今季も2026年春夏のメンズ・ファッション・ウイークを駆け抜けました。取材班は、コロナ禍前から久々にメンズコレサーキットに舞い戻った編集長・村上と、初参戦のヘッドリポーター・本橋。ヨーロッパを覆う熱波に負けないアツいリポートをお届けします。今回はパリ3日目。

バック・トゥ・ベーシックでも
アティテュード感じる「サカイ」

本橋涼介「WWDJAPAN」ヘッドリポーター(以下、本橋):これまでショー形式を貫いてきた「サカイ(SACAI)」が、今季は初めてプレゼンテーションへとフォーマットを変更しました。「服をじっくり見てほしい」という阿部千登勢デザイナーが、その背景にある思いを話してくれました。

構成としては、ブランドの本質であるハイブリッドな再構築性を保ちながらも、“バック・トゥ・ベーシック”。全体として多くのブランドに通底する“インテンショナル ステイプル”(意志ある定番)のムードを感じました。得意の再構築で、定番ピースもドッキングして「いま着たい服」へと着地させるバランス感が光りました。個人的に印象深かったのは、裾がねじれながら流れるようなラップパンツや、ミリタリーにエレガンスを忍ばせたショートブルゾン。ちゃんとスタイルに馴染むのに、どこか違和感がある。この“どこか”を探す過程が毎シーズン違うのが、「サカイ」というブランドの面白さではないでしょうか。

村上要「WWDJAPAN」編集長(以下、村上):今回は、パリの左岸に新しく構えたオフィス兼ショールームをお披露目する意味合いもあったのでは?と思います。テーマは、「EVERYDAY ALL DAY」。見ながら、竹内まりやの「毎日がスペシャル」を思い出しました。本橋さんが言う通り、どこか違和感があるステイプルだから、毎日着てもスペシャルな気分が味わえる。そんな洋服は「サカイ」の真骨頂であり、ゆえに展示会形式でじっくり見て欲しかったのかな?そんなふうに思います。

今季は、複雑なパターンワークに基づくドッキング以外でも、違和感のある定番を表現しています。例えば、コットンカシミヤのジャージーで作ったタキシードジャケットとトラウザー。着心地的にはジャケットはカーディガンのようだし、トラウザーはもはやスエット。なのに、もちろんちゃんとジャケットだし、ちゃんとトラウザーなので、究極働いている時も、夜のパーティーでも、家の中のリラックスウエアとしても着られそうです。この辺りの発想は、「ザ・ロウ(THE ROW)」に近いかな?そして、ジャージーだから毎日着られるけれど、タキシードだからスペシャルな気分が味わえる。これもまた「毎日がスペシャル」、じゃなかった「EVERYDAY ALL DAY」な洋服と言えますよね。

今回も争奪戦間違いなしの「カーハート(CARHARTT)」とのコラボレーションも、金ボタンをあしらい、フォーマル感が強くなりました。いつも通りの素材だから、まさに毎日着ても“へこたれない”けれど、着ればきっと気持ちが高揚するでしょう。これも「EVERYDAY ALL DAY」ですよね?本橋さんが印象深いと話していたラップパンツは、スーツ地のほか、カーゴパンツやチノ、デニムなどさまざまなバリエーションで用意しました。とっても大きく膨らむバナナシルエットなのでドラマチックだけれど、アイテム自体は日常着。これも「EVERYDAY ALL DAY」ですね。

「オム プリッセ」が機能なら、
「アイム メン」は関係を探求

本橋:「オム プリッセ イッセイ ミヤケ(HOMME PLISSE ISSEY MIYAKE)」は今季、ピッティ・イマージネ・ウオモ(PITTI IMAGINE UOMO)のゲスト・オブ・オナーとして、発表の舞台をフィレンツェへと移しました。ということでパリメンズは今季も「アイム メン(IM MEN)」。会場に入ると、白いランウエイに現れた演者たちが、まるでコンテンポラリーダンスのような所作で、服と身体の関係をなぞり始めます。ショーというより、“装いの実験”を目撃しているような感覚でした。

