山梨県北杜市小淵沢町にある中村キース・ヘリング美術館にて、建築家の北川原温による展覧会「北川原温 時間と空間の星座」が開催されています。

同館は、20世紀の米国を代表するアーティストのひとり、キース・ヘリング(1958-1990)の絵画、立体作品をまとまった数で観覧できることで知られる私立の美術館です[*1]。敷地の自然に溶け込むような建物の設計を北川原温建築都市研究所(2025年6月にMETに改組改称)が手がけ、2007年4月に開館しました。

『TECTURE MAG』では、開幕前に開催されたプレス内覧会を取材、北川原氏と、展覧会を担当した学芸員の八木良美氏にもインタビュしました。展覧会の見どころ、同館にて同時開催中のキース・ヘリング・コレクション展のほか、周辺にある北川原建築での特別展示など、見どころが多い展覧会をレポートします。

INDEX

・北川原温氏が設計した中村キース・ヘリング美術館 ▶︎▶︎▶︎ 見る
・「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」会場写真 ▶︎▶︎▶︎ 見る
・北川原温という建築家の内宇宙を体験する展覧会(主な展示作品 / 北川原温氏プロフィール) ▶︎▶︎▶︎ 見る
・北川原温氏&学芸員インタビュー ▶︎▶︎▶︎ 見る
・「北川原温 時間と空間の星座」展 開催概要 ▶︎▶︎▶︎ 見る
・周辺の北川原建築でも関連展示開催(ホテルキーフォレスト北杜 / JR小淵沢駅) ▶︎▶︎▶︎ 見る

※展覧会フライヤーを含むトップ画像5点はいずれも中村キース・ヘリング美術館提供(本稿特記なき画像はすべてTEAM TECTURE MAG撮影)

中村キース・ヘリング美術館

中村キース・ヘリング美術館へのアプローチ

*1.中村キース・ヘリング美術館:キース・ヘリング作品を収集する実業家の中村和男氏[*2]が蒐集したコレクションを展示・公開。約300点の作品のほか、記録写真や映像、生前に制作されたグッズなど700点以上の資料を収蔵し、夭逝した作家の遺志を受け継ぐ活動なども行なっている。2017年には世界的なスタイリストとして知られるパトリシア・フィールドのコレクションである 「パトリシア・フィールド・アートコレクション」を収蔵
https://www.nakamura-haring.com/
*2.中村和男氏:ヘルスケアのさまざまな領域で事業を展開するシミックホールディングス創業者。1987年に米国ニューヨークでキース・ヘリング作品に出会ったことをきっかけに作品蒐集を開始。「闇から希望へ」というテーマのもと、北川原氏に自身のコレクションを展示する美術館の設計を依頼、協働作業で中村キース・ヘリング美術館を2007年にオープン、同館の館長を務める

北川原温氏が設計した中村キース・ヘリング美術館

〈中村キース・ヘリング美術館〉は、小淵沢の緑豊かな森の中にあります。美術館だけでなく、美術鑑賞の前後で利用できるホテルやレストランなどもあわせて構想され、現在の諸施設配置に至っています。北川原氏は土地選びの段階から参画、中村氏とともに数年をかけて美術館のテーマ「闇から希望へ」を策定。美術館に隣接したホテルや研修施設、温泉施設の設計を担当。2015年には展示室の増築も手がけています。

中村キース・ヘリング美術館

中村キース・ヘリング美術館 外観(後述する「希望」の展示室はこの屋根の下に位置している)

中村キース・ヘリング美術館

美術館の重要な要素の1つであり、北川原氏のヘリングへの解釈を具現化した「さかしまの円錐」

中村キース・ヘリング美術館

「さかしまの円錐」屋上部分(直下には「闇」の展示室へのアプローチ空間が設けられている)

中村キース・ヘリング美術館

左側は森の中の遊歩道を渡った先に、北川原氏が設計した〈ホテルキーフォレスト北杜〉がある(ホテルおよび特別展示については後述)

中村キース・ヘリング美術館

北川原氏はこれまで、1997年にオーストリア・ウィーン美術アカデミーで開催されたグループ展「村野藤吾、槇文彦、北川原温」への出展や、ギャラリーなどでの個展開催はあったものの、美術館での大規模個展はこれが初となります。

