ノスタルジックな街「九龍(クーロン)城砦」を舞台に働く30代男女の恋と、過去、現在、未来が交錯するなかで秘められた謎を描くミステリアスなラブロマンス映画『九龍ジェネリックロマンス』(公開中)。

「九龍城砦」の不動産屋で働く鯨井令子は、先輩社員である工藤発に心惹かれていた。1枚の写真から工藤にはかつて婚約者がいたことを知るが、その婚約者は自分とまったく同じ姿をしていた。妖しくも美しい九龍の街で繰り広げられる日常。秘めた想いは密かな願いとなり、衝撃の真実を連れてくる。吉岡里帆が令子役、水上恒司が工藤役でW主演を務める本作は、かつて香港に存在した美しくも妖しい街“九龍城砦”の風景を再現するため、誰もがなぜか懐かしさを感じるような古い街並みを残す台湾にて真夏のロケを実施し、ノスタルジー溢れる世界観を生みだした。MOVIE WALKER PRESSでは、吉岡、水上へインタビューを敢行。撮影の舞台裏から本作にちなみ、“懐かしさ”を感じる瞬間について語ってもらった。

■「ミステリーと究極の設定が混ざり合う感じに一番惹かれました」(吉岡)
どこか懐かしい雰囲気が漂う九龍を舞台に、吉岡里帆&水上恒司が共演する大人のミステリアスなラブロマンスどこか懐かしい雰囲気が漂う九龍を舞台に、吉岡里帆&水上恒司が共演する大人のミステリアスなラブロマンス / [c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会

――まずは、お二人が本作で惹かれたポイントを教えてください。

吉岡里帆(以下、吉岡)「ミステリーラブロマンスというジャンルで、ただのラブストーリーではないところ。街の不思議な懐かしさに惹き込まれていく不思議な感覚を味わうことができます。物語の設定も漫画原作だからこそのおもしろさがあって、究極のシチュエーションだと思いました。ミステリーと究極の設定が混ざり合う感じに一番惹かれました」

水上恒司(以下、水上)「求め続けられないけれど、求め続けてしまうような永遠の呪い。演じながら大切にしていたのはそのニュアンスでしたし、普段の僕が感じるものでもあったので、演じてみたいと思いました。僕は、人は永遠に孤独だと思っています。でも、孤独のなかで求め合いたい、接触し合いたいと思うもの。そういうものが感じられる作品で好きだと思いました」

――お二人の初共演はいかがでしたか?

吉岡「水上くんの過去の出演作を拝見していて、美少年的なキレイな男の子であると同時に、芯が通っている人というイメージを持っていました。実際に会ってみると、内面の繊細さを感じると同時に、『僕についてきてください』という感じの強さ、信念がある人だと感じました。お会いする前は、自分が引っ張っていこうと思っていたのですが、実際には水上くんの考えていることにも乗っていきたいと思うような、引っ張ってもらう瞬間がたくさんありました」

水上「吉岡さんは決して楽な道を選ばない方だと思っていました。初対面は本読みでしたが、役に対するニュアンスや解釈のお話を聞くなかで、やっぱりそうだな、と確信しました。やるべきことをやっていくにあたって当然出てくる苦しみや悩みからは決して逃げないというのかな。思っていた通りの方でした。あと、頭がいいなとも思いました。いいですよね?」

吉岡「そう訊かれて、そうですねとは言いにくいけれど(笑)」

水上「選ぶ言葉も、他者に対する配慮も、自分を表現する言葉などからも、頭のよさを感じています」

吉岡「ありがとうございます!」

■「大事に向き合っていたのは“痛み”の部分」(水上)
鯨井令子は、先輩社員である工藤発に心惹かれていた鯨井令子は、先輩社員である工藤発に心惹かれていた / [c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会

――過去の記憶が思い出せない鯨井令子、令子と同じ姿をしている工藤のかつての婚約者・鯨井B、秘密を抱える工藤発。それぞれのキャラクターをどのように解釈し、演じたのか。キャラクターの印象と役作りについて教えてください。

吉岡「アニメでは鯨井令子と鯨井Bは、見た目は一緒ですが、それぞれ別の声優さんが演じているまったくタイプの違う二人。一方、私は一人二役で演じさせていただいて、それが一番難易度の高いところだと感じました。池田(千尋)監督の演出では、令子は記憶がない分、赤ちゃんみたいにまっさら。なにも知らないからこそ全部を新鮮に受け止める人。鯨井Bは達観しているというのかな。酸いも甘いも経験してきて、いろいろな影がある人。いろいろなレイヤーを持っているからこその弱さのような部分を分けて演じられたらと思っていました。実年齢的にも、演じやすさは鯨井Bのほうに感じていた気がします」

――演じるうえで、どのような工夫があったのでしょうか。
鯨井令子と鯨井Bを演じた吉岡里帆。漫画を熟読し表情を参考にしたとのこと鯨井令子と鯨井Bを演じた吉岡里帆。漫画を熟読し表情を参考にしたとのこと / 撮影/Jumpei Yamada(ブライトイデア)

吉岡「とにかく漫画を熟読しました。このシーンは無垢な感じが令子っぽい、こっちはめちゃくちゃ鯨井Bっぽいとか、ふとした瞬間の表情で気になったものを片っ端から写真に撮っていました。漫画での表情をすごく参考にしました」

――工藤はいかがでしたか?

