#296【伝説の横浜決戦】有田が『8.8猪木vs藤波』世代交代を懸けた師弟対決を熱く考察!!【プロレス史に刻まれた日】
試合ですいません。てならぬよ残した悪魔のスタをな。お前ありただろう。有田平のプロレス話。お前有あり田だろ。 よろしくお願いします。 よろしくお願いいたします。さあ、今回は質問をいただいてまして 答えでいただきたいなと思います。 あ、視聴者さんからの はい。 えっと、じゃあ、ま、視聴者のこれ送ってくれた方の名前を、えっと、え、前川いやいや、前川、え、 どこが視聴者なんだよ。 あの日1 回も見たことねえんだから。ここにいながらして 1 回も見たこと斬新やわ。そんなディレクターいるかね。 ただのドラなスタッフってだけ。 でもね、多分ね、自分がじられてる回は見てると思うんですよ。あの、チェ会とかサイン会の時であれはなんかニヤニヤして見てそうな。 まあまあでも質問があるってことはね、プロレスに対しての興味があるってことだから別に悪くはないんですけども。 はい。そもそも全く興味ない方でしたったんですって。 んですか? 前川後半さんからの質問です。今回の動画の配信日が 8 月7日予定です。 うん。 どんな配信がいいか考えていたのですが、 1988年の8月8 日に横浜文化大育館でアントニオ猪木サ藤波辰の名勝負があったという資料を発見しました。 僕はこれだと思いました。 うん。 数年前にやったこの名勝負を語ってもらうには持ってこいの日だと考えました。 どんな背景があり、どんな名勝負だったのか教えてください。 おお。 これ高頭で言えへんかった。 いや、言えでだし別に前川ファならではの質問って感じでもないけどね。 ないですね。なんか無難に起きに入った感じ。 起きにめっちゃ起きに入った感じだよ。 無難に。ま、それみんな興味あります。 みんな知りたいのは知りたいですし、知らん人は何なんだろうそれっていうのを私知ってる人からしたらああ、もう 1回聞きたいはあるでしょうけど。 いや、そう、名称部というか、ま、その歴史の中にはここの日は必ず出てきますよ、もちろん。 はい。はい。うん。 ま、その徴軍団が、え、抜けて、あの、全日本プロスに行ってしまって、で、前田キラーのわゆる UFも はい。 そう、その時期だよね。 うん。抜けて うん。 で、とにかく新日本ロスには誰もいなくなってしまったんすよ。 本当スーパーストロングマシンをだ、それで作、マシン軍団を作ってとか海賊男だなんだとか、ま、海賊男は先方とこか忘れましたけど、ま、とにかくそうやって ライバルみたいなのがいなくなって唯一残ったのが藤波さん。 ま、ちょっと選手層が薄くなって選手不足っていう薄で色々手をえ、しナ岡へやるんですね。そん中にほら、たけしプロレス軍団っていうのが 出てきて、それも企画で持ってくるでしょ。 で、たけプロレス軍団、ま、要は集軍団も戻っては来てるんですよね。 で、たけしプロレス軍団とちょっと同時期だったじゃないですか。 で、1980、そ、80何年?8 年、8 年ね、87 年の新日本アントニオ猪きっていうのやったぐらいですから。これ、 だからとにかく猪木さんが、え、どんどんこう堕落していくというか はいはいはいはい。 TPG でたけしプロレス軍団でむちゃくちゃ暴道が大きい、 正斎藤の事件で暴道が大きい、 プライベートも色あったりと岩流島とかありましたけど。 で、それでベーダーというスーパースター選手は残ったんですけども、そのベイダーと木さんがやるんだけども、ま、その昔ほどの 納得の行く 試合じゃない。だからじゃあベーダーに立ち向かうの新しいそのスターみたいなのが出てくるかっつったらそれも出てこずやっぱり猪木さんが出てくる。結局猪木さんが立ち向かう。 何かあったら猪木さんがエースと立ち向かうっていうこの構図に やっぱりストップをかけたいって言ったの。 のが何を隠そ藤さん。 うん。 いつまでこんな時代が続くんですか?沖縄でね。 直属の弟子ですもんね。 はい。ま、いわゆる比革命ってやつですけども、こんな時代にこんな、こんなのがいつまで続くんですか?だったらてめでやれみたいなあのあれでしょ?自分の前髪をちょっと切ったっていうね。 はい。 ドラゴンカット。 ドラゴンカット。丸じゃない。前髪を整えた。 伝説のドラゴンカットを。 ま、そこら辺の面白は一旦置いといて。お面白は置いといて。 