美術館では、本展と同じ会期で、先ごろ収蔵されたばかりの作品披露も兼ねたコレクション展「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」も開催中。「北川原温 時間と空間の星座」展は、ヘリングのコレクション展を進んだ先、増築して2015年にオープンした展示室での開催です。

館内順路にそって、まずはコレクション展と、北川原氏が設計した美術館の建築的見どころを紹介します(本展のテキストは、主に、メディア向けに行われたガイドツアーでの解説に基づく)。

中村キース・ヘリング美術館

「闇」の展示室へのアプローチの終着点は、前述の黒い円錐形(さかしまの円錐)の直下に位置し、”漆黒の闇”をLGBTQ、人間の尊厳や多様性を象徴するレインボカラーが照らす
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring FoundationCourtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

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「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」会場写真
中村キース・ヘリング美術館

中村キース・ヘリング美術館「闇」の展示室
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring FoundationCourtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

中村キース・ヘリング美術館

通路の先に見える壁のブルーは八ヶ岳の湧水をイメージしたもので、「闇」の展示室から「希望」の展示室に入る前には禊(みそぎ)がいるのではないかというコンセプトから
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring FoundationCourtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

中村キース・ヘリング美術館

ヘリングは、自由を求めながら、逃れられない社会のしがらみや慣習などに取り込まれ、”がんじがらめ”になっていたのではという北川原氏の解釈のもと、「闇」と「希望」の展示室のあいだには、”大きな額縁(ジャイアントフレーム)の空間が挿入されている
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring FoundationCourtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

中村キース・ヘリング美術館

中村キース・ヘリング美術館で最も大きな「希望」の展示室
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring FoundationCourtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

中村キース・ヘリング美術館

画面右手奥に北川原温展の会場がある
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring FoundationCourtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

中村キース・ヘリング美術館

「北川原温 時間と空間の星座」展 プロローグエリア
奥の階段は前述の屋上に接続

中村キース・ヘリング美術館

美術館 屋上

中村キース・ヘリング美術館

北川原温展を抜けた中庭に設置された〈無題(アーチ状の黄色いフィギュア)〉は、ミュージアムショップがあるエントランス側からもアクセス可能
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring FoundationCourtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

 

中村キース・ヘリング美術館のめざすもの

わずか31年という短い生涯にすべてを表現し、希望と夢を残していった80年アメリカを代表するアーティスト、キース・ヘリング。 中村キース・ヘリング美術館は、館長中村和男が蒐集したキース・ヘリングコレクションを公開するだけでなく、アートを通して社会に問題提起を行い続けたアーティスト、キース・ヘリングの作品と遺志を引き継いだ活動を行うことを目標にしています。
八ヶ岳の美しい自然の中で静かにヘリングの作品と向き合い、そのエネルギーを感じるとともに、現代を生きる私たちにとってリアルな課題であるHIV・エイズや感染症のこと、SDGsやLGBTQ+コミュニティに関すること、平等と平和について、ともに考えられる美術館を目指します。
私たちは、それを現在的な社会問題を提起し続けるインクルーシブな新時代の美術館と呼んでいます。(同館ファクトシートより)

 

開催中の展覧会「Keith Haring: Arching Lines 人をつなぐアーチ」展 詳細(2026年5月17日まで)
https://www.nakamura-haring.com/exhibition/14550/

中村キース・ヘリング美術館

八ヶ岳の荒々しい山肌といった自然の要素が増築時に新たに取り入れられ、本展ではこの要素を「衝突する壁」と呼んでいる

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北川原温という建築家の内宇宙を体験する展覧会

「北川原温 時間と空間の星座」展は、増築して2015年にオープンした、美術館最深部の展示室で開催されています。

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

「北川原温 時間と空間の星座」展 プロローグエリア

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

北川原温展を読み解くとっかかりとなる6つのキーワードと、中村キース・ヘリング美術館の建築空間との関係性を示す図

本展は、北川原温というひとりの建築家が内包する宇宙の一部を、インスタレーションのようにして提示しているのが特徴です。
プロローグとなる通路の片側には、本展を読み解く手がかりとなる数々のワードが壁いっぱいに掲示されています。本展開催にあたって抽出されたもので、建築だけでなく、文学や詩、現代美術、自然科学や哲学、音楽などを背景としたワードが見られます。これらは〈中村キース・ヘリング美術館〉というひとつの星座を軸としてその周辺に散見されるもので、この外側にはさらに膨大なソースからなる宇宙が広がっているとのこと。