水上「工藤はガサツなんだけど愛おしさもある男というイメージです。カッコつけるし、でも肝心なところで泣くし。でも、男ってそういう弱さがあるものだよなって僕は思ったりします。だからこそ、その皆が潜在的に抱えているダメさ加減をいかに僕自身が具現化できるのか、表現できるのかを意識しました」

――工藤を表現するうえで、具体的に大切にしていたことはありますか?

水上「大事に向き合っていたのは“痛み”の部分。工藤は意識的なのか無意識なのかはわからないけれど、作中の前半は、その痛みのような部分を隠しています。それがミステリアスに見えればと思っていたし、彼特有の軽やかさにもつながればと考えていました。その見せ方は工藤を演じるうえで一番楽しみにしていたところでもあります。彼の本質的な部分、その痛みがどういうものなのか。僕には彼が抱えているような“痛み”の経験がまだないので、その気持ちの作り方、表現にはかなりのエネルギーを要しました」

――工藤の痛みの表現でのこだわりを教えてください。
【写真を見る】工藤を演じるうえで、“痛み”に向き合ったという水上恒司。繊細な表情を撮りおろし【写真を見る】工藤を演じるうえで、“痛み”に向き合ったという水上恒司。繊細な表情を撮りおろし / 撮影/Jumpei Yamada(ブライトイデア)

水上「令子が水たまりにハマる場面で、工藤はくわえタバコをしています。火もついているし、煙も目や鼻に入るし痛いなあって思いながらやっていたのですが、そこで『誰を見ているんですか?』みたいなことを令子から言われます。『お前を見ているんだけど?』と言いたいけれど、言えない。令子がなにを思ってその言葉を投げかけているのか。いろいろな感情がグチャグチャになっているところなのですが、やっていてすごく楽しい部分でもありました。考えていることがまったくシンプルではない。それが大人ということなのかなと思ったし、人間ってそういうものだよなとも感じていました」

■「現地の方は明るいし、すごくコミュニケーションを大事にします」(吉岡)

劇中に登場する料理にも注目!劇中に登場する料理にも注目! / [c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会
――ほぼすべてが台湾ロケ。真夏のとても暑い時期の撮影だったそうですが、現地での思い出はありますか?

吉岡「原作でも工藤と二人で水餃子を食べるシーンがたくさん出てきます。映画でも二人の思い出の食事として登場するのですが、そのシーンのロケーションが本当にいい雰囲気で。街の路地裏にある路面店で、雑多でいろいろなお店の人たちが野次を飛ばし合っていたりします。生活感を感じる、あの独特の空気感。雑多ななかで二人だけの世界を築いているという対比もすごくよくてお気に入りのロケーションでした」

――劇中の水餃子のように、特に印象に残っている食べ物はありましたか?

水上「カエルのスープがうまかったです!」

吉岡「結構食べてたよね、カエルのスープ(笑)。あとハマグリのスープもお出汁だけのシンプルなスープだけど、おいしかったです。ガイドブックに載っているような“THE”台湾料理ではないけれど、とても印象に残っています」

水上「全部うまかった。撮影チームのみんなで食べたという思い出もセットでおいしかったという記憶です」

吉岡「そうなの!私は水上くんが『ハマグリのスープがおいしいので飲んでみてください』って言うから、飲んでみようって思いましたし。水餃子と同じく思い出込みでハマグリのスープがすごく印象に残っています」

――一緒に食事をした思い出もたくさんあるチームとの撮影はいかがでしたか?
鯨井玲子の秘めた想いは密かな願いとなり、衝撃の真実を連れてくる鯨井玲子の秘めた想いは密かな願いとなり、衝撃の真実を連れてくる / [c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会
水上「現地の照明部にすごく特徴のある話し方をするスタッフさんがいて。なにを話しかけても『うほっ!』みたいな返事をする方なのに、なぜか伝わり合っているのがすごくおもしろかったです。持ってきてほしいもの、照明を当ててほしい場所も全部合っている。でも言語は違うみたいな」

吉岡「不思議だったよね」

水上「現地のスタッフさんが多かったけれど、映画が好きで集まっているコミュニティで映画への情熱も随所に感じられるのがすごく心地よくて。スコールとか大変なこともたくさんあったけれど乗り越えられるチーム力みたいなものを感じていました」

――合作の現場などでも、それぞれの言語で話していても通じ合うものを感じるというお話をよく伺います。

水上「多分、同じ目的があれば言葉なんていらないんだなと。何語でもいいんだなって」

――なるほどです。吉岡さんはいかがですか?

