思い出の店「キャンティ」

同窓会みたいでしょう。あ、どうもお忙しいってありがとございました。こ様 どう? ここで会うと本当にさ、 ね、 もう一挙に40何年戻っちゃうね。 本当そうね。 相変わらず美しくて。 いやいや、あなたも 僕らのミューズだったから。 いや、本当に。うん。 でもお互いになんだかいるね。 まだ元気だね。 なんだかしぶいね。 うん。うん。ていうかさ、あ、スカともあんまりこう力入れてないから生きてんじゃない? あ、そうかもしれないね。あなたと話してるとうちのかと話してるみたいで結すんだよ、俺。 そう、そう。分かるわよ。 俺結構だらんとしてんだけど、あなたとかうちのと結構ピッと背中がね、背骨がね、こう [笑い] るのよ。 でもそのだがさ、すごく私たちは居心地がいいのよ。 そうか。そうか。 1960年創業のイタリアンレストラン キャンティ。 2人が青春時代を過ごしたこのお店は いち早くヨーロッパの文化を取り入れた モだなお店として時代の先体も行く クリエイターたちに愛されてきました。 この当時日本はカラーテレビの普及、 そして東京オリンピックが開催されるなど 高度成長期まった田中にありました。 当時スパイダーズとして人気をしていた さんとまだデビュー前だったかさん2人が キャンティの思い出を振り返ります。 本当ね。本当だね。うん。 なんかつってもだラダラここにいた感じがしない?あの頃。 そう、そう、そう、そう。だからここで結構あの気を抜いてたんじゃない? そうなのね。 まり子さんは15歳か16歳? そうです。15歳 ね。 うん。私はとにかく大人の話をここで うん。 暖房のようにして聞いてるのが毎日すごい生きがいだったみたいな。気な中学生っていう感じだったからね。 あの当時って本当に うん。 知らない。 そうなのよ。 だけど知りたい。 そう、そう、そう。情報みたい。ここでしかね。そう、そう、そう、そう。 なかったわね。 本ん当そうね。うん。結構夢をかかったりなんかね。 うん。 妄想を語ってたんだよね。きっとね。 相当刺激は受けたよね。 うーん。すごい受けたね。すっごい受けた。 でもね、一般的に昔話するようになったら終わりだって言うけど違うのね。質によるの。で、僕らの昔話は質が高いと思うよ。金もかかってるし。わかる。 確かにね。うん。 私たちの青春の時も文明が過剰じゃなくて 本当に知りたいことはもう辞書引いてもう一生懸命フランス語の本持ってきてね雑誌持ってきて読まないとわかんなかったっていう方が うんうん 楽しかったでしょ? そうそうそう 何でもこうすぐインターネットで分かっちゃいますんじゃない方がなんか上々があったような気がすんだけど この20年ぐらいの僕らの世代が 1番こうなんだ感で見れると思うんだね。 過去と うん。 未来 うん。 現在未来そうした時にもしかしたらこのぐらいがちょうど良かったんじゃないかなって。 なるね。あの温度のいい時っていうのある。 ない。うん。 やっぱ私は東京オリンピック前だな。 あのぐらいの不便差がちょうど良かったね。 19世紀のね、馬車が T型4に変わる時に俺は馬車に とまろうと思ったの。 うん。 自動車乗らないでね。19 世紀の割の話だけと。 うん。 うん。 それで頑張っちゃおうかなとじゃないと自分の価値観がさ、自分で コントロールできなくなる。 うん。例えばその今の新しいものそういうものに感動しなければ うん。うん。 いいんじゃない?しないんで。 僕もそう思った。 こっちの金銭に触れてこないことに対して何も興味持つ必要ないと思うよ。 だから音楽もさ、コンピューターがすごく入ってきちゃってさ、そうした時にさ、いよね。 そうしたらさ、誰でもできるのと特徴がないって。 うん。 だから僕はアンチコンピューターなんです。 うん。うん。 うん。それはもう当然でしょう。うん。 元々土の匂いのする音楽から始まってんだから。

そのレストラン “キャンティ” の常連には三島由紀夫、ミッキー・カーチス、伊丹十三、黒柳徹子、加賀まりこ、安井かずみ、かまやつひろし、松任谷由実… ここには書ききれないほどの輝かしい著名人たちの名前が挙げられています。

つぎつぎとキャンティに客として現われた。
皇族では高松宮、常陸宮、島津貴子。また河野一郎、川島正次郎、大映の永田雅一、フジ・サンケイの鹿内信隆、若手では堤清二といった政財界人も。文化・芸能人となると、枚挙にいとまがない。作家・井上靖、三島由紀夫、柴田錬三郎、映画監督・黒沢明、谷口千吉、勅使河原宏(草月流家元)、ハリウッド俳優・早川雪洲、女優・八千草薫、新珠三千代、久我美子、舞踊家・吾妻徳穂、歌舞伎俳優・中村富十郎、演出家・浅利慶太、作曲家・團伊玖磨、黛敏郎、シャンソン歌手・石井好子、写真家・秋山庄太郎、画家・岡本太郎、今井俊満、建築家・黒川紀章・・・・・・。政財界人の溜り場、銀座の高級クラブ・ラモールの経営者である花田美奈子もよく姿を見せた。

大使館員など、外国人の客も多かった。海外からのスタークラスでは、シャンソン歌手で俳優のイヴ・モンタン、歌手のフランク・シナトラ、同じくナット・キング・コール、女優のシャーリー・マックレーンと、その夫でプロデューサーのスティーブ・パーカー、それにパントマイムのマルセル・マルソー、写真家のカルチェ・ブレッソン、ファッションデザイナーのイブ・サンローランやピエール・カルダン等々。

古くから多くの著名人が愛用し、その交友関係は文化人や芸能人の集まる場所となりました。経営者である川添浩史氏と妻の川添美智子氏の「キャンティ」は、当時の六本木で文化発信の拠点としても知られていました。

僕らの音楽~OUR MUSIC~ 3 「ムッシュかまやつ×加賀まりこ」
2006-05-26

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