(CNN) 米ハリウッド屈指の二枚目俳優として「明日に向って撃て!」「大統領の陰謀」など数々の映画で主役を演じたロバート・レッドフォードさんが16日、米ユタ州サンダンスの自宅で死去した。89歳だった。広報担当者が明らかにした。

映画監督としても活躍し、「普通の人々」「リバー・ランズ・スルー・イット」などでアカデミー賞を受賞。芸術と映画制作への情熱から、サンダンス映画祭の主催団体として知られるサンダンス・インスティテュートを創設した。

1961年にはユタ州に転居して、同州や米西部の環境保護活動に力を入れた。

俳優としての活躍は晩年になっても続いた。2017年にはネットフリックス映画「夜が明けるまで」でジェーン・フォンダと再び共演。翌年は82歳で「さらば愛しきアウトロー」の主役を演じた。本人は、これが最後の映画になるだろうと言いながら、引退は考えていないと語っていた。

「明日に向って撃て!」の一コマ/Bettmann/Getty Images
「明日に向って撃て!」の一コマ/Bettmann/Getty Images

レッドフォードさんはカリフォルニア州ロサンゼルス近郊のサンタモニカで1936年に生まれた。家族にはベビーシッターを雇う余裕がなかったことから幼少期は図書館で過ごすことが多く、ギリシャ神話やローマ神話の本に夢中になった。

55年には野球選手として活躍するため奨学金を得てコロラド大学ボルダー校に進学した。

レッドフォードさんはカリフォルニア州で生まれ育った/John Dominis Time & Life Pictures/Getty Images
レッドフォードさんはカリフォルニア州で生まれ育った/John Dominis Time & Life Pictures/Getty Images

しかし間もなく飲酒におぼれて奨学金を失い、大学を退学させられた。その後は石油会社で働いてお金をため、欧州で芸術の勉強を続けた。

米国に帰国するとニューヨーク市の演劇学校に入学したが、内気だったために同級生とはなじめなかったと振り返っている。

59年、演劇学校を卒業すると、ドラマ「弁護士ペリー・メイスン」で初めての役を獲得。63年のブロードウェー舞台「裸足で散歩」の主役に起用されたことが転機となった。同作品が映画化された際はジェーン・フォンダと共演している。

この頃にローラ・バン・ワゲネンさんと結婚して子どもが生まれ、61年に一家でユタ州に移住した。

69年には「明日に向って撃て!」でスター俳優のポール・ニューマンと共演。強盗を繰り返す2人のアウトローの物語はアカデミー賞4部門を受賞した。

息がぴったり合った2人は生涯の友人となり、再共演した73年の「スティング」もアカデミー賞作品賞を受賞している。

「スティング」ではジョニー・フッカー役を演じた/Silver Screen Collection/Getty Images
「スティング」ではジョニー・フッカー役を演じた/Silver Screen Collection/Getty Images

70年代には「大いなる勇者」「追憶」「華麗なるギャツビー」などの映画で主演。ウォーターゲート事件を題材にした76年の「大統領の陰謀」はダスティン・ホスマンと共演した。

シドニー・ポラック監督と組んだ「大いなる勇者」では、思い通りの映画を作るために映画会社と戦った。これがきっかけとなって後に自ら監督を務めるようになり、独立系映画を支持する活動にもつながった。

監督デビュー作品の「普通の人々」(80年)はアカデミー賞作品賞と監督賞を受賞。俳優としては「ナチュラル」(84年)や、デミ・ムーアと共演した「幸福の条件」(93年)などで主役を演じた。

「大統領の陰謀」の一コマ/Sunset Boulevard/Warner Bros./Corbis/Getty Images
「大統領の陰謀」の一コマ/Sunset Boulevard/Warner Bros./Corbis/Getty Images

二枚目俳優として主演した映画は「愛と哀しみの果て」(85年)など多数に上る。しかし本人はそうしたレッテルを貼られることに居心地の悪さを感じ、「自分に見える自分は他人が見る自分とは違っていて、ハンサムな主役という枠から抜け出せないと感じていた」と打ち明けていた。

81年には環境保護活動への情熱と独立系映画への情熱を融合させて、非営利団体のサンダンス・インスティテュートを設立。独立系映画を主演するサンダンス映画祭が毎年開かれるようになり、「セックスと嘘とビデオテープ」(89年)のスティーブン・ソダーバーグ監督、「レザボア・ドッグス」(92年)のクエンティン・タランティーノ監督、「フルートベール駅で」(2013年)のライアン・クーグラー監督など、数多くの若手監督を輩出した。

02年には映画業界に果たした功績が認められ、名誉アカデミー賞を受賞している。

晩年も映画作りと環境保護活動への情熱が失われることはなく、15年のCNNのインタビューの中で「自分に与えられたものを最大限に活用したい」「いつも自分を奮い立たせ、新しいことに挑戦する。それが自分の活力になる」と語っていた。

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