吉岡「私はまた食事の話なのですが…」

水上「ずっと食べ物(笑)」

――おいしいものにたくさん遭遇したのですね(笑)。

「九龍城砦」の不動産屋で働く鯨井令子「九龍城砦」の不動産屋で働く鯨井令子 / [c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会
吉岡「ずっと食べてばかりいたせいか、撮影中どんどん肌にツヤが出てきて、なんかプリップリになっているなって思っていたくらい(笑)。現地の方は明るいし、すごくコミュニケーションを大事にします。食事に誘ってもらうことも多く、大人数でも少人数でもいろいろな方々と出かけました。食事の時にはフィルムカメラでお互いの写真を撮る方も多くて。思い出として日常を収めるみたいなことをやっているんですよね。この気軽さは台湾らしさなのかなと思っていました」

――フィルムカメラというところに、作品に通じるノスタルジックさを感じます。

吉岡「ですよね。特にいま、台湾ではフィルムカメラが流行っているみたいです」

■「家を出てから10年も経つのかと思うと懐かしさを感じる」(水上)

――「懐かしいって感情は、恋と同じだと思ってる」という工藤のセリフにちなみ、お二人が懐かしさを感じるものを教えてください。

台湾での真夏のロケの思い出は?台湾での真夏のロケの思い出は? / 撮影/Jumpei Yamada(ブライトイデア)
水上「ちょうど昨日観たばかりの映像の話ですが、『子どもが親にされたことで覚えていること』というリストがあって、そのなかには病気の時に抱っこされた温もり、育児で大変な母親の背中、仕事に頑張る父親の姿といったものが並んでいました。僕は15歳で実家を出て、学校で寮生活を送り、そのまま上京しています。家を出てから10年も経つのかと思うと懐かしさを感じると同時に、両親が自分にしてくれたことを思い出すきっかけにもなったし、確かにそうだなと再確認したというか。役でも実生活でも親になった経験はないけれど、いずれ親の苦しみや葛藤を描いた作品に出るかもしれない。そういった時に自分がしてもらったことの記憶、その感情がベースになるような気がしました。自分の身体の一部になっているような感覚になりました」

吉岡「私は撮影中に、無性に日本料理が食べたくなることがあって…」

水上「また食べ物?(笑)」

吉岡「ウフフフ。毎日屋台でごはんを食べることも楽しかったけれど、ふと日本料理が恋しくなった瞬間があって。その時にマネージャーさんと行った寿司チェーン店で食べた納豆軍艦で泣きそうになるくらい懐かしさを感じました。日本で食べた時には感じたことのない懐かしさというのかな。それから日本でそのチェーン店を見かけるたびにすごくエモーショナルな気持ちになります(笑)。時間が経ってから懐かしさを感じるものもあるけれど、それまで懐かしいと思わなかったことに思い出が加わることで懐かしいと思える愛おしいものに変わるということを覚えました」
九龍の街の秘密と鯨井令子の存在に興味を抱く、物語のキーパーソンである蛇沼九龍の街の秘密と鯨井令子の存在に興味を抱く、物語のキーパーソンである蛇沼 / [c]眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会

――すてきなエピソードです。作中に登場する「すてきな靴はすてきな場所へ運んでくれる」「“8(発)”は縁起のいい数字」といったフレーズも印象的です。お二人の好きな言い伝え、格言などがあれば教えてください。

吉岡「『人にしたいいことは自分に返ってくる』。自分より人を優先したほうが結果的に幸せになれる、みたいなことだと思って日頃から意識しています」

水上「高校を卒業する時に、野球を続けるか役者になるのか揺れている時期があって。役者になることを選び、『いままでお世話になったのに申し訳ありません』と監督に伝えたら、『世の中には正解はない。選んだものを正解にしていくしかない』という言葉をかけてもらって」

吉岡「いい言葉だね」

水上「いま、自分が身を置いているのは、野球のようにホームランだ、ヒットだ、三振だ、勝った、負けたという世界ではない。役としてどう動くのか、作品のなかでどう動きたいのか、どういう映画を作りたいのか。正解がない世界にはすごく難しさを感じているけれど、僕のなかではあの時の監督の言葉が助けになったし、いまでも救いになっています」

取材・文/タナカシノブ

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