東京・清澄白河の住宅街に佇む小さなお店『チーズのこえ』。ここは、日本で初めての北海道産ナチュラルチーズ専門店として2015年にオープンし、今年で10周年を迎えました。扱うのは、大手メーカーではなく、北海道各地で家族や小さなチームが丁寧に作る個性豊かなチーズばかり。店主の今野徹さんは北海道出身で、以前は北海道庁で酪農や畜産を担当していました。その経験から「職人はチーズを作ることに専念し、売る場所は別にあった方がいい」と考え、仲間とともに立ち上げたのがこのお店です。
店名の『チーズのこえ』には深い思いが込められています。チーズは自分で喋ることはできませんが、その背景には酪農家や獣医師、人工授精師、削蹄師、タンクローリーの運転手など、数え切れないほどの人々の力があります。一つのチーズが完成するまでに関わる多様な声を代弁し、その物語を伝えたい──そんな思いから名付けられました。
また、チーズは土地そのものを映し出す食べ物でもあります。牛が食べる草、地域特有の菌や気候、湿度や降雨量までが影響し、唯一無二の味を作り出す。だからこそ「北海道だからこそ生まれるチーズ」があり、その魅力に今野さん自身も惹き込まれていったそうです。
さて、気になるのはこの夏おすすめのチーズ。まず紹介してくれたのは【ノースプレインファーム】の「おこっぺハード」。1年以上熟成させたゴーダタイプで、草原でのびのび育った牛のミルクがベースになっています。口に含むと草の甘やかな香りが広がり、時折シャリっと旨味の結晶に出会えるのも楽しいところ。包丁でざっくり割ってそのまま食べても良し、削ってパスタにかければ料理の格をぐっと引き上げてくれます。
もう一つは【月のチーズ】の「行者ニンニクとハーブ入りクリームチーズ」。北海道や東北の山菜である行者ニンニクを練り込み、香り豊かに仕上げられています。ふわっと軽い食感で、クラッカーやパンに塗るだけで立派なフィンガーフードに。サラダや肉料理に添えても相性抜群です。輸入ものの真似ではなく、北海道らしさを追求した一品で、家庭の食卓にも気軽に取り入れられるチーズです。
「オンラインで買えないの?」とつい思ってしまいますが、『チーズのこえ』は店舗販売のみ。今野さんは「作り手の思いを顔を合わせて伝えたい」と語ります。お客さんとの対話を大切にし、好みに合わせたチーズを提案するスタイルこそ、この店ならではの魅力です。
さらに、訪れる人のお楽しみはもうひとつ。週替わりで提供される“幻のソフトクリーム”です。提携する牧場から毎週絞りたての生乳と砂糖だけを送ってもらい、イタリア製の最高級マシン「カルピジャーニ」で仕上げるソフトクリームは、驚くほど軽やかで濃厚。乳化剤も冷凍も一切なしのフレッシュな味わいに、ひと口食べたお客さんが「もう一つ!」とすぐ並び直すほどの人気です。
清澄白河といえばカフェ巡りで人気の街ですが、チーズ好きはもちろん、普段あまりチーズに詳しくない人にこそ立ち寄ってほしいお店。『チーズのこえ』で出会うのは、単なる乳製品ではなく、北海道の大地と人々の物語がぎゅっと詰まった一片のチーズなのです。