昭和41年(1966年)の開場以来、伝統芸能の上演だけでなく、演劇・芸能関連の資料の収集と活用に努めてきた国立劇場。美術的に優れた名品から歴史的に貴重な資料まで、多岐にわたる所蔵資料から、担当者が「これを見て!」という一押しを紹介するのが、毎月末日に公開する美術展ナビ×国立劇場コラボ連載【芸能資料定期便】です。今回は、浅草を写すステレオ写真を紹介します。ステレオ写真とは立体写真のことで、「やったことある!」と懐かしく思う方もいらっしゃるのでは。実際にどう見えるかをGIFアニメーションにしたものもありますので、「ステレオ写真」を新鮮な目でお楽しみください。

今回の芸能資料定期便は、国立劇場所蔵資料から少し変わった写真をお届けします。一体どこが変わっているのか、まずは下の写真をご覧ください。

「浅草公園花屋敷ノ生人形」(国立劇場所蔵)

こちらは、明治~大正期の浅草で撮影された写真です。

縦9cm、横17cmのボール紙に、縦横8cmほどの紙焼き写真が2枚並べて貼られています。この資料で注目したいのは、2枚の写真が全く同じに見えること。よ~く見ると、左右で写る位置が若干異なっていることが分かりますが、言ってしまえばほぼ同じです。では、なぜ“ほぼ”同じ写真が2枚並んでいるのでしょうか。

このような形態の写真を「ステレオ写真」といいます。人間の目と同じように立体感をもって見えるようにした写真で、双眼写真や実体写真、立体写真ともいわれます。平面のはずの写真がどうやって立体に見えるのか、疑問に思う方もいると思います。ここで重要なカギを握るのが、前述の「“ほぼ”同じ写真が2枚並んでいる」ことです。

私たち人間が左右の目で物を見るとき、2つの目はそれぞれ異なる見え方をしています。ある物体を片目ずつ見てみると、左右の目で見え方に少し違いがありますよね。この違いを「両眼視差」と呼び、これによって脳が奥行を認識し、私たちは物を立体的に捉えることができているのです。

ステレオ写真はその視差を利用したもの。2つのレンズを持つカメラ(ステレオカメラ)で撮影することで、同じ瞬間を写しながらも写り方が若干異なる2枚の写真が出来上がります。このズレが人間の視差を再現し、2枚の写真を専用のビューアー(ステレオスコープ)を使って同時に見ると、立体的に見える仕組みです。

分かりやすいように簡単な図にまとめてみました。

国立劇場には、このようなステレオ写真が何枚かありますが、今回はその中から明治~大正の浅草を写した写真をご紹介します。

「生人形」が立体でさらに「生き生き」
「浅草公園花屋敷ノ生人形」(国立劇場所蔵)

冒頭で触れたこちらの写真、芝居のひと幕を写したものでしょうか。

3人の歌舞伎役者に見えますが、実は被写体は人間ではありません。「生人形いきにんぎょう」と呼ばれる人形で、江戸時代後期から明治時代にかけて盛んに製作された見立て細工の一種です。実際に生きている人間のように精巧な細工であったことから、見世物興行として大変人気でした。

この写真は、浅草・花屋敷で興行された生人形を撮影したものだと考えられます。まるで本物の役者のような繊細な作りがうかがえますが、左の澤村訥子さわむらとっしとされる人形に注目してみると、表情だけでなく、ふくらはぎの質感も生きた人間そのもの。今にも動き出しそうで不気味ささえ感じます…。

では、こちらの写真はどのように立体的に見えるのでしょうか。

前述したように、本来はステレオスコープを通して鑑賞するものですが、今回は左右の写真を繋げてGIFアニメーションにすることでその立体感を再現してみたいと思います。

いかがでしょうか。立体的に見えますか?中央と左の2体の人形を見るととくに立体的に感じやすいかもしれません。奥行きが出て、人形のリアルさがより伝わってくる気がします。平面とはまた違う見え方で面白いです。