沖縄の その地方工業の ののところのそ、ま、テレビは入ってたのか一応で 藤浪さんが急に之木さんに ま、 ま、下告場をするというか 俺にやらせてくじゃあやれとなったんですけど藤さんがすぐ怪我をしたのかな。 そこもまただま、ちょっとあれ腰でやっちゃったりとかして、 ま、そんなんでとにかく猪木さんいつまで猪木さんをトップにしてやってんだ。 要は向こうの団体ではもう釣れた天流がトップになってるとか いう状況の中 イき頼みが長かったわけですもんね、ずっと。 うん。 で、87 年ですから前田明ラブームでしょ。 前の年 いぱUF ブームですよね。そん時はね。時代背景としては。だからもうその世代がトップ取ってんですよ。 うん。うん。うん。 の時につまで猪木さん木さんって言ってんだってことでそのムードがじわじわじわじわじわって 4月ぐらいからわーっとなっていくので はいはいはい。 猪木さんはもう、猪木さんもそこら辺は意愛意図的かなんかどうか分かりませんけど はい。 その藤波辰と井アントニオ猪きというこの指定決を持ってうん。 引退しそうだなっていう うん。うん。うん。 ムードが漂ったんですよ。 プロレスファンの間ではこれはそろそろも はい。 もう最後じゃないかみたいな。 そう。はい。 別に言ってないです。 誰が言ったわけじゃないけど、多分木さんは藤浪波浪というこの解釈人が出てきたことによってうん。 もうあの人やっぱり強いrawきで絶対いたいだろうから。 はい。はい。はい。はい。 いつまでもあのいわゆるバさんのようなあの象徴として残ることはないだろうから多分木さんは藤波さんに破れて引退するのかな。 て、しかも藤さんも初めて自分で木さんに喧嘩売って、今まで喧嘩売ってた、売られたやつを買ってた。 藤さんが うん。うん。 自分から自らね、比流革命ってやってたので、多分これはその不石だな うん。っ てなりで、その横浜文化大体大会館でもこれこれがそこん時がそのでかい会場じゃなかったのもすごいんですけど、横浜文化大館っていう そうか。そんな なんかあ、取れなかったんだっけ?なんか 両国とかそういうこと 両国はだから今使えなかったもんね。 ああ、そっか。そ、 あの暴道で ああ、そっか、そっか。そ、そ、 あん時の あのTPGあの そうです。そうです。そうです。 ベイダーで来ての時ですよ。 だから横浜しかなかったのかもしんないけどで、それで 組まれたんですよね。 で、ま、なんとなくそのムドがあり、テレビ 中継もそこでこれはそれっぽいよという雰囲気でその時やめてた 古立一郎さんを はいはい もう1回呼び戻してス スペシャルマッチもしかしたら今木選手の最後の試合になるかもしれんぐらいの だからそれは古田さんが昔ポギストにちょっとゲストで来た時に はい 聞いたんですよ。 あれはやっぱり引退だと思ってきたんです。そうですと。おお。 だってやっぱりそうじゃなければ 1回やめてんですから。 もう自分はプロレスの実況はここでやめますって言ってやめて F1とこにやられてう 1回戻るっていうのはもう それだからっていうことで うん。 それでしたら言って 1回戻って1試合だけ。 ま、普通の試合では戻らないですね。 戻らない。戻らないです。多分これは猪木藤波浪。 ここで藤波がもしも猪木に勝つようなことがあったら引退っていうことだと思ってたんですよね。 うん。 で、一応受けて受けたんですけど結局それが 首に首に首の果て フルタイム っていうね、真夏の60 分フルタイム。しかも横浜文化大体大館ってそのなんか空調空調もあんまり聞いてなかったっていう噂ですよね。僕はそん時の予感文化大会行ったことないと思うんですけど。 夏やから。 そうなのよ。 もエアコンもあんま聞いてないけどきつい 聞て中で60 分フルタイムっていうね。もうどっちも引かずとでやっぱりそれで結局いい名職だったってことで腰中と長州出てきて片車したやつですよね。 ああ。 でなんかこう徴州も敵だったわけですから はい。 だけど敵である長州が今木さんを片車してで、ま、藤さんのこう後輩のこさんがこうだからこれなんかああってなんか泣きながらこうね うん。 やってましたから 引退の噂はあったけど結局このタイミングでは引退せずに 何事もなかったかのように 出たんですよ。ま、もちろん一言も言ってないんで別に引退するとはね。 で、て本当あんな名処防やってるわけですから、ま、別に引退しないことに対してふざけんじゃねえよっていうこともなかったはなかったんですけどもね。 