2025年8月19日更新

2025年8月22日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

正義なき軍政時代の“忘れられた敗者たち”が、未来の正義と幸福を問いかける

この10年ほどで見渡すと、自国の現代史を題材にした劇映画を最も積極的に作っているのは韓国だろう。何しろ、日本公開作を数えるだけでも10本以上あるのだ。2023年製作「ソウルの春」が韓国の観客動員数と興行収入で歴代10位以内に入るなど、同ジャンルの人気の高さもうかがえる。

「大統領暗殺裁判 16日間の真実」もまた、そうしたジャンルの1本。2019年製作の「KCIA 南山の部長たち」が1979年10月26日に朴正煕大統領が中央情報部部長キム・ジェギュに暗殺された事件を、そして「ソウルの春」が同年12月12日に当時国軍保安司令官の全斗煥が起こした粛軍クーデターを、それぞれ創作を加え人物名を架空のものに変えて描いたが、この最新作は1979年の2つの歴史的大事件の間に進行した裁判を扱う。先述の2作品の橋渡しをする内容と言ってもいい。

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邦題が示す通り、朴大統領暗殺の実行犯らを裁く法廷が題材ではあるが、被告側のメイン、いわば第2の主人公を主犯のKCIA部長ではなく、随行秘書官で軍属のパク・テジュに据えたのが第1のユニークな点。そのパク・テジュの弁護を引き受けることになる若手弁護士チョン・インフが主人公で、この創作されたキャラクターが登場する時点では理想に燃える正義漢でもなく、「裁判は善悪を決める場ではなく勝敗を決める場」が持論であり、勝訴のためなら嘘もつくと豪語する上昇志向強めの現実主義者なのが第2のユニークなポイントだ。

他の被告たちには三審制が適用されるなか、唯一の軍属であるパク・テジュは一審制の軍法裁判にかけられる。どうにか極刑だけは回避したいチョン・インフは、証言内容を変えるなどあの手この手のアドバイスを被告に提案するが、軍人としての矜持にこだわるパク・テジュは聞き入れない。たとえ死刑を宣告される可能性が高くとも信念を曲げないパク・テジュの凛とした姿勢に感化され、なりふり構わず被告の命を救おうと奔走するようになる弁護士を、2019年製作のサバイバルパニック「EXIT」でも主演したチョ・ジョンソクが熱演。一方、軍人としてほぼ全編で厳しい表情を保ちながらも、最後まで諦めないチョン・インフを見直し、わずかに人間らしい素顔を見せるようになるパク・テジュを、「パラサイト 半地下の家族」では豪邸の主のIT社長に扮したイ・ソンギュンが重厚に演じた。なおイ・ソンギュンは悲しいことに2023年12月に亡くなっており、本作が遺作となる。

保安司令官・全斗煥をモデルにしたチョン・サンドゥには、2021年製作「キングメーカー 大統領を作った男」でもイ・ソンギュンと共演していたユ・ジェミョン。カメレオン俳優としても知られ、作品ごとに役の印象がまるで違うが、今作のチョン・サンドゥは合同捜査団長の立場で裁判の進行を裏で操るフィクサーでもあり、蛇のように冷酷な目と薄ら笑いがとにかく強烈だ。

チュ・チャンミン監督はイ・ビョンホン主演の時代劇「王になった男」が代表作だが、シニア世代4人の愛と交流を描いたヒューマンドラマ「拝啓、愛しています」、ダム湖のほとりの村で少女を轢(ひ)いてしまった男に少女の父親が復讐を仕掛けるサスペンス「七年の夜」といった具合に、さまざまなジャンルを器用にこなす印象。「大統領暗殺裁判 16日間の真実」の撮影では20世紀半ばに使われ始めたアナモルフィックレンズを採用して味わい深い映像ルックと時代感を実現しつつ、的確な演出で俳優らの緊張感に満ちたアンサンブル演技を引き出している。

本作の英題は「Land of Happiness」(幸福の国)で、韓国語の原題も同じ意味。過去の失敗から学ぶことで、将来韓国が幸福の地になることを願ってつけたと監督がインタビューで明かしている。正義や公正さや命の尊厳が簡単に踏みにじられる軍事政権下、はじめから負けが決まっている絶望的な闘いにおいて、それでも自らの信念を貫いた勇気ある人々を記憶に留める試みだ。そして、現代の私たちは真摯に正義と幸福に向き合っているか、未来に実現することはできるのかと問いかけてくる映画でもある。

(高森郁哉)

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