このうちゴールドの6つの文字(さかしまの円錐、闇、ジャイアントフレーム、自然、希望、衝突する壁)が、〈中村キース・ヘリング美術館〉における重要なワードとして挙げられています。これらを結ぶと空間と時間を超越した”星座”が浮かび上がり、来場者は北川原氏が建築を生み出すプロセスを辿っていくことができるという趣向です。

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

本展のために抽出された、中村キース・ヘリング美術館を軸としたワードの数々

「大学の建築教育ではロジックや合理性を教え込まれるから、論理を重視しがちです。でも『美しさ』は言葉で説明できず、直感的に右脳が働きかけてくる。文化や歴史、哲学や文学まで踏み込まないと、面白い建築はできないと思っています。」(北川原温)

 

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

ゴールドで表記されている「闇」や「さかしまの円錐」など6つのワードが、中村キース・ヘリング美術館にとって重要な要素とされる

会場内には、北川原氏が設計して竣工した建築の構想段階のスケッチや模型などが展示しているほか、自身の記憶を示すものとして、古い写真や若い頃に影響を受けた書籍など、多様な資料が並び、いわゆる建築展とは異なる様相を呈しています。

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

中村キース・ヘリング美術館 敷地模型(手前:美術館と同じく北川原氏が設計したホテルキーフォレスト北杜 / 詳細後述)

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

「北川原温 時間と空間の星座」展 会場風景

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

「北川原温 時間と空間の星座」展 会場風景

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

「北川原温 時間と空間の星座」展 会場風景

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

「北川原温 時間と空間の星座」展 会場風景

 

主な展示作品
中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

北川原温〈ヴィラ・マラルメ〉コンセプトモデル(1991年) ※作品画像提供:中村キース・ヘリング美術館

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

北川原温〈マラルメの庭と家〉(部分、制作年不詳) ※作品画像提供:中村キース・ヘリング美術館

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

北川原温〈アリア〉ドローイング(1994年) ※作品画像提供:中村キース・ヘリング美術館

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

北川原温氏による、中村キース・ヘリング美術館ドローイング(左右とも、2000年代) ※作品画像提供:中村キース・ヘリング美術館

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

蝶の標本箱(1950年代) ※作品画像提供:中村キース・ヘリング美術館

北川原温氏プロフィール
北川原温 / ATSUSHI KITAGAWARA

北川原温氏 近影(提供:中村キース・ヘリング美術館)

建築家、METフェロー(2025年6月に北川原温建築都市研究所より改組改称)
1951年長野県千曲市出身、長野県飯田高校から東京藝術大学に進学、同大学院修了。
1978年に〈ナジャの家〉でデビュー。グッドデザイン賞金賞を受賞した山梨県の工業団地〈アリア〉の都市計画・ランドスケープ・建築のトータルデザインや、2011年3月に発生した東日本大震災で福島県内では最大規模の避難場所となった国際コンベンションホール〈ビッグパレットふくしま〉など、公・民を問わず数多くの施設の設計に携わる。2019年3月まで東京藝術大学で教鞭を執り、学生たちとともに「劇場型都市計画」などの研究に従事。2019年3月に退官、現・同大学名誉教授
主な受賞に、日本建築学会賞[作品](2000年、ビッグパレットふくしま)、BCS賞(2002年、岐阜県立森林文化アカデミー|2011年、長野県稲荷山養護学校)などがあり、〈中村キース・ヘリング美術館〉は、2007年山梨県建築文化賞、2008年村野藤吾賞、同年AIA(米国建築家協会)Japan Design Awards、2009年日本建築家協会日本建築大賞、2010年第66回日本芸術院賞など国内外で受賞多数
2017年には、フランス・パリのポンピドゥーセンターに北川原氏のドローイング23点と模型4点が収蔵されている

「画家はひとりでも絵を描き上げることができるが、建築家はそうはいきません。まず設計をしなさいと頼んでくれる施主さんがいないと始まりません。この美術館がそうでした。プロジェクトが始まったあとも、事務所スタッフたちとの実施設計、各種法規との照合、構造計算や設備設計など、大勢の技術者がいないと建築は完成しません。今回の展覧会も、スタッフの皆が頑張って仕上げてくれました。本日この小淵沢まで足を運んでくださったみなさん、本展開催にご協力いただいた関係各位、館長の中村さんに感謝申し上げます」(レセプション冒頭、北川原氏の挨拶より)

