映画『宝島』は、沖縄が米国の統治下に置かれた混乱の戦後を懸命に生き抜いた若者たちの青春群像劇。主演の妻夫木聡は「命のバトンの物語」と語り、大友啓史監督や共演者らと全国キャラバンを続ける。公開に先立ち本作と沖縄への想いを聞いた。
舞台は、米国の統治下に置かれた戦後・沖縄のコザ。1974年に隣接する美里村と合併して沖縄市となり、いまや失われた地名だ。沖縄が本土に復帰する直前の1970年に起こった「コザ暴動」で知られる。
物語は暴動からさかのぼること18年、終戦から7年後の1952年に幕を開ける。人々の心と暮らしに沖縄戦の傷跡がまだ生々しく残る混乱の時代。物資が不足する中、米軍基地から奪い、住民に分け与える「戦果アギヤー」と呼ばれたグループがいた。「戦果を挙げる者」を意味し、生活に困窮し米軍に遺恨を抱く住民にとっては英雄的な存在だった。
オン(永山瑛太、中央)をリーダーとする戦果アギヤーの面々
妻夫木聡演じる主人公・グスクも戦果アギヤーの一員。襲撃時に消息を絶った親友で、地元の英雄だったオン(永山瑛太)の行方を探し続け、失踪から6年後には刑事となって手掛かりを追うようになっていた。
月日は流れ、米軍高官とのつながりを得たグスクは、少しずつオンの情報をつかんでいく。失踪の謎を追うスリリングな物語の背景に描かれるのが、占領下にあった沖縄の社会状況だ。米兵による犯罪の横行と米軍の圧政、その反撃として地元住民が敢行した米兵襲撃や抗議デモ……。やがて住民の不満は、米軍関係者が起こした交通事故をきっかけにコザ暴動へと発展する。
刑事となったグスク(妻夫木聡)は、米軍高官から米軍の“トモダチ”=スパイにならないかと持ち掛けられる
グスクという人物に近づく過程
原作は、直木賞を受賞した真藤順丈の同名小説。映画化の話を受けた大友啓史監督(『るろうに剣心』など)は、企画段階からグスク役に妻夫木を考えていたという。
妻夫木本人も2006年に公開された映画『涙そうそう』以来、コザに強い愛着を抱いてきただけに、オファーを受けた時の喜びはひとしおだった。
「コザを舞台にした映画にまた呼んでもらえたことが奇跡のように感じられて。沖縄出身の方を除けば、役者の中ではコザのことを知っている方だと思うし、愛していると思っていましたからね。光栄だなと思ったし、感謝もありました」
企画が動き出したのは2019年。まだ脚本も完成していなかった。原作を読み進めるうち、戦果アギヤーという存在が沖縄の戦後史に占める深い意味を理解し、その重さに一抹の不安を感じることもあった。大友監督に会いに行き「僕で大丈夫ですか」と確かめると、「妻夫木くんしかいない」と即答されたという。「監督と心中する覚悟」で腹をくくった瞬間だ。
その後、コロナ禍を挟んで2度の撮影延期を経て、クランクインは24年2月。それまでの役作りは「牛歩のようだった」と振り返る。
グスクと幼なじみのヤマコ(広瀬すず、中央)
「役のイメージは本当に手探りでした。最初はグスクが自分とあまりリンクせず、“のっぺらぼう”のような感じで。5年の歳月を経てついに撮影が始まった時、ようやく彼の“口元”くらいは見えてきたんです。自分1人でイメージしたというよりも、みんなで一緒に作り上げていったような感じでしたね」
人物の外見を作り上げる衣装デザイン(宮本まさ江)、ヘアメイク(酒井啓介)といったスタッフも役柄への理解を後押ししてくれたという。画面からも、時代考証に対する制作陣の並々ならぬこだわりが伝わってくる。
戦果アギヤーの仲間レイ(窪田正孝)は刑務所に入ってオンに関する情報を収集し、出所後はヤクザに
「怒り」だけでは語れないコザ暴動の実相
妻夫木は撮影前、沖縄の自然洞窟「ガマ」や信仰の場所である「御嶽(うたき)」を訪れ、丸木位里・俊の絵画シリーズ『沖縄戦の図』が展示された佐喜眞美術館(宜野湾市)にも足を運び、現地の人々の話を聞くなどして、沖縄の歴史に向き合った。
中でも強く心に残ったのは、実際にコザ暴動に居合わせた人の証言。「どうしても怒りや憎しみだけが先行していたとは思えない」という言葉だった。
「デモの現場だった胡屋十字路で、沖縄の踊り “カチャーシー”を踊るおばあがいたと。めちゃくちゃきれいで、その光景をすごく覚えていると話してくださった。それが何なのかを考えました。僕たちはある程度その答えを提示しないといけないんだなって」
クライマックスとなるコザ暴動のシーンは当初、オープンセットでの再現を目指していた。しかし規模が大きすぎて実現は難しく、スタジオでの撮影に変更された。
