタジオのひとつワーナー・ブラザースが『罪人たち』と『Weapons(原題)』のオスカーキャンペーンを展開する予定であることがわかった。

サマーシーズンにサプライズヒットを記録した『Weapons』サマーシーズンにサプライズヒットを記録した『Weapons』[c]Everett Collection/AFLO

“映画界最高の栄誉”とも呼ばれているアカデミー賞。毎年、対象となる期間に劇場公開されるなどいくつかの候補資格を満たした作品のなかから、映画芸術科学アカデミーの会員による投票を経てノミネーションと受賞作が決定する流れとなっており、作品を送りだす各スタジオ側が自社作品のなかからプッシュしていく作品を絞り、会員に向けて鑑賞や投票を呼びかける“キャンペーン”を打つことが定番となっている。

その理由のひとつは、作品賞の候補資格を得る作品は毎年300本近くあり、多忙な映画関係者を中心に構成された会員が必ずしもすべての作品を観ているわけではないから。キャンペーンの方法はメールや広告の送付からメディア露出、パーティまでさまざまで、場合によっては巨額の予算が投じられることも。効果が絶大である一方、近年では『To Leslie トゥ・レスリー』(23)の作品関係者がSNSを駆使した前例のないキャンペーンを行なったことが物議を醸し、アカデミー側がキャンペーンに関するルール変更を余儀なくされる事態も。

【写真を見る】多様性時代で変化の兆し?ホラー映画とアカデミー賞の関係を振り返る【写真を見る】多様性時代で変化の兆し?ホラー映画とアカデミー賞の関係を振り返る[c]Everett Collection/AFLO

先日「The Hollywood Reporter」のインタビューに、ワーナー・ブラザース映画部門の最高責任者であるマイケル・デ・ルカとパメラ・アブディが登場。現在北米で大ヒット中の『死霊館 最後の儀式』(10月17日日本公開)をはじめ、直近の公開作が立て続けにヒットしている好調ぶりを総括した2人は、公開を控えるポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作『ワン・バトル・アフター・アナザー』(10月3日日本公開)の展望を語った。そして、その記事の末尾に、ワーナーが『ワン・バトル・アフター・アナザー』と『罪人たち』、『Weapons』の3作品を賞レースに送りだす計画であることが触れられている。

ライアン・クーグラー監督がメガホンをとった『罪人たち』は、4月に北米公開されるや社会現象級の大反響を巻き起こし、2025年公開作で第5位となる興収2億7800万ドルの大ヒットを記録。またザック・クレッガー監督の『Weapons』は8月に公開され週末興収ランキングで3度のNo. 1を獲得し、興収1億5000万ドル到達も目前。どちらもホラージャンルに含まれる作品であり、大手スタジオが賞レースに2本のホラー作品をプッシュするのは極めて異例のことだ。

ベテラン女優エイミー・マディガンの助演女優賞や、技術部門での候補入りが期待されているベテラン女優エイミー・マディガンの助演女優賞や、技術部門での候補入りが期待されている[c]Everett Collection/AFLO

そもそもホラージャンルは、どれだけ批評家の評判が良くても賞レースでは軽視されてきた歴史がある。これまで97回のアカデミー賞史を振り返っても、いわゆるオカルトを題材にしたホラー映画で作品賞にノミネートされたのは『エクソシスト』(73)と『シックス・センス』(99)の2本のみ。モンスターやサイコスリラーなど範囲を広げても『ジョーズ』(75)や『羊たちの沈黙』(91)、『ブラック・スワン』(10)、『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)、『ゲット・アウト』(17)、そして昨年の『サブスタンス』(24)と数えるほどしかない。

しかし近年では、『ゲット・アウト』のように社会的関心の強いテーマをホラージャンルで語るなど作品の多様化が進み、会員の層も幅広くなったこと、アカデミー賞自体の人気や信頼の低下を脱却するためにより多くのジャンルを取り入れようとする動きが加速していることなどから、ホラー映画にも目が向けられるようになっている。とりわけ『罪人たち』は、根深い人種差別とその歴史をヴァンパイアホラーに落とし込んだ作品ということで近年の傾向にも合致。早い段階から今年の賞レースの有力候補と目されてきた。

一人二役での主演男優賞候補の期待がかかるマイケル・B・ジョーダン。受賞すれば60年ぶりの快挙となるが…一人二役での主演男優賞候補の期待がかかるマイケル・B・ジョーダン。受賞すれば60年ぶりの快挙となるが…[c]Everett Collection/AFLO

現状『罪人たち』は作品賞や監督賞、一人二役に挑んだマイケル・B・ジョーダンの主演男優賞など、数多くの部門で候補にあがる可能性が高いといわれている。ちなみに、過去にチャールズ・チャップリンやニコラス・ケイジらが一人二役で主演男優賞候補になっているが、受賞にたどり着いたのは『キャット・バルー』(65)のリー・マーヴィンのみ。一方『Weapons』のほうは“グラディスおばさん”役のエイミー・マディガンが、『燃えてふたたび』(85)以来40年ぶりに助演女優賞候補となるか注目されている。

大手スタジオのなかでも特にアカデミー賞で存在感を示してきたワーナー。2003年以降の22年間で作品賞候補にワーナー作品が一本もなかったことは1度しかなく、同一年に2本以上が作品賞に候補入りした例も。ただ受賞を果たした例は『アルゴ』(12)以降なく、すでに批評家から激賞を集めていると報じられている『ワン・バトル・アフター・アナザー』と共に、このホラー2作品が大旋風を巻き起こすことに期待が集まるところだ。

文/久保田 和馬

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