円盤のように広がる構築シャツ、左右非対称な開口部、シェイプを持たない布の配置。それらすべてが「着る」という動作を通じて、初めて意味を帯びていきます。前日に見た「ヘド メイナー(HED MAYNER)」のように、身体と服の関係性に主眼を置いたアプローチだと感じました。布の“機能”を探求する「オム プリッセ」に対し、「アイム メン」は身体との“関係性”に迫ります。

「オム プリッセ」は今季のフィレンツェでのショーで「OPEN STUDIO」という試みを打ち出し、世界の暮らしや文化、風土、自然から着想した新しいコレクションの地平を開きました。「アイム メン」は、パリでのこの“実験”がどんな服づくりにつながっていくのか。次なる展開に期待したいです。

村上:「昨夜のゲリラ豪雨は大丈夫でしたか?」と聞きたくなりましたが、会場の入り口には、形も文様も独特な壺の写真パネルが飾られていましたよね。あれは、陶芸家・加守田章二さんの作品。今季は、加守田さんの作品の色や柄、そして形を、どのように洋服で表現するか?を考えたそうです。確かに“ろくろ”で成形した壺って、三宅一生さんの哲学「一枚の布」に近いのかもしれません。だって、共に継ぎ目が一切存在しませんからね。

鱗のような文様は、ボンディングで表現しています。2枚の布を貼りあわせ、上のコットン生地に特殊な加工を施し、水洗いすると、特定の部分が剥がれて、下の生地のプリント柄が浮き出るそう。こうして加守田さんの作品のような立体的な柄を表現したし、土を焼いて作品に仕上げる際の“コントロールできない個性”みたいなものさえヴィンテージ加工のような風合いで再現しています。草花の灰を主成分とする灰釉(かいゆう)を使ったシリーズは、淡い青磁色と土色のコントラスト。“ろくろ”の文様は、抜染(無地染めの布に色を抜く薬を入れた型を置き、その部分の色を取り除いて模様を出す手法)で描いているそうで、正直若干“狂気”です(苦笑)。どんな技術と手間暇よ……。パンツに「一枚の布」的なシルエットを見ることができますね。文様が立体的なシリーズは、ジャカード生地で仕上げています。編んだ後、熱処理を施すことで布地を伸縮させて、文様の立体感を表現しています。これもまた、マニアックですね。

でもマニアックな技術を、マニアックに見せない努力が垣間見えるのが好印象です。やっぱり「一枚の布」っぽい洋服は、三宅一生さんの哲学に共感していないと袖を通しづらいかもしれませんが、漁網のリサイクルや、製品染のポリエステルのシリーズは、淡かったり鮮やかだったりの色彩かつコンテンポラリーなシルエット。「オム プリッセ」が日常着なイメージなのに対して、これまでのメンズラインは知的とか文化的な人間じゃないと受け入れてくれないようなムードを漂わせがちでしたが、コミカルなコンテンポラリーダンスとの共演含め、「あ、案外フレンドリーなブランドかも」と思わせてくれました。余談ですが私、帰国後にドキュメンタリー映画「創造の翼」、「アイム メン」を手掛ける河原遷、板倉裕樹、小林信隆さんのファースト・コレクションに密着した映画を見たんです。そこで気づいたのは、「3人とも、優しいんじゃね!?」ってこと(笑)。下の記事にある通り、3人のポートレート写真が若干コワかったので、そんな印象を抱いたのかもしれません(笑)。2回目のショーと映画で、「あ、着てみたいな」と素直に思っています。

本橋:「ブルー マーブル(BLUE MARBLE)」は、デザイナーのアントニー・アルヴァレズ(Antony Arvarez)が2022年のLVMHプライズのファイナリストにも選ばれた、新進気鋭のブランドです。パリを拠点にしながらも、優等生な“パリっぽさ”にとらわれない雑多さとグローバル感覚が面白いですね。

