世界で話題を呼んだ台湾発のホラーコメディ『鬼才の道』。“台湾のアカデミー賞”こと第61回金馬奨で最多5部門を受賞した本作で監督を務めたのは、『返校 言葉が消えた日』のジョン・スーだ。この度、9月19日からの日本公開を記念して独占ロングインタビューを敢行。前編〈作品編〉に続き、後編〈監督編〉をお送りする。『返校』を完成させたあと、成功とは裏腹に大きな挫折感を味わったというスー監督は、自身の経験から生まれたシリアスなテーマを『鬼才の道』にどう反映したのか。本人によるネタバレありの解説をはじめ、創作活動への姿勢や作り手としての現在地に迫る。

※本インタビューは、『鬼才の道』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する表現を含みます。未見の方はご注意ください。

どん底の状態から生まれたコメディ

若くして命を落とした女性幽霊が、現世からの消滅を免れるべく、「自分は怖い幽霊だ」と証明しようと奮闘する。映画『鬼才の道』は霊界を必死で生き抜こうとする幽霊たちのホラーコメディだが、根底に流れるテーマは重い。

「なぜ他人から承認されなければ、“生きる価値”を実感できないのか」。前作『返校』を完成させたあと、心身ともに疲弊しきっていたというジョン・スー監督にとって、この問いは極めて切実なものだった。

「注目を浴びなければ消えてしまう」という現実のショービズ界のように厳しい幽霊界で、人間を怖がらせるためしのぎを削る幽霊たち「注目を浴びなければ消えてしまう」という現実のショービズ界のように厳しい幽霊界で、人間を怖がらせるためしのぎを削る幽霊たち『鬼才の道』

「当時の僕は『返校』の結果に圧倒され、現実をうまく把握できずに混乱していました。自分はいったいなにをして、なにが起こったのか…。たしかに、僕は『返校』の製作に全身全霊を捧げました。けれども自分の努力と、作品の結果に関係があったのかはわからなかったのです」

とあるホラー映画のプレミア上映で、トイレにひそんでいる女性幽霊に同情をおぼえたのは、その姿と必死にあがいている自分自身が重なったからだった。「なにかを成し遂げようと懸命に頑張っている、けれどもうまくいかない人を見ている気分だった」という。

“負け犬”たちが幽霊として成功するため奮闘するコミカルな姿がいとおしい“負け犬”たちが幽霊として成功するため奮闘するコミカルな姿がいとおしい『鬼才の道』

どうしてこれほど苦しい思いをするのか?監督は『鬼才の道』を製作するため、幼少期からの記憶をたどり、その根源を探ることにした。

「突き詰めていくと、昔から両親に『認められなさい、成功しなさい、有名になりなさい』と言われていたのを思い出しました。いつからか、それが自分の価値を決める基準になっていたんです。僕は長年、周囲の人々の期待に応えようと必死になり、どうすれば自分は幸せを感じられるのか、自分の価値を正しく認識できるのかを考えなくなっていました」

『鬼才の道』を撮るまで、スー監督は「ひたすら他者の期待に応えよう、全員を満足させようと努力してきた」という。『返校』で味わった挫折感は、まさにそうした性質に起因するものだったのだ。

『返校 言葉が消えた日』で味わった、重圧と挫折

もともと『返校』をスー監督が引き受けたのは、原作となったゲームの大ファンだったから。ところが、巨額の製作費を投じる大作映画にはあらゆる人々の思惑が絡み合う。

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「あらゆる芸術のなかで、映画は最も矛盾した形式です。画家が自費で画材を買うように、映画では芸術家だけでコストを負担することがまずできない。『返校』のように高予算の作品では失敗が許されず、プレッシャーは大きくなり、自由な創作ができなくなります。メインの観客に満足してもらうため、自分の好みではない選択をすることもありました」

ところが、『返校』は「全員を満足させる」ことが極めて難しい作品だった。原作を愛するゲームファン、純粋に怖くて楽しいホラー映画を求める観客、そして映画というメディアで移行期正義(国家や政権による重大な人権侵害に向き合うこと)を実践することに注目する層。「それぞれの意見は時に矛盾し、両立は不可能だった」とスー監督は言う。

「様々な声を聞くうちに、いったい誰の期待に応えればいいのかがわからなくなりました。この映画の“メインの観客”がどんな人々なのかも見失ってしまったんです」

それでも完成した映画は高い評価を受け、スー監督も金馬奨の最優秀新人監督賞に輝いた。ところが、その結果がさらに自分を苦しめたという。

『返校 言葉が消えた日』公開当時のジョン・スー監督『返校 言葉が消えた日』公開当時のジョン・スー監督

「自分の作品として賞をいただいたにもかかわらず、僕は本来の個性をどこに出せたのかがわからなかった。賞をもらえば満足できるはず、報われた気持ちになれるはずと思っていたのに、その時はただただ空虚でした」

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