ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
「リンダ リンダ リンダ」に“演奏させない”ラストの可能性があった 山下敦弘監督の学びとなったのは「ストレートなカタルシスの良さ」
(C)「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
公開20周年を記念して4Kデジタルリマスター化された青春映画「リンダ リンダ リンダ」(日本公開中)。同作は、今年のトライベッカ映画祭にも出品され、配給会社GKIDSによって、全米公開されることが決定している。今回のコラムではメガホンをとった山下敦弘監督にインタビューを敢行。当時の撮影を振り返ってもらった。
【「リンダ リンダ リンダ」あらすじ・概要】
高校生活最後の文化祭で「ザ・ブルーハーツ」のコピーバンドをすることになった少女たちの奮闘を描く。たどたどしくも心に響くブルーハーツの名曲と、若き俳優陣の奇跡的なコンビネーションを、山下監督が自身初の35ミリフィルム作品として撮りあげたゼロ年代を代表する青春映画。ペ・ドゥナ(ボーカル/留学生ソン役)、前田亜季(ドラム/山田響子役)、香椎由宇(ギター/立花恵役)、「Base Ball Bear」の関根史織(ベース/白河望役)らが出演している。
山下敦弘監督
――山下監督は、若い頃にご自身を投影した主人公が登場する映画を撮られていたというお話を聞いたことがあります。「リンダ リンダ リンダ」を撮られたのは、28歳の頃。どのような経緯で女子高生を描くことになったのでしょうか?これまでとは全く異なるタイプの主人公を撮るような企画に参加することになったのはなぜですか?
僕は大学時代から映画を撮っていました。大阪でインディーズ映画を3本ぐらい作って、それらは自分が主人公、自分を投影したキャラクターだったんです。そんな頃に、東京のプロデューサーである根岸洋之さんが、女子高生が「ザ・ブルーハーツ」のコピーバンドをするという企画を立ち上げて、ある企画コンペで賞をとりました。まずその企画があって、僕の映画を見てくれた根岸さんが、「山下が撮った映画とは全然違うけれど、こういうのをやらないか?」と言われて。自分にとっても商業作品へのチャンスでもあったのと、自分の幅を広げるためのチャレンジという意味で――最初は本当のノープランでしたけども――この企画を受けたというのが、この映画の“スタート”でした。
――当初、歌手デビューして間もない頃の木村カエラさんを主人公にする予定だったという話を聞いたことがあります。当時の彼女はデビュー直後。彼女を主人公にしても面白かったのかなと思いましたが、木村さんを主人公にすると、もしかしたら他のキャラクターが目立たなくなるという懸念もありますよね。どのような経緯で、他の女優さんをキャスティングされたのでしょうか。
彼女の名前は「協力」という形で入っています。基本的には、韓国のペ・ドゥナさん以外は、みんなオーディションという形で決めていったキャスティングで、その中に木村カエラさんも来てくれたんです。彼女がボーカルもできるとは知っていました。例えば他のキャラクターでもキャスティングできないかと、色々検討してみたんですが、彼女は役者というよりは“歌い手”の意識の方が強かったこともあって、映画出演とはならず、「協力」という形で名前を残させてもらいました。
――映画のオープニングでは“高校生が文化祭が始まる前にビデオを撮影している”という少々ラフな映像があります。山下監督はそれほどリテイクを撮らないとお聞きしましたが、「リンダ リンダ リンダ」はリテイクから始まる。ある意味、ご自身の殻を破るような感覚でオープニングを撮影したのかなと思ったのですが、どういう意図があったのですか?
あれは、セルフパロディみたいなシーンなんです。要するに「監督が決められないシーン」なんです。だから、カメラマンから「もう一回やった方が良いんじゃないか?」と提案される。当時の自分(=山下監督)もそんな感じ。なかなか自分で判断ができず、優柔不断で決められない監督だったんです。
――前田亜紀さん演じる山田が、文化祭の準備シーンをワンテイクで撮られているシーンがあります。あれはどれぐらい事前に準備されて、ワンショットで撮られたんでしょうか?
