カメラに向かい、そばを食べる所作を見せる蝶花楼桃花
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【牧 元一の孤人焦点】未来につながるひとときだった。女性落語家・柳亭こみちが考案した「古典落語の女性活躍版」を後輩・蝶花楼桃花が演じる。演目は「そばの清子」(元ネタは「そば清」)。桃花が噺の中でそばを食べる所作を披露するのは入門以来初めてだったが、その所作だけで笑いを生むことに成功し、こみち噺を継承、発展させる一席に仕上げた。
9月9日、東京・銀座の博品館劇場。こみちが自作を広く普及させるために開いた催しは「こみち噺 饗宴~四人のシェフ~」と題され、こみち、桃花のほか、桃月庵白酒、春風亭百栄が出演した。定員約380人の客席はいっぱいだった。
後日、桃花はインタビューに応じ、こう振り返った。
「お姉さん(こみち)に『アレンジしてもいいよ』と言われましたが、そのままやりました。ネタおろしで、視界にお姉さんが入って、無我夢中でしたが、1発目のそばをすする場面で笑いが起きてほっとしました。そばの所作はお姉さんから習いましたが、結局は見よう見まねで、終わった後、お姉さんに『つゆをつけ過ぎ』と言われました。確かに私はボチャボチャつけてこねくり回してましたね(笑)」
桃花はまくらで、そばの所作に関する思い出話を語っていた。二ツ目の春風亭ぴっかり☆の時代に俳優として短編映画「耳かきランデブー」(2017年公開)に主演。その作品で沖縄国際映画祭に参加した際、落語家と言えばそばの所作と考える観客の「そば食べて!」という要望に対し、そばを1本だけすする所作を見せたという。このエピソードの愉快さが「そばの清子」に生きた。
噺はオリジナル通りに演じたが、一つアドリブを入れた。清子がそばをすすっている場面で「今日は博品館劇場で、こみち噺というのをやっていて蝶花楼桃花が初めてそばの所作をやるらしい」と語った上で「でも、見よう見まねだから、結局は素人芸なんですよ」。その自虐が会場の高らかな笑いを生んだ。それは、こみち噺の中で自分の個性を光らせる一場面だった。
「楽しかったです。お姉さんが作った噺が面白くて好きなので『やらせてください』と言って出ました。これからもどんどんやらせていただきたい。今回のようにお姉さんの会に出る以外でも、やらせていただきたい噺があればお姉さんに『これを教えてください』とお願いして私の独演会の高座などに掛けさせてもらうことがあるかもしれません」
他人の作品でも自らを輝かすことができるのは、以前から桃花が「落語家に必要なもの」として挙げていた「適応力」「瞬発力」があるからだろう。
「今の私にあるとは思いませんが…。高座は生きもので何が起きるか分からない。途中で救急車が通ったり携帯電話が鳴ったり人が倒れたりもします。その状況への適応力、瞬発力が絶対に必要で、それを意識してやろうとはしています。先日も、ある会で『私を見たことがある人?』と聞いたら手を上げる人がほとんどいなくて『初めての人?』と聞いたらパッと手が上がった。それで、やろうとしていたマニアックなネタをやめて別のネタにしました。状況に応じてすぐに変える経験値を増やしたいと思っています」
2022年3月、真打ちに昇進。同7月、東京・浅草演芸ホールの昼の部で主任(トリ)を務めた。真打ち昇進後4カ月での初トリは落語協会が法人化された1977年以降、春風亭一之輔の5カ月を上回り史上最速だった。
23年3月には浅草演芸ホールで、出演者全員が女性の「桃組」公演を自ら企画。首都圏の定席で、出演者全員が女性になるのは初めてだった。この公演は昨年5月に落語協会百周年興行の一つとして行われ、今年5月に3回目が開催された。
「ありがたいです。今年の桃組はお祭りというより中身、噺をちゃんと聴いていただくことを目標にして、それができたと思います。一つの挑戦として定着させていただき、寄席かいわいでは十分にお客さまに浸透したと思います。来年のオファーも既にいただいています。ただ、これをずっと続ければ良いというわけじゃありません。女性でくくるのはそろそろやめて『最初の頃は女性だけの興行だったんだ!?』と思われるようなものに少しずつ変えていきたいです」
新たな企画に挑み続けること。それこそが桃花の神髄だ。昨年は7月1日から31日まで、東京・池袋演芸場の夜の部終演後、31日連続で新たなネタをおろす「桃花三十一夜」に挑んで完遂している。
「むちゃな企画は早いうちにやっておこうと思ったんです。博品館劇場で30日連続ネタおろしをやったことがある、うちの師匠(春風亭小朝)から『あれは本当にしんどかった』という話を聞いていて、ある種の天才で努力を努力と思わないような師匠が『しんどかった』と言うのはよほどのことだと思い、それが引っかかって、いつか私もやりたいと考えていました。それで実際にやってみたら、しんどいなんてもんじゃなかった(笑)。あの夏から5、6キロ太りましたが、あの頃はエネルギーを使い過ぎて、いくら食べても全く太らなかった。でも、まず31席ネタが増えたことが良かったし、いろんな噺の構造や癖、自分の中の容量が分かったことが大きいです」
企画は続き、上方落語の人気者・桂二葉との二人会「桃花二葉」を10月14日に東京・なかのZEROホール、同17日に大阪・近鉄アート館で開催する。この会は22年、桃花が二葉に声をかけて実現したもので、3年にわたって続けている。
「飛び抜けた大スターと一緒にやりたかったんです。二葉ちゃんは東京にはいないタイプで、唯一無二。あの声の高さをキャラクターに落とし込んで、女性には難しいところも中性的な魅力でやり切っている。私が噺家じゃなく落語ファンだったら、彼女を追いかけていると思います。人気者の先輩と一緒にやるのと、人気者の後輩と一緒にやるのは全く違って、後輩とやるのは大変なんですが、それでもあえて二葉ちゃんとやっていきたい。彼女は私に刺激を与えてくれる人。後輩ながら、私が料理もせずにお菓子ばかり食べていると『死にますよ』と心配してくれる関係性でもあります」
06年に入門した桃花は来年、20周年を迎える。
「真打ちの駆け出しなのにもう20年なんて、令和の時代から逆行するような世界にいますけどね(笑)。20周年は、真打ちで初々しくワーッとやっているところから一歩抜けるためのスタートにしたい。私の主軸になるもの、ライフワークになるものをやっていきたいと考えています」
まだ40歳代半ばで、枯れて味が出る噺家としての円熟期はまだ先だ。真打ちになったばかりの頃のインタビューでは理想像について「自分が歳を重ねた時、寄席に出てくるとお客さんがほっとするようなかわいらしいおばあちゃんになりたい」と語っていた。
「それは変わってないです。この人の噺を聴くと救われると思ってもらえるような人になりたい。経験値が上がった方が説得力が増すでしょうし、声のトーンが変わればキャピキャピしちゃうところも抑えられるでしょう。年を取るのが楽しみと思えるのは結構幸せなことです。でも、リミットがないところが逆に怖いし、何の保証もないところが恐ろしくもあります。おばあちゃんになって、こきたなくもなりたくないし…」
いずれにせよ、これから1年後、3年後、5年後、10年後…と楽しみが続く、極めて能動的な噺家だ。
◆牧 元一(まき・もとかず) スポーツニッポン新聞社編集局文化社会部。テレビやラジオ、音楽、釣りなどを担当。
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