今季も2026年春夏のメンズ・ファッション・ウイークを駆け抜けました。取材班は、コロナ禍前から久々にメンズコレサーキットに舞い戻った編集長・村上と、初参戦のヘッドリポーター・本橋。ヨーロッパを覆う熱波に負けないアツいリポートをお届けします。今回はパリ3日目。

“ダイバーシティー”を風化させない
「ジャンヌ フリオ」の意思

本橋涼介「WWDJAPAN」ヘッドリポーター(以下、本橋):「ジャンヌ フリオ(JEANNE FRIOT)」と聞いて、ピンとくる読者の方は少ないかもしれません。2026年春夏コレクションは、すべてのモデルをLGBTQIA+キャストで構成したランウエイで始まりました。ラメのピンク、タイダイ、チェック、スリット、オールデニムといった予定調和的でないディテール(この中でディテールと呼べるのは、スリットだけかと)からは、感情の濃淡がありありと伝わってきて、キッチュなかわいさの中に「社会に対する意志」が同居していたように思います。

ドナルド・トランプ大統領の再登板によって保守的なジェンダー観への揺り戻しが国際社会でも騒がれるなか、このショーのメッセージは一層力強く響くかもしれません。

刷新ではなく拡張
らしさ失わない「ルメール」

本橋:今季の「ルメール(LEMAIRE)」は、ウール×ポリエステルやナイロン混のドライシルクなど、軽やかで柔らかな定番を多用。“ルメールラバー”としては、そこに個人的な安心感を覚えましたし、やっぱり信頼できるなと再確認するような時間でもありました。

印象的だったのは、やはりその“着崩し”の妙。テーラードの上からレザーのエプロンを重ねたり、スカーフのように腰に巻いたストールがスカートのように揺れたり。アイウエアをジュエリーのように見せるスタイリングなども含め、完璧に構築された装いではなく、即興的な感覚で構成されたレイヤードが、日常へのリアリティを感じさせました。

“常に刷新する”というより、“常に拡張していく”。そんな静かな進化のあり方が、「ルメール」の真骨頂なのかもしれません。見慣れたシルエットや素材でも、ほんの少しのズレや重ね方の妙で、新しい空気をまとっている。だから、自分らしさを自然と表現できる服なのだとあらためて実感しました。

村上要「WWDJAPAN」編集長(以下、村上):ショーに出てきたモデルは、まず会場を一瞥(いちべつ)。その後は前を見据えて、自然体ながら自信や余裕を感じさせる歩き方でしたね。「周囲に関心がないワケじゃない」、でも「あんまり右往左往することなく、自分を信じて前を向く」男性や女性像を醸し出そうとしているのかな?と思いました。

洋服ではなく、モデルの所作について語り始めることに違和感を覚える人もいるでしょうか?でも「ルメール」的なブランドは、ファッションというよりスタイルのブランド。ゆえに洋服のみならず、時にはそれ以上に、描き出そうとしている人間像を捉えることが重要だと思っています。

自信のある男女による今シーズンのスタイルは、ノンシャラン(気取らない様を表す言葉)なスタイリングや即興的なレイヤードがハマりましたね。幅広ラペルのチェスターコートには、コットンポプリンで軽やかなシャツ&ショートパンツ。普通ならもっとエレガントなコーディネートをするのでしょうが、これがノンシャランや即興的と表現したくなる所以。でもシンプルかつ端正なシルエットなので、カッコ良いんです。描くのは「オシャレはガマン」というほどファッション・アディクトではない男女なので、組み合わせるアイテムはビスコースやシルクツイルなど、柔らかく肌を撫でるような素材使い。スカートの一部は生地をたくし上げているので尚更、歩くたびにドレープが揺れ、美しく涼やかです。ミラノでは「ブリオーニ(BRIONI)」で同じことを感じましたが、これだけ暑いと、柔らかな生地が足の脛の辺りを撫でながら“たわんでいる”様子って、すごく良いですね。「あぁ、涼やかな素材に体を撫でられているんだろうなぁ」という印象を抱かせます。

と同時に「くぅ〜」という、ナゾなオノマトペさえ飛び出してしまうほど、洒落ているんだからさすがです。ムラカミ的に真似したいスタイリングテクニックは、メッシュで作ったソックスのつま先や踵をカットアウトしてサンダルと合わせたウィメンズのスタイリング、そして、本橋さんも指摘した無機的で冷たい光を放つシルバーのテンプルをタイピンのようにアクセサリー感覚で胸ポケットに差し込んだジャケットスタイル。共に「こんなにオシャレな人、いないよ!」と突っ込んでしまいそうですが、ゆえに「ルメール様!マネさせてください!」って思ってしまいました。

