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ドラマ『しあわせな結婚』が、9月11日の放送をもって最終話を迎える。

テレビ朝日系で7月17日から放送されている同作は、『光る君へ』『ふたりっ子』『セカンドバージン』などで知られる大石静が脚本を務めた「マリッジ・サスペンス」。

テレビ番組にも出演する人気弁護士・原田幸太郎(阿部サダヲ)は独身主義を50年間にわたって貫いてきたが、美術教師・鈴木ネルラ(松たか子)と運命の出会いを果たし、電撃的に結婚する。しかしネルラは「大きな秘密」を抱えていた。幸太郎は秘密を知っても、妻を愛し続けることができるのか? というあらすじだ。

日本を代表する脚本家・大石静と、いまや日本のドラマ、映画界に不可欠な存在となった俳優・阿部サダヲがタッグを組んだ同作。坂元裕二脚本の特別ドラマ『スイッチ』での共演も印象的だった松たか子が相手役とあって、放送前から注目を集めていた。

蓋を開けてみれば、松たか子演じるネルラのときに突飛な、ときにミステリアスな言動を中心に「考察」を促すような不穏さに満ちており、令和ならではのサスペンス×ラブストーリーに仕上がっていた。先が読めない展開の連続で、これから放送される最終回もどんな結末を迎えるのか、予想するのはなかなか難しい。

想像力を掻き立てる秀逸なタイトル。脚本家が提案していた別案は……?

『しあわせな結婚』というタイトルが興味深い。なぜ「幸せ」ではなく「しあわせ」なのか。「しあわせな結婚」とはどんなものなのか。きわめて平易でありながら何か含意を感じさせ、想像力を掻き立てられるタイトルなのだ。

制作発表会見で大石静は、当初タイトルを『ネルラという妻』にするつもりだったが、スタッフ全員に反対されたので変更したと明かしている(ちなみに『光る君へ』は『レディームラサキ』というタイトルにするつもりだったという)。どう転ぶかわからない雲を掴むような展開のなかで、「しあわせな結婚」という言葉がどのようなゴールに着地するのかと、つねに視聴者に問いを投げかける。秀逸なタイトルといえるだろう。

『しあわせな結婚』制作発表の様子。タイトルについては7:12から言及されている

ラブストーリーとサスペンス。複数の軸が生む「予想外」

物語はいくつかの軸のあいだを揺らぎながら進む。すなわち、幸太郎とネルラの絆を中心に描く「ヒューマンラブストーリー」と、ネルラが抱えている秘密である15年前の事件の真相を追う「サスペンス」。一癖あるネルラの家族たちと幸太郎が一つ屋根の下で織りなす「家族ドラマ」も、軸の一つに数えられるだろう。そういった複数の軸のあいだで生じる揺らぎが、先の読めない展開をもたらす要因の一つとなっている。

たとえば15年前の事件の真相を追う刑事・黒川(杉野遥亮)は、なぜネルラにあんなにも執着しているのか。もしかして何か事件の鍵を握っているのではないか―そう思っていたら、意表を突く展開に翻弄される。第4話で黒川は車中にてネルラに「(私のことが)好きなの? だからいたぶりたいの?」と突然問われてしまうのだが(筆者としては視聴当時「えっ、ネルラ何言ってるの?」と困惑したものだが)、それによってネルラへの想いに気づいた黒川は、幸太郎と奇妙な共闘関係を築いて事件解明に乗り出す。

「サスペンス」側の重要人物かと思われた黒川は、じつは「ラブストーリー」の駆動力で動かされていた。自らを動かす力に気づき、それに忠実であろうとすることで、黒川の抱えていた迷いは消えたように見えた。もっとも、いち視聴者としては「そういう展開?」と驚かされはしたが……。

正義vs正義。最終回前に露呈した先鋭的な対立

揺らぎがもっとも先鋭化したのが、第8話、事件の真犯人(と思しき人物)を自首させたあとの幸太郎とネルラの衝突だろう。そこではサスペンスを解決したはずの勝利者・幸太郎が、何よりも家族を守ろうとしてきたネルラと決定的にぶつかりあってしまう。

事件を解決しなくてもよかったと主張するネルラは、「そうやって15年、(家族)みんなで頑張ってきた」「はたから見れば間違ってるかもしれないけど、それがうちの家族の真実だった」と告げるが、「君が犯人では、俺が嫌なんだよ。家族も大事だけど、俺たち夫婦はこれを乗り越えなきゃしあわせにはなれない」と譲らない幸太郎。

