語り直すとき
のんが9月3日にリリースした2年ぶりの3rdアルバム『Renarrate』。本作を提げての全国ツアー『Renarrate tour 2025』の初日が9/12に福岡INSAで開催された。福岡でライブが行われるのは実に7年ぶりのこと。その時はホールコンサートだったので、今回のようなキャパ200程度のライブハウスで彼女を観るのは初めてのことだった。
驚異的な密集度の会場に現れたのん。軽い挨拶の後、1曲目に歌うのはアルバムタイトルナンバーの「Renarrate」。本名である”Rena”が編み込まれているこの単語、意味は”語り直し”である。のんという名を名乗り始めて10年目となる今年、明らかに出演作品も増加している中、自らの名とともに語り直すのは必然だったと言えよう。
隙間なく走る 無数の光に
つられて高まる
夜の夜の未知をひたすらに
約束のあの日まで
君だけを迎えに行くから
のん「Renarrate」より
ゼロ年代ギターロックマナーに則ったエモーショナルなサウンドの中、ギターを掻き鳴らしながら歌うのは、進み続けることへの熱意だ。歌詞中にある《君》というのは”能年玲奈”のことだと思うのは考えすぎだろうか。道なき道を切り拓き続けた先に放てた言葉のように捉えてしまう。この曲はのんと能年玲奈のための歌だ。
初期衝動的な1stアルバム『スーパーヒーローズ』(2018)、振れ幅を見せた2nd『PURSUE』(2023)と来て、3rdアルバムにして遂に自分の声や身体にジャストなサウンドに辿り着いた印象がある。この音のアルバムであれば自分自身を語り直す、のん=能年玲奈の本質を表現できる。その予感は、この1曲目にして確信に変わった。
演じること、剥き出すこと
それにしてもギチギチのライブハウスで浴びるに相応しい熱量が序盤からずっと続くライブだ。“200人キャパで観たいロックバンド”の盛り上がりがずっと持続している。何もかもがぎこちなくて堅い、8年前の印象とは随分違う。丁寧なショーアップは止め、歌詞をとちろうが前のめりにやり続ける。完璧にバンドのステージングだった。
『PURSUE』までも自分の感情を発露させてはいたのですが、それを『Renarrate』では、物語を紡いだり映画を作ったりするように曲を作ることで語り直したいなと思っていました。自分が納得いかないこととか、「こういうふうに生きていきたいよね」というメッセージに、客観性を持ったストーリーをくっつけているイメージです。
【のん3rdフルアルバム「Renarrate」 発売記念】オフィシャルインタビューより
「フィルムの光」では映画好きの少年を主人公に据えるなど、物語であることを意識したという本作。今回のMCでも役者業と音楽表現を混ぜることを念頭に置いたとのことだが、むしろ今まで以上に剥き出しの感情がくっきりと浮かび上がってくるように思う。ライブにおいてはよりその言葉の記名性が高まり、輪郭も濃くなっている。
音楽活動のパートナーで、バンドのギタリストでもあるひぐちけいの祖母への想いを託したという「綺麗な靴はいて」は作詞も自分ではないため、特に”演じる”という側面が強い曲だがその切実さは彼女の言葉として届く。続く「荒野に立つ」では間奏に舞を踊るなど独自の表現もまた、良いスパイスとして多彩さへと繋がっている。
楽曲を演じ、のんとしてステージに立ち、能年玲奈として言葉を綴る。何重にも折り重なった彼女の表現だが、それを貫く、最も奥にある根源的な部分があるからこそ全てに説得力がもたらされるのだろう。他の俳優/ミュージシャンではなかなか到達できない表現の濃度へと辿り着いたのだと実感できる。全ての道が必然だったのだ。
どうとでも取れること
空回りした記憶が
楽しい時間を搔き消してしまう
悲しみをすり減らして
慣れてしまう前に抜け出してきて頑なに残る跡が 深く重く邪魔をする
のん「愚か者の君と僕」より
終盤はハンドマイクでお立ち台に乗り、ガンガンに煽りまくっている。本編ラストを飾った「愚か者の君と僕」。この楽曲もまた、のんと能年玲奈が連れ立って怒り、叫び、解き放たれている曲だろう。ライブの場でともにシンガロングすることで我々もその連帯に巻き込まれているような気分になる。光栄だし、ついていこうと思える。
怖いと思っていた
嘘の気持ちはもう
必要ないからいらないってたたきつけよう
強さも包んでね
弱さも包んでね
のん「子うさぎ」より
アンコールでは一転して、ひぐちがアコギを奏でて「子うさぎ」を穏やかに披露。強さも弱さも包み込む、そんな境地に今の彼女はいるのだ。曲が始まる前、この曲の解釈にちなんで「のんちゃんはどうとでも取れる存在」と形容していた。様々なレイヤーに身を置き、無数の文脈に接続される点でまさに言い得て妙な喩えである。
アンコール2曲目「むしゃくしゃ」では、最後のサビの前に突然やる気を失って、コール&レスポンスへと持ち込むというコントめいた要素もあった。引き締まったグルーヴで魅せた本編があるからこそ、こうしたユーモラスな側面も際立つ。今まで築いてきたのん、能年玲奈のイメージも引き受けていく誇りをここには感じた。
のん=NON。否定から始まった彼女の歴史は、その空白をめいっぱいに埋めるように、何もかもを正解にし、どうとでも取れる存在へと押し上げて行った。その結実が、このアルバム、そしてこのツアーが体現する”語り直し”である。もう何1つ、懸念はない。ありとあらゆる自由を胸に、その歴史を語り続けるだけだ。
《setlist》
1.Renarrate
2.水を
3.春よ受けて立つ
4.迷惑な隣人
5.夢が傷むから
6.フィルムの光
7.夢の味
8.やまないガール
9.秒針
10.苦い果実
11.きれいな靴はいて
12.荒野に立つ
13.Beautiful Stars
14.クライミー
15.愚か者の僕と君
-encore-
16.子うさぎ
17.むしゃくしゃ
18.私は部屋充
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