黒澤明の傑作映画のリメイク

Apple Original Films、A24、そして黒澤プロダクションのロゴが続き、流れ出すのは映画『オクラホマ!』(1955)のオープニング曲「Oh, What A Beautiful Mornin’」。舞台はニューヨーク。高層ビルを下からとらえたロングショットが、ゆっくりズームしていくと、バルコニーで電話をする一人の男の姿が映し出される。彼の名はデヴィッド・キング(デンゼル・ワシントン)。グラミー賞を受賞し、かつてクインシー・ジョーンズに「音楽の未来」と称された業界の大物だ。彼はいま、ライバル会社からの買収を阻止するために「スタッキンヒッツ・レコード」の経営権を取り戻そうと画策している。

キングを中心にしたこの設定は、もちろんフィクションだ。しかし、劇中、(Appleが買収した)Beatsのヘッドフォンが登場することから、この世界には音楽プロデューサーで実業家のドクター・ドレーも存在していることがわかる。おそらくキングも北米の音楽業界において、ドレーのような成功を収めた黒人プロデューサーのひとりなのだろう。そんな彼のもとに、不穏な電話がかかってくる。「あんたの息子を誘拐した。1750万ドル用意しろ」。そこから物語は急転していく。

デンゼル・ワシントンが演じるのは、音楽業界の大物デヴィッド・キング。黒澤明監督の『天国と地獄』では、三船敏郎が靴会社の重役・権藤を演じていた。

デンゼル・ワシントンが演じるのは、音楽業界の大物デヴィッド・キング。黒澤明監督の『天国と地獄』では、三船敏郎が靴会社の重役・権藤を演じていた。

冒頭のテロップが示すように、本作にはふたつの原作がある。ひとつはエド・マクベインの小説『キングの身代金』(1959)。もうひとつは、その小説をもとに黒澤明が映画化した『天国と地獄』(1963)だ。今回のスパイク・リー監督『天国と地獄 Highest 2 Lowest』は、両作品を踏まえつつも、とくに後者を強く意識したリメイク作品と言えるだろう。驚くのは、彼のフィルモグラフィーに、本作を補助線として引くことで、たとえば、『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)のブルックリンのうだるような暑さ、『インサイド・マン』(2006)の銀行強盗をめぐる犯罪劇、そして、ほとんどの作品に共通する二項対立によるコミュニティの軋轢が、すべて『天国と地獄』に収斂していくモチーフの変奏のように見えてくることだ。

音楽業界が舞台の『天国と地獄』

とはいえ、『天国と地獄 Highest 2 Lowest』は、黒澤版の脚本の展開をなぞりながらも、アプローチは大きく異なっている。黒澤明監督『天国と地獄』の前半は、三船敏郎演じる主人公の屋敷からカメラがほとんど出ない。劇伴はなく、窓を開けた瞬間だけ、室内の静寂を突き破るように、街のざわめきが流れ込む。眼下に広がる市井の人々の暮らし、そして、誘拐犯からの脅迫の電話は、密室と静寂に守られた「天国」を脅かす、「地獄」からの騒音なのだ。

これに対して、スパイク・リー版では、主人公のキングが音楽プロデューサーの時点で、静寂とは無縁の世界に生きていることが示される。劇伴は絶えず流れ、デンゼル・ワシントンの演技も、三船敏郎の重厚さとは対照的に軽快だ。そして、カメラもまた、すぐに室内から飛び出し、喧噪に包まれたストリートへと降りていく。

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