あれは、もともとロケハンしている時から、なんとなく決めてはいました。真横から撮っているんですが、カメラマンはもっと正面かつ平行移動した撮影プランを提示してくれました。でも「どうしても、真横にしてくれ!」と頼み込みました。真横からの移動ショットというのは、当時の自分が、すごくこだわって撮ったシーンだったことを覚えています。
――あれは1発、あるいは2、3発で撮れたんですか? 結構、大変なシーンですよね。
2、3回はやったと思いますけど、そんなに回数は多くはなかったと思います。
――撮影に使われた高校は、前橋工業高校の旧校舎だったそうですね。実際に撮影されてみて、苦労された点や、その場所で撮影できてよかった点はありましたか? 学校によって校舎の雰囲気は大きく変わってくると思いますが、校内の撮影は特に重要だったのではないでしょうか。
日本で学園モノを撮影する際は、廃校、つまりもう使われていない学校を使うことが多いんです。でも前橋工業高校は、撮影の数カ月前まで実際に使われていました。新しい校舎ができるまでの間、使われなくなる期間に撮影させてもらったので、学校自体がまだ「生きている」状態だったんです。それが本当にリアルな雰囲気につながったので、かなりラッキーでした。あの場所があったからこそ、学校の中を自由に、のびのびと使って撮影できたという感覚がすごくあります。
――ペ・ドゥナさんをキャスティングされた経緯は、ポン・ジュノ監督との出会いがきっかけだったそうですね。
ポン・ジュノ監督とは、実は盛岡の映画祭でお会いしていました。当時、ポン・ジュノ監督が審査員を、僕がコンペで出品者として参加していたんです。その時にお会いして、僕の作品は受賞できなかったのですが、監督は僕の作品を覚えてくださっていました。その後、ポン・ジュノ監督の長編デビュー作「ほえる犬は噛まない」を拝見したのですが、主演がペ・ドゥナさんでした。その演技を見て、彼女のことがすごくいいなと思ってオファーしたんです。
たぶん、ペ・ドゥナさんもポン・ジュノ監督に相談したんだと思います。「日本の山下という監督からオファーが来たんだけど」と言ったら、監督が「彼の作品は面白いから、出たらいいんじゃないか?」と後押ししてくれたそうです。だから、いろんなタイミングが重なって実現したキャスティングでした。
――彼女が留学生という設定や、たどたどしい日本語の設定も面白かったです。
ペ・ドゥナさん自身も日本にとても興味があって、日本語も少しだけわかる状態でした。だから、すごくやりやすかったですね。
――特に印象的だったのは、カラオケ店員とペ・ドゥナさん演じるソンが、ドリンクにすごくこだわっているシーンです。あれは脚本ではなく、即興的な部分も多いのでしょうか?
ペ・ドゥナさんは韓国にいたのでそれほどではありませんでしたが、他のメンバーとは何度もリハーサルを重ねて、万全の準備で撮影に臨みました。なので、実は現場での即興はあまり多くない作品なんです。
ただ、一つ覚えているのは、みんなでハシゴを登るシーンです。ペ・ドゥナさんが「みんな、パンツ見えてる!」と言うセリフがあるのですが、あれは現場で彼女と相談して追加したものでした。
――ご存じだと思いますが、アメリカのバンド「リンダ リンダズ」は、この映画に影響を受けてバンド名を付けたそうですね。実際に彼女たちの楽曲を聞かれたことはありますか?
もちろん、もちろん、CDも買ってます。
――実際にお会いしたことはあるのですか?
お会いしたことはないですね。
――本作には、楽曲「リンダ リンダ」を歌った甲本ヒロトさんの弟さんである甲本雅裕さんが出演されていますが、弟さんの出演は、音楽の使用許可と関係があるのでしょうか?