 

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

〈ヴィラ・マラルメ〉コンセプトモデル、蝶の標本箱と並んで、2015年ミラノ万博で北川原氏が設計した日本館の〈木組みインフィニティ〉模型も展示されている

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

北川原氏の生家である長野の古民家のモノクロ写真も展示されている。大きな茅葺き屋根を支える梁の奥の暗闇になにかが潜んでいるのではないかという幼少期の記憶が、約半世紀後に中村キース・ヘリング美術館を設計するうえでの重要なキーワードとなった「闇」ともリンクする

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

北川原氏の代表作のひとつ、東京・渋谷〈RISE(ライズ)〉の金属ドレープを撮影した写真など

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

「”さかしまの円錐”がこの美術館にある背景には、キース・ヘリングは社会に対してさまざまな疑問を持ち、ゆえに社会の闇にも気づいていたのではないかとする、北川原氏の解釈に由来します。円錐は西洋の知的構築を象徴した形状で、それを倒立させた”さかしまの円錐”の中を、来館者は知らず知らずの中に通り抜け、「闇の展示室」に入るというストーリーになっているのです。」(学芸員 八木氏によるプレスツアーより)

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

会場風景

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

中村キース・ヘリング美術館 初期段階の設計資料(縄文土器は北杜市内から出土したもの)

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

中村キース・ヘリング美術館 構想初期の全体模型、さまざまなかたち計画地に分散した分棟型での提案

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」展

中村キース・ヘリング美術館の構想段階から竣工、現在に至る過程を時系列に伝える最後の展示室

北川原氏と中村和男氏の出会いは、開館の5年前、2002年に遡ります。プロジェクトの候補地選びにも同行し、2003年に美術館のほか、レストラン、温泉施設などを含む「小淵沢プロジェクト」として始動しました。その後、両者は対話を重ね、「闇から希望へ」というテーマを創出。現在の「闇」「ジャイアントフレーム」「希望」の展示室からなる構成へと収斂していきました。
2013年に始まった美術館の増築計画にあわせ、美術館の西側に研修施設(現在のヴィラ・キーフォレスト)、県道沿いの敷地にホテル(ホテルキーフォレスト北杜)が北川原氏が設計を担当して竣工。美術館も、中庭と本展会場である展示室が新設され、現在に至っています。

これらの各施設のつらなりは、キース・ヘリング作品の公開だけにとどまらない、中村和男氏の思想が浮かび上がる星座であり、これも「時間と空間の星座」と言えるでしょう。

「北川原温 時間と空間の星座」展

「北川原温 時間と空間の星座」展 展示の最後にある北川原氏からのメッセージ

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北川原温氏&学芸員インタビュー

プレス内覧会にあわせて開催されたレセプション終了後、『TECTURE MAG』では、出展者である北川原氏と、本展を担当した学芸員の八木良美氏にそれぞれインタビューを行いました。

中村キース・ヘリング美術館「北川原温 時間と空間の星座」

美術館が新たに収蔵したヘリングの大型彫刻作品〈無題(アーチ状の黄色いフィギュア)〉を前に挨拶する北川原氏(左の人物)と館長の中村氏
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring FoundationCourtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

——この中庭は、背後に見える「衝突する壁」とともに、2015年に増築された部分とのこと。どういった意図でつくられたのでしょうか。

北川原温:ここはね、パフォーマンスができる広場なんですよ。段差をつけたところが客席にもなる。今回の展覧会は会期が約1年と長いから、その間になにかパフォーマンスができるといいなぁと思っています。やってほしい作家さんもいるのですが、なにもまだ決まっていません。

——決まってないけれども、構想を教えていただけますか。

北川原温:ひとりは中谷芙二子(なかや ふじこ)さんです。かれこれ40年ほどのおつきあいになります。中谷さんは、今年の2月にタイで「Khao Yai Fog Forest」というプロジェクトが完成したばかりで、ぼくたちMETと現地アーキテクトがランドスケープデザインを担当しました。5haくらいある広大な森に、中谷さんの霧がブワーッと広がって、壮観でした。

——実現を期待しています。それにしても、美術館での展覧会が初めてとは意外でした。

北川原温:自分の建築を展示するなんて、恥ずかしかったので(笑)。

——会場構成がとてもユニークでした。建築写真はあっても小さな額に収まり、建築とは無関係そうなモノもあって、蝶の標本のような小箱に収まっていました。キャプションも少なく、これら多彩な情報の散らばりから結ぶ星座は見る者に委ねられています。

