豪華絢爛な衣装を纏い、神楽囃子に合わせて舞い、大蛇と対峙する――。島根県江津市の伝統芸能「石見神楽」が、メタバース空間に登場した。新たなシティプロモーションとして国内外の新規ファンや観光客を引き寄せている。

島根県江津市 政策企画課の福山賢一氏は、「完成したコンテンツは想像の120%の出来」と振り返る。企画・制作幹事を担ったのは、大丸松坂屋百貨店のメタバース事業。オリジナル3Dアバターや衣装の販売など、デジタル空間での価値創造を積み重ねてきた同社の経験が、この試みを可能にした。

「シティプロモーション×メタバース×伝統芸能という組み合わせに、明確な勝ち筋を見いだせた」と大丸松坂屋百貨店 DX推進部部長の岡﨑路易氏は語る。福山氏と岡﨑氏による対談を通じて、その狙いと成果を深掘りする。

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石見神楽をメタバース化、江津市が挑む新たなシティプロモーション

DIGIDAY編集部(以下、DD):石見神楽のメタバース化は大きな反響を呼んでいます。そもそも江津市が直面している課題や、今回のプロジェクトが生まれた背景にはどのようなものがあったのでしょうか?

福山賢一(以下、福山):まず、我々の島根県江津市は、都心からのアクセスが悪く、深刻な人口減少と人材流出に直面しています。関係人口を増やすために、「江津市を知ってもらう」ためのシティプロモーションは必要不可欠だと考えていました。

そんななか、大丸松坂屋百貨店でデジタル領域の新規事業を統括する岡﨑さんと知り合い、実際にお会いして話をしていくなかで岡﨑さんから「石見神楽をVRで見たいですよね」と提案してもらい、意気投合して今回のプロジェクトがスタートしました。江津市には、新しい取り組みを積極的に取り入れようという機運があったことも後押しになりましたね。

福山 賢一/島根県江津市 政策企画課 創造力特区デザイナー。2023年7月、「企業版ふるさと納税」制度を通じ、ITコンサルタント会社「ABI」から市役所に派遣される。以来、同市の地方創生の裏方として活躍している。

DD:石見神楽のメタバース化には、どのような期待をされていましたか?

福山:石見神楽は圧倒的な求心力をもつ江津市の伝統芸能です。驚くかもしれませんが、石見神楽には一般的に伝統芸能が直面する後継者不足や衰退は見られず、今なお老若男女から愛されています。家族に演者がいたり、親戚や友人のお兄さんが舞台に立っていたりと地域に深く根付いた文化で、江津市民に脈々と受け継がれています。

もともと神に奉納する「大元神楽」から発展した石見神楽は、エンタメ性に特化した異色の伝統芸能で、子どもたちが目を輝かせて見に行く、たとえば特撮ヒーローショーのような存在なのです。メタバース化することで、デジタル上で気軽に触れられるようになり、伝統芸能への新たな入り口を広げられると考えました。

岡﨑路易(以下、岡﨑):実際に石見神楽の演者は、子どもたちから「正義の味方」と呼ばれているんですよ。伝統芸能でありながら、これほど身近で愛されているコンテンツは珍しいのではないでしょうか。

福山:メタバースは、次の時代を担うと言われながら、まだ文化としては熟成していません。だからこそ、もったいない。

全国の自治体で本格的にメタバースを活用しているところがほとんどない今だからこそ、新しい切り口で挑戦する価値がある。全国的に知名度の高くない江津市のような自治体が、横並びの施策をしても埋もれてしまいがちです。どこまで石見神楽の魅力を再現できるか未知数ではありましたが、その不確実性も含めて純粋に面白そうだと感じたんです。

岡﨑:当社としても、日頃から自治体との連携に可能性を見出しており、横須賀市など先進的に取り組んでいる最新事例も研究していました。VRChat内で「メタバースヨコスカ」が盛り上がり、猿島やドブ板通りなどが再現されています。

メタバース内で見ていれば、リアルで訪れた際に既視感があり、聖地巡礼のように盛りあがります。そのため、リアルとメタバースの相乗効果には、強い可能性があるんです。江津市においては、単なる街の再現ではなく、石見神楽という強力なコンテンツを軸にした展開が効果的だと考えました。

岡﨑 路易(るい)/大丸松坂屋百貨店 デジタル戦略推進室 DX推進部部長 デジタル事業開発担当。2004年に株式会社大丸(現:株式会社大丸松坂屋百貨店)入社。大丸神戸店でショップ店長などを経験し、2008年に財務部、2015年には持株会社であるJ.フロントリテイリングの経営企画部M&A担当へ異動。2018年にはヤフー株式会社に転職し財務企画部を経験したのち、2020年に再び大丸松坂屋百貨店に入社した。

モーションキャプチャーで本物を再現、VRならではの体験

DD:実際に行った石見神楽のメタバース化について詳細を教えてください。

岡﨑:今回は、石見神楽の30種類以上ある演目から、『大蛇(おろち)』と『鐘馗(しょうき)』の2つを選び、メタバース化しました。『大蛇』は須佐之男命(すさのおのみこと)と八岐大蛇(やまたのおろち)が対峙する場面をVRChat内のワールド「島根県江津市 石見神楽『大蛇』 /Gotsu City, Shimane Prefecture IWAMI KAGURA”OROCHI”」で公開し、『鐘馗』は登場人物の衣装を3D化して無償配布しました。

とくに意識したのは、本物の伝統芸能をできる限り忠実に再現することです。地元の社中(神楽団体)の協力を得て、演者9人の動きをモーションキャプチャーで収録。お囃子4人も含めて、江津市の公民館に仮設のモーションキャプチャースタジオを作り、実際に演じてもらい生録音しました。

通常45〜60分の『大蛇』のハイライトシーンを集めた7分程度に再編集し、単なる神楽の切り抜きではなく、見せ場を重視して新たにアレンジしてもらいました。

DD:制作過程で工夫したことや苦労されたことはありますか?

