ストーリー


東京郊外の少し寂びれた繁華街。

夕方になると店のネオン看板が灯る。『介護スナックベルサイユ』。

その名の通り、客の大半は要介護認定を受けた高齢者だ。

今宵、一番乗りでやってきたのは、車いすの老人。

「ようこそ、ベルサイユへ」

店のママ・上杉まりえ(宮崎美子)が、優しい笑顔で出迎える。


店内を見渡せば…、
ボックス席では血圧測定が、片隅では平行棒を使って体操の指導が行われている。

カウンター奥の棚には、ボトルキープされた点滴が並ぶ。
一見どこにでもあるスナックのようだが、ここは立派な介護現場。

それもそのはず、スタッフは看護師や介護士、ケアマネージャーに管理栄養士と、
誰もがスナックと医療現場の二刀流だ。

点滴をうってもらったり、とろみ剤入りのビールを飲んだり
介護が必要だった客がみるみるうちに生気を取り戻し、ベルサイユのひと時を楽しんでいく。


「今夜はあのワインをご希望です」

やってきたのは常連の五郎さん。

大衆演劇一座の役者で、医師からもってあと1週間と宣告されている。
まりえが、五郎の前におかれたグラスにゆっくりとワインを注ぐ。

「会いたい人はおきまりですか?」と、まりえ。

「ああ、きれいな色だな…」ワインを飲み干す五郎。


ラベルに記された「SEE YOU IN MY DREAMS」の文字。

まりえが提供するのは、生涯で一度だけ、しかも一人一杯と決められた特別のワイン。

これを飲めば、どうしても会いたかった人に会うことができるのだ。
人生最期の夢に誘う“魔法のワイン”…。


「お客さん、あのスナックなんか変ですよね?」

客の送迎を担当する大学生・神代大輝(杢代和人)は、店内の不思議な現象に戸惑っていた。

さっきまで元気に会話をしていた客のすみえさんは、
後部座席で、酸素吸入器のマスクをつけて座っている。


一方、魔法のワインを希望した五郎さん、会いたかったのは大衆演劇のトップスター。

冥途の土産にと、脇役専門だった五郎さんは主役の交代を依頼した。

「冷めないうちに召し上がれ」

まりえが持ってきたのは「生姜鍋」。いつもは薬味として脇役の生姜が、主役の鍋だ。

夢の後は、最期の願いを象徴する逸品が待っている。


身体が思うように動かず不自由な思いをしているけれど、
人生を楽しみ、希望をもって毎日を送りたい―

そんな方々が集う「介護スナックベルサイユ」

今宵、扉を開けてみませんか…。まもなくオープンです!

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