今季は、山岳民族モン族のテキスタイルや、サイケデリックなストライプ、ミリタリー的ギミックをミックスしながら、スポーツとサファリの要素を掛け合わせたルックが印象的でした。ボリュームのあるドローストリングパンツに、ラフに開いたシャツ。足元はミュール型のサンダルで、南国でも街中でも成立しそうな開放感のあるスタイルです。カテゴライズされない自由なムードが会場に漂っていました。あらゆる価値観が細分化・拡散している現在。だからこそ、「ブルー マーブル」のようにそれらをミクスチャーし、“ユニバーサルなスタイル”として提示する姿勢が、これまでにない説得力と面白さを帯び始めているように思います。

notギラギラな「アミリ」
引き算に面白み

本橋:ギラギラでセレブリティなイメージの強い「アミリ(AMIRI)」ですが、今季はその印象を良い意味で裏切られました。トラックスーツのようなリラックス感のあるセットアップに、透け感のあるシャツやシアーなニット、ロングスカーフを組み合わせるスタイル。フレアパンツやプリントスーツなど“ロック・ラグジュアリー”な世界を描きます。ダメージ加工、スキニー、レザー、ビンテージなどの要素を上質な素材やテーラリングでラグジュアリーに昇華させるDNAも残しつつ、今季は一段とメロウで、センシュアルな印象でした。

マイク・アミリ(Mike Amiri)デザイナー本人曰く、コレクションのテーマは「旅、空、時間、自由」。素材は軽く風を通すようなものが多く、足元もスリッポンだったりで、それゆえ今っぽいの気分が宿っていました。「アミリ」のような華やかなブランドが、力の抜けた引き算で表現しようとするとき、その振り幅に面白みが感じられます。

村上:先シーズンのゴリゴリなクラブ感、ナイトライフのイメージから比べれば、かなり軽やかになりましたが、それでも、このスタイルに共感しながら取り入れるのは日本人には少しハードルが高いですねぇ。ロサンゼルスの伝説的なホテル「シャトー・マルモン」にこもって作品を仕上げた友人にインスピレーションを得たと言いますが、友人、オシャレすぎやしませんか(笑)?1970年代のレトロなムードを漂わせながら、今っぽいソフトなテーラリングと黒人カルチャーを思わせる色使い、そビーチリゾートからナイトライフまでの多彩なスタイルをミックスしていますが、正直モデルでさえ、アジア系が着るとちょっと不思議な印象です。一番似合うのは黒人、そしてミディアム〜ロングヘアのブロンドの白人。そう感じてしまうのは、私がこのコミュニティーに属していないからでしょう。路線的には、「カサブランカ(CASABLANCA)」などと同じ方向性なのかな?万人受けはしないけれど、特定のコミュニティーに深く刺さるブランドになりたいのだと思いますが、日本にこのコミュニティー、あるでしょうか?「カサブランカ」はスポーツの要素とかステイプルな開襟シャツなど、日本人にとっても“取っ掛かり”がある印象ですが、「アミリ」はまだラグジュアリー・ストリートの次の一手を日本人に向けて発信する模索の段階という印象です。

「ヨウジ」は地球に警鐘
黒に浮かぶレタリング

本橋:「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」のショーは近年、地球環境へのメッセージを強く発信しています。今回も「この星で生きていること」への問いかけが静かに響くショーでした。

随所に「Don’t look back, be free in black」「Human activity for Love」といったレタリングを施し、環境問題や人間の行動に対する強い思いをにじませました。核戦争や海洋汚染、マイクロプラスチックといった現代の危機を想起させるワードが、黒の布地に浮かび上がることで、強いリアリティーを帯びていました。半袖シャツやルーズなパンツによるリラックスした装いから、艶を帯びたパジャマルックにつながり、後半にはシアー素材やジュエリーをあしらったルックも登場。軽やかさと装飾性が交差する中に、ヨウジならではの緊張感が漂い、服に込められたメッセージが引き立ちます。