思い返せば幸太郎というキャラクターは、つねにさまざまな立場の境界線上にいた。テレビタレントのようなお茶の間の人気者でありながら、弁護士事務所の代表としてしっかり仕事もこなす。法律家でありながら、疑惑のかかった人物の家族としてもふるまう。妻の部屋に住みながら、独身時代の豪華なマンションも保持している。さまざまな境界を行き来する幸太郎は、複数の軸のあいだを揺らぐ本作の主人公にふさわしい人物だったと言えるし、シリアスからコメディまでさまざまなキャラクターを演じきる阿部サダヲという俳優の凄みを再認識させる、見事なキャスティングだったとも言えるだろう。

しかし最終回を前にして、幸太郎は立場を明確に選び取る。選んだのは法律家としての正義と、妻と支え合う夫としての正義。その落とし所として行動を起こした幸太郎は覚悟を決めた清々しさに溢れていて、サスペンスドラマの名探偵のように自信満々だった。だがネルラは「家族の正義」を振り下ろして幸太郎の正義を一刀両断する。

まだ謎は残っているし、ツッコミどころもあるにはある

二人の選択と衝突に関しては、視聴者によって感じ方が異なるだろう。人にはそれぞれ大切にしているものがあるのだから。個人的には、家族の正義が大事なのはわかるものの、ネルラの激しい拒絶反応にはちょっと面食らってしまったし、違和感があった。そこまで怒りをあらわにした理由はなんなのか。最終回で解明されるのだろうか、それとも筆者が登場人物たちの性格や心理を読み切れていないのか……と考えはじめると、いつのまにか「考察」にハマってしまう。

ほかにも、本作には「考察」につながる違和感が複数存在していた。たとえば鈴木家の家族構成。ネルラの弟・レオ(板垣李光人)を守るため、という名目はあるものの、ネルラの叔父・考(岡部たかし)が同居しているのはやっぱり不思議だし、ネルラとレオの年齢差も凄い。ネルラの母やネルラの弟・五守の死にも何か秘密があるような気がする。そもそもなぜネルラと幸太郎が結婚することになったのか、いまいち納得できない。

秘密につながらなそうな違和感というか個人的なツッコミどころとしては、黒川の年齢が若すぎるように見えるとか(杉野遥亮の演技自体は素晴らしかったが)、結局は大企業の創業家と有名弁護士という富裕層だけで完結してる話だよなとか(社会格差が広がった時代という意味では正しく「令和のホームドラマ」なのかもしれないが)、15年前のしかも正当防衛かもしれない事件にそこまでこだわる必要があるのかとか(8話で提示された事件の「真相」も凶器の扱い方に違和感があったし、当時の捜査はいくらなんでも雑すぎたんじゃないか)、Oasisの“Don’t Look Back in Anger”は名曲だけどこの作品にはあまり合ってないんじゃないかとか、そういった部分もいろいろある。しかしツッコミどころも最終回で回収される、もしくはどんでん返しの伏線だったりする可能性は除外できない。

「結婚」というテーマで言えば、事実婚や別居婚、あえて子どもを生まない選択をする夫婦のあり方も一般的な認知を得ているし、同性婚の法整備も引き続き重要な社会課題となっているなど、価値観の幅が広がったことが近年の大きな社会的なトピックだ。しかし本作はそういったトピックに触れていない。その点も個人的にはやや物足りなさを感じた部分だった。

見事な俳優陣に拍手。筆者の個人的なMVPは……

それでも本作が代え難い魅力を備えているのは、どこに着地するのか読めないストーリーテリングの妙と、それを支える俳優陣の巧みな演技によるものだろう。阿部サダヲ、松たか子をはじめとするキャスト陣には拍手を送りたいし、個人的には、鈴木家の人々から求められてきたのであろう天真爛漫さを発散させながら、どこか生真面目さ、危うい陰を感じさせる繊細な演技を完遂した板垣李光人が輝いて見えた。

それにしても最終話が楽しみだ。離婚を告げられた幸太郎がどのような反応を示すのか。予告編でほのめかされた、ネルラが抱えているさらなる「秘密」とはどんなものなのか。そして本作が描こうとする「しあわせな結婚」とは一体なんなのか。

第1話、独身時代の幸太郎は夫婦のトラブルを相談してきた人に対して離婚を薦め、「あなたはそもそも、結婚という名の曖昧なしあわせを信じ過ぎておられる」と突き放す。「人間は所詮1人です。2人でいたほうがしあわせという、つがいの幻想から解放されれば、逆にお二人は友人として婚姻中より仲良くなれると思いますよ。だって元夫婦なんですから」としたり顔で説いていた(TVerで第1話を見る)。

自ら結婚を経験し、離婚を突きつけられた幸太郎は、どんな「しあわせ」を掴むのだろうか? 最終話を楽しみに待ちたい。

番組情報

『しあわせな結婚』
2025年7月17日(木)からテレビ朝日系で毎週木曜放送

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