じゃ、その分隊の雰囲気もそういう感じでもなかったよういい試合でやったなみたいなお客さんの雰囲気は うん。まあ本当にどっちも引かないストロングスタイルのま、クラシカルなストロングスタイルの派手っていうか うん。 よりはねの本当に名勝負という感じでしたけどね。焦ったらラダラで うん。 うん。 うん。だけどやっぱりそこでね、やっぱ僕なんかやっぱ思ってしまうのはやっぱり藤さんは勝てなかったんだなっていう方よね。 そう。 僕の方、僕の目線はね、いつもしつこようですけど、あそこで勝てなかったんだっていう。 もうあそこしかないよね。歴史を辿どってみても藤浪さんが今木さんに勝つとすればっていう。 うん。 やらしああ、それはなかったんだなあっていう。 うん。 で、その日、その日だよね。 有名な話者は家に帰って香夫人が何やん勝てなとってさんにとか言ったら めっちゃ嬉しそうな顔してたって藤さんは俺は猪木さんを 60分独占できたと。 うん。 大好きな木さんだと。 うん。 だからもうダメだこの人ってなんかなったみたいなね。冗談みたいに。ま、まあ本来は悔しがってほしいですよね。 これだね。うん。 まだ俺はこせなかったのか。 アントニーのきよっていう 今日こそと思ったのにっていうあそこねファンになってんですよ。あのあの時はどっちかというとhnさんの首を狩るという うん。 スタイルが藤浪波浪絶対藤さんの うん。 ノりだったはずなのに やっぱりね戦ってみたらファンに戻っちゃってたんですよね。うん。 ま、それがhnさんの魅力なのか。 魅力に取り憑かれてしまったのか一方藤さんの弱さなのか。 ま、でもそれがなんか藤さんらしいっちゃらしいっちゃ らしいっちゃらしい。本当にそう。 ま、そんな、そんなインタビューもしたんだよね、藤浪さんに。 あ、けど yeah.さんの話はしてなかったですね。あの、どちらかというとラゴンカットとかそこら辺の お前平田太郎の の下りとかそっちの方を集めに聞きましたね。 だから歴史の中でのそこなんそこがね、やっぱり何点かそのあるさ、あ、そうなんだみたいな。 うん。 その後に長州さんにはフォール負けもしてるし うん。 ね。なんかもなんた何回も うん。そうっすね。 でも、ま、マナし直属の藤さんは勝てなかったですね、シングルは。 そう。で、前田明さんはもう、ましですけど、前田明さんは試合にならなそうっていうか、怖えからあいつってことで本当にやらなかったんですよ。やらなかったってことで。うん。うん。 ま、決着を見せないっていう。 うん。 長州さんはやって木さんを負けた。 うん。 藤浪さんには意地でも負けなかったっていう。 厳しいよね。 まあ、そうですね。 ま、結果は結果ですけど、やっぱり藤並辰に負けんのは絶対嫌やたんじゃないですか、猪木さん。 いや、だったらさ はい。 ジャイアントバマの出の天龍さんに負けることのは嫌でしょ。 ああ、 ライバルである。 確かに。 でも天さんには負けちゃったんですもん。なんだ 深いんですよこは。だからめっちゃ深いのよ。 へえ。そうか。そうか。そうか。そうか。 マナでし、ましだけは ま、でも、ま、分かるかな。意地でもこいつに負けんの嫌やみたいな。こいつにねえ、まあね、そら、ま、技術の部分もちろんあるし、ただメンタルの維持っていう部分が最後の最後にはうん。 1 番譲れへんところで出くでしょうしね。戦い。 でもさ、もうなんかやっぱ近かったからこそ、ずっと自分のそばにいたからこそ思ってる何か うん。 何かの思いがあってまだダめだっていう 1 番厳しくやっちゃってたのかもしれませんけどもね。ま、猪木さんがそもそも力道山先生に うん。うん。 バさんは優遇されて木さんめっちゃ厳しく育てられたっていうね。 その違いがあるじゃないですか。 うん。うん。うん。うん。 だからhnさんは猪木さんで誰か他の人はのびノびやらせて藤浪さんだけが一番厳しくやってたのかもしれないですけどね。 はい。はい。はい。 そういう意味で、ま、愛情愛情ですからね。 そう。だ、それが藤さんの誇りなのかもしれない。裏を返せば。 うん。うん。 俺だけはもう認てくれなかったから、それぐらい逆には 目をかけてくれてたっていう。 うん。うん。うん。うん。うん。 ね。 ま、他に木さんがそんな風にしたレスラーいなかったわけですもんね。 そうです。そうです。だってベーダーま、 1 分ジョイドだんだとベダに負けることだってあるし うん。