服にできることは限られている。けれど、服だからこそ伝えられる言葉もある。そんな信念が満ちていたように思います。

村上:私は「カンペールラボ(CAMPER LAB)」のコレクションへ。「マルニ(MARNI)」出身のアキレス・イオン・ガブリエル(Achilles Ion Gabriel)は、「カンペール」のポップでカラフルな世界にあっているなぁ、と思っていましたが、「カンペール ラボ」はど迫力!!ムードはハッピーやカラフル、プレイフルというより、デムナ(Demna)による「バレンシアガ(BALENCIAGA)」や「ヴェトモン(VETEMENTS)」よろしく、ちょっとしたディストピアです。アキレス、幅広いなぁ。

スニーカーの新作は、つま先にスパイク。オーバーサイズのセットアップには歪んだチェックをあしらい、ボロボロのキーネックニットやカーゴショーツを組み合わせます。ウエスタンブーツはスクエアのソールです。正直、「バレンシアガ」感が強いけれど、こういうテイストが好きな人は確実に存在しますからね。「カンペール」に対しての「カンペールラボ」という位置付けなら、このくらい振り切ってくれた方が、見る側にとっても買う側にとっても、実にわかりやすくて選びがいがあると思いました。

韓国カジュアルだけじゃない
「システム」の心地よい“裏切り”

本橋:1990年に韓国で誕生したコンテンポラリーブランド「システム(SYSTEM)」は、2019年からはパリ・ファッション・ウイークの期間中に現地での発表を継続しています。

“オフィス・デイドリーム(Office Daydream)”と題された今回のコレクションでは、日常の反復から逃れたいという願望を、軽やかな素材や色彩、構築的なシルエットの中にそっと忍ばせました。ピュアホワイトを基調に、ベージュやライトグレー、そして差し色のネイビーやピンク、オレンジ。都会のなかで風を感じるようなルックは、まさに“夢見るオフィスウエア”です。タフタやシアー素材をレイヤードしたルックの軽やかさ、ジャンプスーツや半袖シャツの柔らかなバランス感は、フォーマルとフェミニンの境界を軽々とまたいでいました。風になびく布がインスタレーションとして空間を泳ぐ演出「Echoes of Air」も美しく、都市と夢のはざまを連想しました。

韓国ブランドというとストリートやカジュアルのイメージが強いかもしれませんが、「システム」はそれを心地よく裏切ってくれるような、詩的な洗練を感じさせるコレクション。個人的にも非常に好印象で、今後も注目したい存在です。

もはやパリで出初式!
リック様は今回も唯我独尊

村上:私のフィナーレは、「リック・オウエンス(RICK OWENS)」。「愛の寺院」と名付けられた今回のコレクションは、アメリカから見たヨーロッパの美学を表現しているそうです。キーモチーフのハーネスは、西洋絵画の中で妖精が半人半獣の自然の精霊を捕らえるための花輪からイメージを膨らませたものだそう(笑)。さすがリック様、アウトプットはロックでパンクでも、そこには美学が通底しています。環境認証を取得したナイロンで作ったスイムショーツや、ボリュームたっぷりながらシアーな素材で軽やかなジャケットやパーカなど、今季は装飾を捨て去り、黒と肉体の関係性にフォーカスした雰囲気です。

ただ、ショーまでシンプルにならないのがリック様。今季は、モデルが梯子を降り、プールにダイブし、びしょ濡れになると今度は梯子を上がり、最後は出初式よろしく逆さまに!!上述したハーネスと繋げたカラビナをセットにガッチリ固定して、命綱にしています(笑)。リック様のモデルは、いつもスーパー厚底ブーツやボリューム優先で重たそうな洋服などを着て「お疲れ様!」って感じですが、今季はもはや命懸け。無論、信者の皆様は拍手喝采!私も大興奮して映像を撮りまくり、灼熱の3日目を終了しました。

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