特別寄稿 東京大学大学院人文社会系研究科教授 鈴木淳今につながる日本史 完全版6
『今につながる日本史 完全版 6』は、長年新聞記者を務めた丸山淳一氏が「読売新聞オンライン」で2022年4月から11月までに発表した20話を収める。この時期に放映されていた大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にかかわるものが3話あるが、テーマは多彩だ。ロシアのウクライナ侵攻の行方を大坂夏の陣から考え(104話)、河井継之助で同国のゼレンスキー大統領を想起させ(107話)、では安倍元首相の暗殺から戦前の首相経験者の暗殺に論及し(109話)、その国葬での菅総理の弔辞が触れた伊藤博文を偲ぶ山県有朋の短歌の背景を論じる(116話)など、時々の話題に引き付けた歴史叙述が展開される。
実証史学の研究者である評者からすれば、さすがに100話を超えると持ちネタが尽きて大変ではないか、などと考えるのだが、楽しく読まされ、杞憂と悟った。毎回研究者の名前や参考文献が挙げられることに示されるように、丸山氏は自身の知見、記憶だけに頼るのではなく、旺盛な知的好奇心と取材力で、新たに調べて書いている。
関東大震災で上野駅に集まった避難民(『東京震災録』東京都立図書館蔵)
関東大震災を扱った113話で拙著が参考文献になっているからというわけではないが、丸山氏が挙げる参考文献は、歴史研究者の目から見て、大変適切である。学生の下手なレポートのように読んだ文献を全て並べるのではなく、読み比べて説得力があると見極めた説を一つに限らず紹介し、自身の見解を述べる。そして、紹介した説の、最新の、あるいは代表的な文献を参考文献として示すのである。
「歴史家・加来耕三さんが語る「歴史を学ぶ醍醐味」(110話)の中で、丸山氏は「今の歴史学者は細かいところを学問の世界でやっていて、歴史のストーリーに背を向けているように見えます」と指摘している。多くの人にとって魅力的な歴史叙述ができていない、ということであろう。
重野安繹(国立国会図書館蔵)
近代の学問としての歴史学は、帝大国史学の初代教授・重野(しげの)安繹(やすつぐ)(1827~1910)が、明治維新の原動力になった勤王の士をたたえる歴史叙述ではなく、史料に基づいて実際を伝える実証史学こそが学問であると唱えてからはじまった。昭和戦前期には東京帝国大学でも皇国史観が唱えられ、戦後にはマルクス主義に基づく歴史解釈が流行したが、この間にも「官学アカデミズム史学」などと呼ばれながら実証史学の伝統も維持され、評者もその末にいる。
重野は、実際を伝えれば、自然と世の中の勧善懲悪や人間の生き方の教育に役立つと唱えた。しかし、「実際を伝える」ことは簡単ではない。研究者が社会に向けて直接発信し、少なからぬ人々に歓迎されたのは、皇国史観やマルクス主義のように、わかりやすい「真理」を語った場合が多かった。
丸山氏の質問への加来氏の答えにある通り、一般のビジネスの世界を知らない研究者が、その世界で生きる人々に有益な形で成果を提供することは難しい。もちろん、現在でも、多くの方々が思い浮かべる歴史研究者がいるように、個人的に優れた発信力を持つ研究者は確かにいる。しかし、私も含め、多くの研究者は人々の知的好奇心に答え、あるいは柔軟な思考の参考となるようなことを発見したり、魅力的な叙述でそれを提示したりすることができていないのかもしれない。
また、情報があふれ、読書に充てる時間が少なくなっている現在、多く蓄積されて来た歴史研究者の著述が、その情報を求めている人の目に入る可能性は低い。一方で、IT(情報技術)の進展につれて、偏った情報におぼれがちの人々もいると聞く。
日本は、狭い国土で歴史を重ね、近代の産業・社会・軍事の歴史も長く、それらについて研究の蓄積も多い。このような歴史を持つこと自体が日本の強みだが、それを強みにするためには歴史研究だけではなく、広い視野を持った歴史叙述が必要になる。この本のように、歴史研究の成果を目利きして、信頼できる叙述を続ける意義は大きいと考える。
プロフィル
鈴木 淳氏(
すずき・じゅん
)
1962年生まれ。専攻は日本近代史、特に明治時代の社会経済史。政府の中央防災会議「災害教訓の継承に関する専門調査会」委員として、関東大震災の人々の動きを検証し、教訓をまとめた報告書(第2編)の主査を務めた。著書に『関東大震災 消防・医療・ボランティアから検証する』(講談社学術文庫)、『シリーズ日本の近代 新技術の社会誌』(中公文庫)、『維新の構想と展開 日本の歴史20』(講談社学術文庫)など。
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