現地時間9月14日まで開催されている第50回トロント国際映画祭で、スペシャル・プレゼンテーション部門に出品されている『遠い山なみの光』(公開中)の北米プレミアが開催。公式上映前の舞台挨拶と上映後のQ&Aに、メガホンをとった石川慶監督と主演の広瀬すず、そして松下洸平が登壇した。
ノーベル文学賞とブッカー賞に輝く世界的作家カズオ・イシグロの長編デビュー作を映画化した本作は、1950年代の長崎と1980年代のイギリスを舞台に、3人の女性たちの知られざる真実を描くヒューマンミステリー。日本人の母とイギリス人の父を持つニキ(カミラ・アイコ)。作家を目指す彼女は、長崎で戦争を経験した後イギリスへ渡った母の悦子(イギリス時代:吉田羊、長崎時代:広瀬すず)の半生を綴りたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。しかしニキは、その物語に違和感を覚えはじめ…。
上映前にトロントの観客に向け、「今日、この映画祭に来られてうれしいです」とにこやかに英語で挨拶した広瀬。同じく松下も英語で「ここに来られて、とてもワクワクしています。みなさんに楽しんでいただけたらうれしいです」と語りかける。そして123分の上映が終わり、熱烈な拍手に包まれるなか、石川監督と広瀬、松下が再び壇上へ。
スペシャル・プレゼンテーション部門に出品された『遠い山なみの光』。上映後にはQ&Aも実施された[c]2025 A Pale View of Hills Film Partners
「なぜこの小説を映画化しようと思われたのか、なぜいまなのか?」と質問を受けた石川監督は、「もともとカズオ・イシグロさんの大ファンなのですが、同時に日本の映画監督にとって彼の名前はとても大きな存在。自分にはまだ早いと思っていました」と述懐。「でも今年は第二次世界大戦から80年という節目で、実際にそのできごとを体験した方々と話すことはどんどん難しくなっています。映画もそのことを扱っていますので、『もう言い訳できない。いまが作る時だ』と決心しました」と、本作への覚悟をあらわに。
また、キャスティングについて訊かれると、「広瀬さんはこの世代を代表する最高の女優。どうしても彼女の力が必要でした。松下さんについてですが、原作小説ではこの人物(悦子の夫・二郎)はあまり深みのあるキャラクターではなく、妻を理解しない悪い夫として描かれていました。けれども時代背景を考えると、この人物像はとても奥行きのある、興味深い存在になる。だからこそ映画では重要な役割を担うことになり、洸平さんの演技を通して観客が自然に共感を寄せられると確信していました」と、隣にいる広瀬と松下へ賛辞を送った。
【写真を見る】広瀬すずが英語で挨拶!トロントの目の肥えた観客の反応に「ゾクゾクしました」[c]2025 A Pale View of Hills Film Partners
一方で広瀬は「石川監督からこのお話をいただいた時、『僕にとっても大きな挑戦になる作品です』というお手紙をいただいて。台本を読んだ時は、ある種とてもトリッキーな印象を受けました」と明かし、「実際の現場では一転してとても穏やかで優しく、率直に言葉で演出を伝えてくださいました。言葉にしづらいニュアンスをどう表現するかを一緒に話し合いながら進めていけたので、本当に寄り添ってくださる監督だと感じました。おかげで毎日、心強い気持ちで現場に立つことができたと思います」と振り返る。
さらに松下も「石川監督はすごく丁寧に、それぞれのキャラクターについて向き合ってくださいました」と感謝を述べ、「二郎は戦争というものを体験して、ある種の傷を負って日本に帰ってきました。その傷を彼はどう忘れようとするのか、そういうキャラクターでした。一方で父親である緒方(三浦友和)は、戦争に行かず日本の軍国主義をいつまでも引きずる人。その差、戦争を体験した者としなかった者の差というものをどのような細かい表情や仕草で表現するか、そこをたくさん話し合いました」と、石川監督と共に役を作り上げたことを明かした。
二郎役の松下洸平は、役づくりの裏側について明かしていた[c]2025 A Pale View of Hills Film Partners
その後も観客から、原作小説から映画へ翻案するにあたって目指した方向性や“視点”について、原爆投下後の日米関係について、劇中で過去として描かれる長崎のシーンと現代として描かれるイギリスのシーンの照明の演出の違いについてなどさまざまな質問が飛び交い、石川監督はひとつずつ丁寧に回答していく。
「小説以外にどのような資料をもとにキャラクターや物語を構築したのか」という質問には、広瀬が「現場で対面した時に相手の役者さんからもらえるもの、現場の環境からもらえるものを全部エネルギーにしています」と回答。続けて松下は、以前別の作品で長崎原爆に関する資料を見聞きしたり、被爆者の話を聞く機会があったことを明かしたうえで、「これは特別な体験をした特別は人たちの話ではなく、あくまでも庶民の話。当時の日常に溶け込むような二郎でいるべきか、そういう作品にすべきなのか、ということを考えていました」と語った。
すでにカンヌ、上海と各地の国際映画祭で上映。10月にはロンドン映画祭も控えている[c]2025 A Pale View of Hills Film Partners
上映後にトロントの観客たちからは、「とても美しい映画でした」や「カズオ・イシグロの原作の本質を非常によく映しだしていたと思います。実に見事な仕上がりでした」、「現代の観客にも親しみやすく仕上げていて、あの本を映像化するのは非常に難しいことだったのに、監督はすばらしい仕事をしたと思います」といった絶賛の言葉が多数寄せられ、なかには「日本の映画史に新たな1ページが加わったような作品」という声も。
Q&A後の囲み取材で広瀬は「カンヌはとても熱狂的でしたが、トロントは静かななかでも情熱がすごく伝わってきて、『遠い山なみの光』を観て自分の映画にしようとしてくれるような寄り添い方だったのがすごく印象的でした」と、先頃参加したカンヌ国際映画祭と今回のトロント国際映画祭での観客の反応の違いについてコメント。「長崎を舞台にした作品がどんなふうに世界に伝わるのかすごく気になります。映画というコンテンツを通して、知ってもらえるきっかけになってほしいです」。10月にはロンドン映画祭への出品も控えている本作。今後さらに世界へと広がっていくことだろう。
文/久保田 和馬