北川原温:今回の展示構成は、ぼくとMETの高須賀 琳くん、そして学芸員の八木さんとのディスカッションの積み重ねできあがっています。蝶の標本箱のような展示アイデアも、そこで出たものです。ぼくからは「こういうドローイングがあるよ」とか「こちらの模型のほうがいいかも」といった助言を挟んだり、あまり説明的なテキストは添えたくないという希望をいくつか出して、反映してもらっています。

——その会場に「ぼくは、建築物を作品だとは考えていません」というテキストがありました。しかし一方では作家性に重きを置きたい建築家もいます。北川原さんの1世代前の方々はその傾向が見られますし、また昨今、美術館をはじめとする公共建築のプロポーザルでは、設計条件に「地域に寄り添い、開くこと」が盛り込まれ、作家性をうちだしにくい状況にあるといえます。今年、ブンガネットさんとの共催で、みなさんの投票で1位を決する「みんなの建築大賞」第2回を実施したのですが、大賞受賞作品を設計した伊東豊雄さんが、各賞発表・授与式終了後の囲み取材で、「個人的には、建築家として”強い建築”をつくりたい」という思いを吐露されたのです。

北川原温:今年刊行された伊東さんの著作を読んでまして、その気持ちは理解できます。個性のない建築ではなく、その人しかつくれない建築をつくることが、建築家としてのレゾンデートル(存在意義)なのだろうと思います。
今の問いのなかで出た「みんなの建築大賞」でぼくが思うのは、あれはもっと若い人にあげたらいいよね。それと、数が多いからその意見がいちばんいいのかどうか。たった1人の意見がすごく貴重で重要かもしれない。そういうことに気づかないといけない時代ではないでしょうか。
その点、画家はアトリエでひとりキャンバスに向かって絵が描ける。話は少し変わるけれども、31歳で夭逝したキース・ヘリングがもし、今でも生きていたら、どこにアトリエを構えただろうかとずっと考えています。ぼくは、地中海だと思うんです。先日、所用で行ったイタリアの港町のカフェで、曇り空で海との境がない日本画のような地中海を眺めながら、確信しました。地中海は、アルベール・カミュミやジャン・ジャック・ゴダールにも影響をあたえたところなんです。もっと詳しく説明すると30分はかかるのでやめておきます(笑)。

八木良美:美術や音楽、文学にも造詣が深い、北川原温さんの展覧会として、北川原温を1人のアーティストとして、その展示物もアートとして捉え、会場を構成しています。この展示物とテキストが混ざり合う、全体で大きなインスタレーションのようになっています。ポエティックなテキストと、そこから生まれるストーリー性を失わないようにしつつ、展覧会としてどのように伝えたらいいのか、北川原さんと高須賀さん、そして私たちとで議論を重ね、ひとりの建築家の内宇宙の表現と創作の源泉まで掘り下げることを試みました。展示同士の関係性を辿り、像を結んでほしい。展示しきれなかった建築写真や資料もあり、今年11月に刊行するカタログに収録する予定です。楽しみにお待ちください。 [了]

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「北川原温 時間と空間の星座」展 開催概要

会期:2025年6月7日(土)〜2026年5月17日(日)
会場:中村キース・ヘリング美術館
所在地:山梨県北杜市小淵沢町10249-7(Google Map)
開館時間:9:00-17:00(最終入館16:30)
観覧料:大人 1,500円、16歳以上の学生(学生証の提示要)800円、障害者手帳の提示で本人および付き添い1名まで600円、15歳以下無料

「北川原温 時間と空間の星座」展 フライヤー

本展詳細
https://www.nakamura-haring.com/exhibition/13607 

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周辺の北川原建築でも関連展示開催

中村キース・ヘリング美術館での展覧会「北川原温 時間と空間の星座」にあわせ、隣接するホテル「キーフォレスト北杜」と、施設最寄りのJR小淵沢駅でも関連展示が行われています。両施設とも、北川原氏の設計によるものです(北杜市内には北川原作品はモニュメントを含めて6つある)。
プレス内覧会では、この2施設での展示も報道陣に先行公開されました。