岡﨑:モーションキャプチャーで取得した実際の動きに対し、アニメーションで修正をかけています。その際に、たとえば実際は大蛇の口から火花を散らす演出をVRでは火を噴く演出に変えるなど、VRならではの演出も加えています。

特に革新的だったのは、観客が舞台上に上がれる仕組みです。通常、演舞中は立ち入れない舞台に、大蛇の目の前や後ろから鑑賞できる。演者目線など、360度の視点で自由に体験できるのは、VRならではの醍醐味ですね。エンターテインメント性と伝統芸能の良さを両立させることに成功したと感じます。

福山:ITに馴染みのない方々への説明には苦労しました。「メタバースとは何か」「なぜやる必要があるのか」を理解してもらうのに時間がかかりましたね。ただ、「全国初の取り組みであり、新しいことへ挑戦できる」ということで、演者全員のモチベーションが総じて高かったことが本当にありがたかったです。

岡﨑:制作を通じて、地域の伝統をリスペクトしながら革新的な表現を加えるバランスの重要性を学びました。社中の方々へのインタビューを重ね、石見神楽の本質を理解したからこそ、メタバースならではの価値を付加することができたんです。

我々、大丸松坂屋百貨店には、ファッションデザイナーやアート作家、伝統工芸の職人など、クリエイターと協業してきたDNAがあります。そうしたノウハウを兼ね備え、今回もメタバース支援会社と協業して成果をあげることができました。

福山:伝統に対する理解なしに、デジタル技術だけを押し付けてはいけないと感じます。その点、大丸松坂屋百貨店さんは江津市について深く調べてくださっていたのが印象的でした。

X上で江津市言及が230%に伸長、旅行記がWebマガジン掲載にまで波及

DD:VRChat内での評価や数値的な成果についても伺えますか?

岡﨑:公開から9日間で1万ビジットを達成しました。Web記事のPVとは異なり、まだVRデバイスが普及しきっているとは言い難い今の状況でこの数字は非常に大きな成果です。大丸松坂屋百貨店として周知活動やキャンペーンも実施し、好奇心旺盛なVRChatユーザーの特性を理解したマーケティング施策も功を奏したと考えています。

特に印象的だったのは、ワールド内のアンケートに外国語でのコメントが多数寄せられたことです。英語でのキャプションやストーリー説明を準備していたことで、グローバルな反響を得ることができました。日本語のアンケートフォームにも関わらず、外国人ユーザーがわざわざコメントを残してくれたことは、コンテンツの魅力が言語の壁を越えた証拠だと思います。

福山:完成したコンテンツは私の想像の120%の出来でした。地元の厳しい目を持つ方々からも「エンタメ性が高く面白い」と評価をいただいていており、全体的に市民からの評判も非常に良好です。

DD:大阪・関西万博でも展示されたと聞いています。反響はいかがでしたか?

岡﨑:2025大阪・関西万博会場内EXPOメッセ「地方創生SDGs フェス」で、5月28日~6月1日の5日間展示し、450名を越える方に体験していただけました。1体験10分で2台のVR機器による体験会だったため、会期中はフル稼働でしたね。リアルの石見神楽衣装展示とVRを組み合わせたことで、メタバース体験者からは「生の舞台を見たい」という声も多数上がりましたよ。

実際、Xでの拡散も活発で、体験者の旅行記がWebマガジンに掲載されるなど、二次的な波及効果も生まれています。 X上で「江津市」というワードの言及が施策開始後わずか1か月間で、開始前に比べて230%ほどになっており、認知拡大の手応えを感じました。

2025大阪・関西万博における2台のVR機器を使った体験会

「興味がない層」にこそ届くデジタルシティプロモーション

DD:では、今後の展望についても教えてください。

福山:江津市を日本でもっともメタバースが進んでいる自治体にしたいと考えています。市役所内でメタバースの知見を持つ人材を増やし、組織全体で推進できる体制を構築していきます。

また、地元からも「VRを見たい」という要望を多くいただいていますので、気軽に体験できる環境をどうにか整えることができないか? と考えています。

岡﨑:「シティプロモーション×メタバース×伝統芸能」という組み合わせに、明確な勝ち筋を見出せました。今後は、全国にあるほかの伝統芸能や文化財のメタバース化にも取り組んでいきたいですね。伝統芸能以外でも、メタバースと相性の良いコンテンツは日本全国の自治体に必ずあると思います。

福山:デジタル視点のコンテンツを持つことで、従来とは決定的に異なるアプローチが可能になるんですよね。地方創生に興味がある人は自ら情報を調べると思いますが、重要なのは興味がない層にアプローチすること。今回で言えばメタバースユーザーは必ずしも地方に興味があるわけではない。だからこそ、メタバース施策が刺さり、意味があったのです。

人口流出が課題となっている地方だからこそ、意味のあるプロモーション活動をおこなわなければなりません。だからこそ、KPIを明確に設定し、成果をきちんと数値で示すことが重要でした。今後も、しっかりと意義のあるシティプロモーションを続けていきたいですね。

Sponsored by 大丸松坂屋百貨店
Written by DIGIDAY Brand STUDIO(取材・文/太田祐一、撮影/伊藤圭)

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