「監督は、大々的に撮るダイナミックさよりも、人に焦点を当てることに切り替えたんです。あなたはこんな想いだった、あなたはこういう人でこうなるんだよ、とエキストラ1人1人に演出していく感じで。それによって、それぞれに小さな命の灯がポンポンポンってついていくんですよ。それが最終的にぐちゃぐちゃになり、大河となって群衆が嘉手納基地へとなだれ込んでいくんですけど、あれを見た時に、叫びだなと思って。魂の叫び。ここは俺たちの街だ、俺たちはここに生きているんだっていう、生命力の塊に見えて感動したんですよね」
コザ暴動のシーンは約20分の長尺
命のバトンをつなぐ
完成した映画を見て、妻夫木が強く感じたのは、これが「命のバトンの物語」であるということだった。
「命って、つながっていくものだなって。この映画を通して死生観が少し変わったところがあります。死とは終わりを意味するものではなく、想いは確実につながっていくんだと。永眠という言葉がありますけど、文字通りずっと眠っているだけで、ずっと心の中で生きてくんじゃないかなって」
ヤマコはオンの恋人だった
この言葉が意味するところは、グスクが親友でありコザの英雄であるオンを探し続けた20年にわたる壮大な物語を、結末まで見届ければ分かるはずだ。
「最後のシーンでバトンを渡された気がしたんですよね。その瞬間に、これはこの人たちだけの話じゃないな、これはグスクという人物を超えて、自分自身の話でもあるんだなと。たぶん観客もそういう感覚になるだろうと思います。僕らは知らない間にそういう想いに支えられて、今この瞬間を生きているんだなって。じゃあ僕たちは、次にどうバトンを渡していけるのか、考えさせられましたね」
ヤマコは米兵相手のバーで働きながら勉強し、教師になってオンとの約束を果たす
届けることも映画作り
妻夫木は大友監督や共演者と共に、異例ともいえる全国キャラバンを行い、「宣伝アンバサダー」という肩書の入った名刺を手渡ししながら、『宝島』を観客のもとへ届けている。
「映画の力を信じたいという想いが、僕の根源にあります。映画がビジネスでもあるのは当然ですが、今回あらためて考えるところはありました。人はなぜ映画を見るのか、何に魅了され、感動するのかと。この作品を宣伝するのにテレビのバラエティー番組に出て、最後の1、2分で告知することに違和感を抱きました。沖縄の方々の想いとか、運命的に感じて演じたこととか、いろいろ含めて、もっと向き合うべき何かがあるんじゃないかと思ったんです」
こうして思い出したのが、公開時20歳だった初主演作の『ウォーターボーイズ』。その時に全国を回って宣伝活動をした「原点」の気持ちだった。
「当時のキャンペーンはまだ舞台挨拶中心で、各地を回ってお客さんに届けるのが主流だったんですよ。そうやって、お客さんが『ウォーターボーイズ』を愛してくれているのを子どもながらに感じられたんです。コスパは悪いですよ(笑)。でも今これを新たにやってみて、宣伝も映画作りの1つで、映画はお客さんに見てもらって完成するだけでなく、さらに成長し続けるんだなと感じているんです」
コザ暴動に至るまでには、米軍関係者が住民に対して起こした数々の事故や犯罪があった
これまで常に全身全霊で映画作りに取り組んできた妻夫木。かつて現場を共にした仲間たちに感じる絆は、われわれの想像をはるかに超えている。
「キャストやスタッフは、家族のようなものです。そうやって一緒に作ったどの作品にも、自分の子どもみたいな想いがあります。うまく育ってくれよ、育った後もちゃんと独り立ちして、みんなに可愛がってもらえよって。『宝島』は、僕の中ではまだ幼稚園児くらいですね(笑)」
インタビュー撮影:花井 智子
ヘアメイク:大上 あづさ/スタイリスト:カワサキ タカフミ
取材・文:渡邊 玲子
©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会
作品情報
監督:大友 啓史
原作:真藤 順丈『宝島』(講談社文庫)
出演:
妻夫木 聡、広瀬 すず、窪田 正孝、永山 瑛太
塚本 晋也、中村 蒼、瀧内 公美、栄莉弥、尚玄、ピエール瀧、木幡 竜、奥野 瑛太、村田 秀亮、デリック・ドーバー
配給:東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
製作国:日本
上映時間:191分
公式サイト:takarajima-movie.jp/
9月19日(金)より全国ロードショー
予告編
バナー写真:映画『宝島』に主演の妻夫木聡(撮影:花井智子)。本文中の場面写真:©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会