もちろん、楽曲の許可は得ています。ただ、私たちが撮影していた当時はすでに「ザ・ブルーハーツ」というバンドは解散していましたので、楽曲使用料など、純粋に手続きだけで進めたと思います。
今も甲本ヒロトさんはさまざまなバンドで活動されていますが、基本的には「ザ・ブルーハーツ」とは一線を引いているという関係性らしいです。だから、「ザ・ブルーハーツ」との関わりは“楽曲を使用させてもらった”という点のみでした。甲本雅裕さんは、純粋に俳優として好きだったので出演をお願いしたんです。それが大きかったですね。
――本作が特に印象的なのは、高校生の生き生きとした姿がうまく描写されている点だと思います。その時期にしか出せない姿を活写するために、演出面でこだわったことや、当時気を付けていたことは何ですか?
いや、とにかく初めてのことだらけだったので、先ほどもお話ししたように、リハーサルをものすごくやりました。今思えば、彼女たちが役に入り込むためというのももちろんありますが、僕自身が彼女たちの空気感を吸収したい、理解したいという気持ちがあったんです。だから、同じシーンを何度も何度もリハーサルしました。それが、作品のリアリティーにつながったのかなと思っています。一見、すごく即興的にやっているように見えるかもしれませんが、実はものすごく準備をして臨んだという記憶ですね。
――最近の映画では「サマーフィルムにのって」、以前には「スウィングガールズ」など、学生の時期にしか出せない魅力をうまく活写している映画がありますが、山下さんご自身が影響を受けた青春映画はありますか?
よく話しているのですが、相米慎二監督の「台風クラブ」や「お引越し」、それこそ「セーラー服と機関銃」ですね。相米監督は当時、若い女優さんを使ってジャンル映画を撮っていた時期があり、主人公は女性が多いんです。テーマは少し違いますが、見せ方や演出に関しては、すごく影響を受けました。相米監督独特の、少女たちの生々しさがどうやったら出せるのか、盗もうとしましたし、影響を受けた人です。真似はできていないと思いますが(笑)。
――本作を撮られてから、監督は女性を主人公にした映画を多く撮られていますよね。この映画が、監督としての見方やアプローチの仕方を変えた部分はありますか?
実はこの映画、最初は彼女たちに演奏させないというラストを考えていたんです。間に合わなくて文化祭が終わってしまった、というような。でもプロデューサー陣の反対を受け、今日も改めて見直して思ったのですが、やはり最後に演奏しないと映画は終わらないな、と思うくらいラストが素晴らしいんですよね。
当時の20代の自分は、ストレートな表現をひっくり返したいとか、斜めから物事を見たいという気持ちがありました。「リンダ リンダ」という曲を聞けば、ある種のまっすぐさや、ストレートな感覚を思い知らされました。それはもう、現場でも感じたんです。彼女たちが演奏しているシーンを見て、やっぱり良いなと思ってしまったので。
そこが、作り手としてものすごく変わったところでした。そこからは、お客さんが見たいと思う、ストレートなカタルシスの良さというものを、この映画から一番学びました。
――今回、トライベッカ映画祭に出品され、これから配給会社GKIDSを通してアメリカでも公開されるわけですが、アメリカの観客にはどのような部分を見てほしいですか?
自分にとっても不思議な映画で、特に物語の仕掛けや伏線があるタイプの映画ではありません。今日も自分で見て思ったのですが、気づいたらあの4人のことが好きになっている、そんな不思議な映画です。最後はただ演奏するだけなんですけど、ちゃんとグッとくるものがある。
僕自身が当時28歳と若かったことも含めて、当時の彼女たちの魅力をただ閉じ込めて記録しただけの映画というか、それだけなんじゃないかと感じています。たぶん、もう一度同じメンバーが集まっても、二度と同じものは撮れないでしょう。当時の僕と彼女たち、そしてスタッフみんなで、彼女たちの魅力と楽曲の良さをただ形に残そうとした映画だと思っています。
だから、純粋に彼女たちの生き生きとした姿を楽しんでもらえたら、それで十分だと思います。メッセージや社会的なテーマをあまり含んでいない映画なので、彼女たちの存在をかみしめてもらえたら嬉しいです。
――たぶん、それで充分なんだと思います。だからこそ、20年も経っても未だに見られている映画なのでしょうから。
そうですよね。物語的な古さはあまり感じない作品になっていると思います。