うん。 そうやってなんか心を許してんのか許してないのかわかんないですけど負けたことあるんですから。 全然全然 だけどお前だけはダメ。 キラーき。 うん。 逆にね。 キラー。うん。 ま、一応だからタッグだけね。 タッグだけドラゴンスブレックスありますけど シングルはも絶対負けへん。 ダメだからっていう。それは逆に誇りかもしんないけどね。 まあ、藤さんからするとね、いや、俺勝てなかったんだよつって。 多分俺のことは特別に置いてたんだろうな。 ポジティブな。 ま、という試合ですかね。だからもう新日本プロレスの最後の切り歌というか木藤波は うん。 うん。もう本当に困った時に出てくるカードって言われてましたから、もうこれ成功させなければ新日本プロレスの、ま、もちろん工業だけじゃなくてテレビとかさ、いろんなものが絡んでるんで 視聴率が戦争ですもんね。 ここで結果出さないともう次からないよ、放送とか言われるあのプッシュもあったでしょうしね。 うん。うん。うん。うん。 だから猪木藤波と切り札を出してもしかしたら身めかもみたいなムードになってたのはそのテレビも絡んでたかもしれませんけどね。 なるほど。 じゃないとね終わるかもしんないんで。 確かに ということですけど。 途中ぐらいから聞いてなかった。 え、 いやいやいや、 嘘やろ。 いや、すごく参考になりました。ありがとうございます。何の なんという、 ま、8.8 っていうのは覚えとた方がいいと思いますけどね。 そうですよね。うん。 88年8.8 うん。 はい。 ということで本日は以上でございます。 ありがとうございました。 ありがとうございた。 チャンネル登録、高評価お願いします。 お前だろ。
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第296回は伝説の横浜決戦!真夏の1988年8月8日横浜文化体育館大会で、IWGP王者の藤波辰巳(現・辰爾)に師匠のアントニオ猪木が挑戦…!世代交代を訴え飛龍革命を起こし、ビッグバン・ベイダーを破ってIWGPヘビー初戴冠を果たしていた全盛期の藤波に対し、直前に長州力に初のピンフォール負けを喫し引退の噂まで出ていた猪木。60分フルタイムドローという結末だったが、藤波との一騎打ちには決して負けることがなかった猪木を有田はどう考察するのか!?
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■この動画で有田さんがお話した大会(出来事)・触れた大会(出来事)
▶1988.4.22 新日本プロレス 沖縄県立奥武山公園体育館
「スーパー・ファイト・シリーズ」
(アントニオ猪木&藤波辰巳 vs マサ斎藤&ビックバン・ベイダー)
※飛龍革命
▶1988.5.8 新日本プロレス 有明コロシアム
「スーパーファイト・シリーズ」最終戦
(藤波辰巳 vs ビッグバン・ベイダー|IWGPヘビー級選手権試合)
※藤波辰巳が初のIWGPヘビー級王座戴冠
▶1988.7.22 新日本プロレス 札幌中島体育センター
「’88サマーファイト・シリーズ」
(アントニオ猪木 vs 長州力|IWGP挑戦者決定リーグ戦)
※シングル11度目にして長州が猪木に初のピンフォール勝ち
▶1988.8.8 新日本プロレス 横浜文化体育館
「スーパー・マンデーナイト・イン・ヨコハマ」
(藤波辰巳 vs アントニオ猪木|IWGPヘビー級選手権試合)
※60分フルタイムドロー
▶1994.1.4 新日本プロレス 東京ドーム
「’94BATTLE FIELD in 闘強導夢」
(アントニオ猪木 vs 天龍源一郎)
※天龍が猪木にピンフォール勝ち
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■視聴者のみなさまへ
有田さんが記憶をもとにその場で語っているため、多少、言い間違えたり記憶違いをされていたりすることもあるかもしれませんが、そのあたりも含めて、ぜひ有田さんの熱いプロレストークをお楽しみ頂けたらと思います!(スタッフより)
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#藤波辰爾
OP作詞作曲:MC JAPAN&GREEN BREW STUDIO
OPCG:斎藤良浩
©2022「有田哲平のプロレス噺【オマエ有田だろ!!】」プロジェクト