現在、外国人観光客をはじめ多くの人々が集まる浅草は、江戸時代から、庶民の信仰の場であるとともに、芝居や見世物の興行で栄える盛り場でもありました。明治6年(1873年)、新政府により「浅草公園」として公園地に制定された浅草寺周辺域は、明治17年(1884年)には公園地内が6つに区分けされ、公園内での商売も区ごとに規制されるようになりました。そのうち興行場類は第六区域内に限定されることとなり、その結果、第六区(通称:六区)は、芝居小屋や見世物小屋、演芸場などが雑多にひしめき合い、浅草公園の新名所として大変なにぎわいを見せるようになりました。

幻のランドマーク「浅草十二階」の勇姿も!
「浅草公園興行場より凌雲閣を望む」(国立劇場所蔵)

この写真は、浅草公園の興行場、つまり六区の風景を写したものです。たくさんの人が行き交い、にぎわう様子がうかがえます。

画面奥には幟が立っている劇場らしき建物が、また、右側には街路樹が立ち並び、幹の間からはわずかながら池のようなものが見えることから、この写真はひょうたん池と呼ばれる大池前の通りを撮影したものだと思われます。下の地図で赤い印を付けたあたりです。

東京市編『東京案内 下』1974年、明治文献(初出:1907年、裳華房)より「浅草公園之図」(国立劇場所蔵)

さらに奥にそびえ立つのは、凌雲閣りょううんかく。当時の日本で最も高い建築物として明治23年(1890年)に開業した凌雲閣は、12階建てであったことから「浅草十二階」「十二階」という名でも知られます。日本初の電動式エレベーターの導入や、美人コンテストの開催は特に話題を集め、大正12年(1923年)の関東大震災によって倒壊するまでの33年間、浅草のランドマークとして親しまれました。

こちらの写真をGIFアニメーションにしてみると…

中央下あたりの2人組に注目しつつ全体をぼんやり見ると奥行きを感じやすいでしょうか。澄んだ空と凌雲閣のコントラストが際立ち、より鮮やかな印象を受けます。

ところで、パッと目を引く色が印象的なこちらの写真、凌雲閣が写っていることから、明治23年~大正12年の間に撮影されたものだと分かりますが、その時代の日本において、カラー写真はまだ普及していません。では、なぜ色付きの写真が残されているのでしょうか。

実は、これはカラー写真ではなく、モノクロ写真に手彩色を施したもの。主に外国人観光客の土産物として明治10~20年代に盛んに製作され、開港地・横浜を中心に発展したことから、現在では「横浜写真」とも呼ばれます。

こちらのステレオ写真の台紙裏には、横浜市の住所とともに「日本のステレオ写真協会によって毎月15日に発行」と英語で書かれており、横浜の日本実体双眼写真会という団体が発行していたステレオ写真シリーズの1枚のようです。ちなみに、台紙裏に描かれるメガネのような器具がステレオスコープ。当時の人々はこのようなビューアーを通してステレオ写真を楽しんでいたのでしょう。

「浅草公園興行場より凌雲閣を望む」台紙裏

さて、ステレオ写真を見るにはステレオスコープが必要と書きましたが、実はビューアーを使用せずに立体視する方法もあります。一般的に「平行法」「交差法」と呼ばれる方法です。最後にそれぞれのやり方を簡単にご紹介したいと思います。

まず、平行法は、右目で右側の写真を、左目で左側の写真を見る方法です。遠くを眺めるイメージで写真の奥に焦点を合わせるようにすると、2枚の写真が3枚に見えてきます。そのうち中央の1枚に意識を集中させると立体に見えるようになります。

交差法は、右目で左側の写真を、左目で右側の写真を見る方法。寄り目をするイメージで写真をぼんやり見つめていると、写真が3枚に見えてきます。クロスした視線を保ったまま真ん中の写真に焦点を合わせていくと、立体的に見えるようになります。平行法よりも比較的簡単に立体視することができる方法だとされています。

どちらもコツを掴むまで時間がかかりますが、立体視は目のトレーニングにもなるとか。ステレオ写真に写る浅草の様子を楽しみながら、立体視に挑戦してみてはいかがでしょうか。
(国立劇場調査資料課 木村紗知)

◇「美術展ナビフェス2025」に国立劇場も出展!

全国の美術館・博物館などが一堂に会し、ミュージアムグッズの魅力を発信するイベント「美術展ナビフェス2025」(読売新聞社主催)が9月8日(月)に東京・大手町のよみうり大手町小ホールで開催されます。国立劇場も今年も出展します。


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