ホテルキーフォレスト北杜
ホテルキーフォレスト北杜

ホテルキーフォレスト北杜 美術館とのあいだに整備されている小径からの見上げ
敷地一帯には高地特有の植生が残されており、ホテルの建設に際しても既存の樹木の伐採回避を優先して、直前で図面が変更されたとのこと

美術館に隣接する〈ホテルキーフォレスト北杜〉は2015年のオープン。美術館での「北川原温 時間と空間の星座」展にあわせ、1階ロビーに小淵沢に関連するプロジェクトの模型や資料のほか、写真家とのコラボレーション作品が2階以上の客室フロアに展示されています(注.宿泊利用者以外の展示観覧可能フロアは1階ロビーのみ / 11:00-17:00)。

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

ホテルキーフォレスト北杜 県道側外観

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

注.宿泊利用者以外の展示観覧可能フロアは1階ロビーのみ(11:00-17:00)

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

1階ラウンジでの特別展示 「風景を的確に切り取っている」と美術館館長の中村氏が評した窓の位置や形状、北川原氏がデザインした〈MIRVA / ミルヴァ〉などこのホテルのために選んだ家具類も見どころ

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

水をテーマにしたコンセプトモデル。覗き込むと、水が揺れ動いている

「北川原温 時間と空間の星座」展 関連展示 / ホテルキーフォレスト北杜

会場風景画像提供:中村キース・ヘリング美術館 Photo: toha

〈ホテルキーフォレスト北杜〉館内には北川原氏がデザインした香炉から氏が選んだ香りがほのかに漂い、バーでは期間限定メニューも用意されています(注. 展示およびメニューの一部は宿泊利用者限定の場合あり)。美術館での展示とあわせて、建築家の奥底に流れる思考の流れや、竣工に至るまでのプロセスを、視覚と感性の両面から体験してほしいという特別展示となります。

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

1階 ロビーからラウンジ、奥のバーへと続く空間

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

ホテル宿泊利用者に限り、客室フロア(2-3階)で展示中の写真作品の鑑賞と、屋上からの眺めを享受できる

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

2-3階の客室フロアでは、写真家の大野 繁氏と稲越功一氏の作品が展示されている(注.2階以上は宿泊利用者のみ立ち入りが可能)

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

山梨県甲府市にて北川原氏が設計した〈アリア〉の第一期(1992-1994年)の建設過程を撮影した、写真家の稲越功一氏による一連の写真作品の展示

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

ホテルキーフォレスト北杜 館内

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

ホテルキーフォレスト北杜 屋上フロア(注.宿泊利用者のみ利用可能)

「北川原温 時間と空間の星座」展 関連展示 / ホテルキーフォレスト北杜

手前:エントランスに置かれた展示リスト
左奥の壁に掛けられた金色のオブジェは、東京・淡路町に1991年に竣工したビル〈メトロツアー〉に置く家具のためのコンセプトモデル

ホテルキーフォレスト北杜 / HOTEL KEYFOREST HOKUTO

ホテルキーフォレスト北杜 夜間外観(提供:中村キース・ヘリング美術館)

会場所在地:山梨県北杜市小淵沢町10248-16(Google Map)
見学可能時間(宿泊利用者を除く):11:00-17:00
注1.宿泊者以外は1Fロビーのみ見学可能
注2.美術館駐車場はホテルキーフォレスト北杜と共通(宿泊予定者を優先)

 

JR小淵沢駅 2階交流スペース
JR小淵沢駅 外観

JR小淵沢駅舎(外観画像提供:中村キース・ヘリング美術館)

JR小淵沢駅 駅前広場

JR小淵沢駅 駅前広場

JR小淵沢駅 外観

駅舎 見上げ

JR小淵沢駅 2階交流スペース 特別展示

JR小淵沢駅 2階交流スペース(会場風景画像提供:中村キース・ヘリング美術館 Photo: toha)
北杜市内に6つ点在する北川原建築の魅力を伝える展示

所在地:山梨県北杜市小淵沢町1024(Google Map)
注.駅付近に市営駐車場あり

主催:中村キース・ヘリング美術館
特別協力:MET(旧北川原温建築都市研究所)
協賛:シミックホールディングス、印傳屋上原勇七
協力:北杜市考古資料館
後援:山梨県、山梨県教育委員会、北杜市、北杜市教育委員会、一般社団法人北杜市観光協会

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Photo: TEAM TECTURE MAG (Naoko Endo) ※中村キース・ヘリング美術館提供画像を除く
Text: Naoko Endo

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