葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》1830(文政13)年頃 大判錦絵 山種美術館[後期展示 9/2-9/28]

(ライター、構成作家:川岸 徹)

現在も多くの人々を魅了する江戸絵画。江戸時代の有名絵師が手がけた名品を紹介する展覧会「江戸の人気絵師 夢の競演 宗達から写楽、広重まで 特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵」が山種美術館で開幕した。

岩佐又兵衛《官女観菊図》が必見

重要文化財 岩佐又兵衛《官女観菊図》17世紀(江戸時代))紙本・墨画淡彩 山種美術館

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 山種美術館のコレクションは明治から現在までの近代・現代日本画が中心というイメージが強いが、実は江戸時代の所蔵品にも優れたものが多い。鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重ら“浮世絵6大絵師”による作品群、岩佐又兵衛、俵屋宗達、伊藤若冲、池大雅らスター絵師による江戸絵画。山種美術館で開幕した「江戸の人気絵師 夢の競演 宗達から写楽、広重まで 特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵」では、個性豊かな絵師が従来の型にとらわれない新しい表現に挑んだ江戸時代の名品に出会うことができる。

 出品作はいずれも名品と呼ばれるに相応しいものばかりだが、ハイライトを挙げるとなると、やはり岩佐又兵衛《官女観菊図》を推したい。《官女観菊図》は重要文化財に指定されている又兵衛の代表作で、山種美術館での公開のほか、他館の展覧会に貸し出されることもあるので「見たことがある」という人も多いだろう。だが、今回はその画力を間近で堪能できるまたとない機会だ。

 内覧会の会場で、山種美術館顧問を務める美術史家・山下裕二氏に話を聞くことができたので紹介したい。

「本展では《官女観菊図》を大きな展示ケースに収めず、壁に掛けてアクリル板越しに見られるように設置しました。絵と鑑賞者との距離はわずか10cm程度。まさに目と鼻の先の感覚で、又兵衛の繊細な表現力を堪能することができます。作品は黒一色の墨絵のように見えますが、近くで見ると唇や頬に紅がさされているのがよく分かる。さらに金泥も用いられており、画面上部と中央部に金泥が刷かれた跡を確認することができます。軽く腰を落として、下から見上げるように作品を見てください。画面中央に金泥が帯状に刷かれているのが見えるでしょう。本作が実に丁寧に仕上げられた作品であることがうかがえます」

 この《官女観菊図》は元々、福井の豪商・金谷家に伝わった押絵貼屏風、通称「金谷屏風」の1図だったもの。「金谷屏風」は又兵衛が描いた和漢の故事人物図12図を並べて貼り付けた優品で、又兵衛の代表作として知られていたが、明治時代末頃に切り離され分散してしまった。

「明治時代に撮影された写真から金谷屏風の12図を確認することができますが、写真を見る限り《官女観菊図》の出来が一番いいように思います。なぜ12図のうち1図を山種美術館の創設者である山﨑種二さんが入手することになったのか、詳細はわかっていません。おそらく売り手が、12図のうち一番いいものを、美術に関する見識と財力を持ち合わせていた種二さんに買ってほしいと声をかけたのではないか。そんなふうに、私は推察しています」

《官女観菊図》に描かれているのは、高貴な女性が御所車の中から菊が咲く風景を愉しんでいる場面。近年の研究では源氏物語「賢木(さかき)」の一場面で、伊勢に下る六条御息所の母娘をモデルにしたとする説が有力視されている。豊かな頬と長い顎を持つ「豊頬長頤(ほうきょうちょうい)」と称される女性の顔立ちと、繊細な髪の描写が又兵衛らしい。

「又兵衛は戦国武将・荒木村重の息子。だが村重は謀反を企てたとして、一族もろとも織田信長に虐殺されてしまいます。乳飲み子だった又兵衛だけが生き残り、やがて絵師として身を立てていく。そんな生い立ちのせいか、又兵衛の作品には母親への憧れが強い。その思いの象徴といえるのが髪の毛。又兵衛は“髪フェチ”といわれるくらい女性の髪の毛を丁寧に描き込みますが、《官女観菊図》ではほどよく抑制が効いていて、自然な美しさが感じられます。又兵衛が描く“髪”。これがこの作品の大きな見どころです」

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