2024年に世界の映画祭で話題を呼んだ、台湾発のホラーコメディ『鬼才の道』。若くして命を落とした女性幽霊が、現世からの消滅を免れるため、人間に怖がられるスター幽霊を目指す。元トップスター幽霊やマネージャーとともに、彼女は新たな恐怖伝説を作り出すべく奮闘するが――。“台湾のアカデミー賞”と称される第61回金馬奨では最多5部門を受賞し、トロント国際映画祭のミッドナイト・マッドネス部門では『サブスタンス』(24)と首位の座を争った。監督・脚本は、日本でも人気のホラー映画『返校 言葉が消えた日』(19)を手掛けたジョン・スーだ。
この度、9月19日からの日本公開を記念してジョン・スー監督への独占インタビューを実施。約2時間半に及ぶ対話で、『鬼才の道』の制作秘話やフィルムメイカーとしての姿勢、台湾映画界への思いをじっくりと聞いた。前編は〈作品編〉として、本作ができあがるまでのプロセスを中心に『鬼才の道』の魅力をお届けしよう。
「映画館を前提に作った映画」
『鬼才の道』は2024年8月に台湾で公開されたほか、トロント国際映画祭やシッチェス・カタロニア国際映画祭など世界各地の映画祭で喝采を受けた。2025年3月には、『鬼才之道 ~冥界タレント協会~』という邦題でNetflixでの世界配信がスタートしている。
【写真を見る】人間に怖がってもらおうと奮闘する幽霊たちの涙ぐましい努力に思わず爆笑!『鬼才の道』
台湾公開から1年、Netflix配信から半年。このタイミングでの日本公開を、ジョン・スー監督は「正直、ちょっと驚きました。それでも映画館での上映を前提に作った作品なので、日本の皆さんに劇場で観てもらえることはすごくうれしいです」と語る。
前作『返校 言葉が消えた日』は、戒厳令下の台湾を舞台に、残酷な歴史と悲劇を描き出したシリアスなホラー作品。しかし今回は作風が一転し、現世からの消滅を免れたい幽霊たちが奮闘する痛快な喜劇となっている。
人気ゲームを原作に、台湾の残酷な歴史と悲劇を描いたジョン・スー監督の長編デビュー作『返校 言葉が消えた日』『返校 言葉が消えた日』 DVD発売中&デジタル配信中 発売・販売元:ツイン [c] 1 PRODUCTION FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.
長編デビュー作である『返校』が大ヒットを記録したあと、スー監督は第56回金馬奨で最優秀新人監督賞を受賞。『鬼才の道』のアイデアが生まれたきっかけは、まさに『返校』を作り終えた直後、あるホラー映画のプレミア上映に参加したことだった。
「その映画には、公園のトイレに女性の幽霊が現れるシーンがありました。正直、あまりおもしろい作品ではなかったのですが――その幽霊を見た時、思わず同情してしまったんです。幽霊は人間を驚かせるため、汚いトイレで準備をして、絶好の機会をじっと待っている。なんて大変な仕事だろうと思い、すぐにアイデアが生まれました」
このプレミア上映にスー監督を誘ったのが、プロデューサーのアイヴィー・チェンだった。監督は『返校』で広報戦略を担っていたチェンと意気投合し、「いつか一緒におもしろいものを作ろう」と話し合っていたという。「上映のあと、彼女(チェン)に『幽霊の視点から映画を作りたい』と提案しました。それがすべての始まりでした」
その後、2021年2月には映画の原型となる6分半のコンセプトムービーを発表。これは「自分のアイデアがどんな映像になりうるのか、なにかおもしろいことができそうかを実験するために製作したもの」で、当時はまだ本編の脚本は存在していなかった。
その後、スー監督は執筆作業に約2年を費やした。「コンセプトムービーの設定はいったん無視し、ストーリーを何度も練り直しました。ひたすら試行錯誤の連続だった」という。脚本の修正は、2022年12月の撮影直前まで何度も重ねられていたそうだ。