世間には、こうした“クワイエット・ラグジュアリー”のブランドを、「スタイリングだけのブランドじゃないの?」と評する傾向もあります。確かにデムナ(Demna)の「バレンシアガ(BALENCIAGA)」のように、「まだ見ぬ、洋服の革新的な可能性」を追求するブランドではありません。でも、だからと言って、何にも工夫していないアイテムをカッコよくスタイリングして誤魔化しているブランドではないんです。例えばハイゲージのニットとタンクトップのレイヤードルックを見ると、それぞれは違うネックライン、しかも微妙に普通じゃなくて、相当なこだわりが伺えます。ボックスシルエットのジャケットには緩やかにカーブしつつもストレート基調、一方コンパクトなブルゾンにはゆったりと広がるフレアなど、パンツのシルエットと裾の処理だけでもいくつもバリエーションを用意しています。「神は細部に宿る」を有言実行していますね。でも、ショーで見せるスタイリングは、あくまで参考程度の一例というカンジ。「スタイリングは、どうぞご自身で、ご自由に」というムードを醸し出しているのも、実に今っぽくて共感しちゃいます。

気負わぬミックスがうますぎ!
「アクネ ストゥディオズ」

本橋:アフォーダブル・ラグジュアリーの代表格として、アイテム軸でも、コーディネートでも、ビジュアルでもシーンをけん引している「アクネ ストゥディオズ(ACNE STUDIOS)」は、今季も人気が集まりそうでした。テーマは「スクーターで繰り出す大学生」。

完璧さを求めず、気負いのないテイストミックスや即興的なレイヤードが今の気分にぴたりと重なります。大学生が履いていそうなトランクスを思わせるストライプ柄のボクサーショーツやタイトなストライプシャツ、レザーのセットアップやダスティーな加工ジーンズ。清潔感とユルさ、辛味のバランスが絶妙です。

バッグは20万〜60万円と、ラグジュアリーが高騰するなかで“手の届く高嶺の花”と言える価格帯。韓国セレブの着用が目立ち、日本でも20〜30代を中心にファンを拡大中です。青山に新旗艦店もオープンし、日本市場でもさらなる拡張が期待できそうです。

村上:私は「アニエス ベー(AGNES. B)」の展示会へ。シアサッカーのセットアップや、ノーラペルのジャケット、開襟シャツにグルカサンダル、さまざまなラフィア素材のアクセサリーなど、涼やかなフレンチスタイルが並びます。抹茶グリーンやスカイブルーなど、鮮やかな色合いもポイント。ですが、私のお気に入りは、拾った石で作った指輪です(笑)。石に思い浮かぶ柄をフリーダムに描いて、なんと指輪に。同じアイデアで作った貝殻のブローチもありました。材料費はそんなにかからないけれど、手間暇は意外とかかるヤツ(笑)。全世界で100個くらい作れるかな?って感じらしく、案外争奪戦になるかも!私は、1つ買います(買えるかなw?)。

ひと味違うミニマル
身体感覚を哲学する「ヘド メイナー」

今季の「ヘド メイナー(HED MAYNER)」は、“脱・構築”という言葉がまさにしっくりきます。フォーマルな装いをベースにしながらも、ジャケットの肩はストンと落ち、パンツは腰で緩やかに括られ、シャツの襟はねじられている。モデルの動きに合わせて自然に生まれるシワやズレがそのまま美しさとなり、「着ること自体がスタイリング」と言いたくなるような服でした。服そのものはミニマルですが、そのアプローチは「ルメール」の静けさとも異なり、より身体の感覚に根ざした造形を追求した、哲学的な服にも感じました。

村上:雰囲気、ちょっと変わりましたよね。以前はとにかく巨大で、ある意味「シェルター」とか「モニュメント」的な感覚の洋服だなぁ、と思って見てきましたが、そろそろ極端なオーバーサイズのシルエットは終焉ムード。ゆえに、かどうかはわかりませんが、序盤のシルエットは随分現実的になりました。今シーズンは、ゴブランや地厚のリネン、伝統的なスーツ地など、レトロなムードが漂う生地を多用し、仕立ての良さがわかる程度のボリューム感にまとめました。肩の力はだいぶ抜けた印象です。ただ、まだ「『ヘド メイナー』の人」になってしまう印象で、「『ヘド メイナー』を着ている人」になるには、もう極端なシルエット以外の“何か”が必要な印象です。朝イチの「ルメール」は、そこにアティチュードや佇まい、生き方、価値観などのムードを盛り込んでいるけれど、「ヘド メイナー」はそんな付加価値を何に設定して、それをどう盛り込んでいくのでしょう?

村上:私は「タトラス(TATRAS)」のプレゼンテーションへ。アウター、特に冬のダウンに傾倒してきましたが、一念発起してトータルブランド、ライフスタイルブランドへの進化を遂げようとしています。無論、それでも薄手のダウンベストなどは登場しますが、例えばクロップド丈のハンティングジャケットやフェイクレイヤードの合繊ブルゾン、MA-1、ハイカラーの将軍ジャケットなど、アウターのバリエーションが豊かに。加えて爽やかなチェックのシャツから、カモフラ柄のTシャツ、ワンサイズオーバーくらいで今っぽいシルエットのフーディ、カーゴパンツからビーチリゾートにもぴったりなボタニカルモチーフのリラックスパンツまで、スタイリングで語れるブランドへの進化が始まりそうです。「ヘルノ(HERNO)」あたりの進化に触発されているのかな(笑)?「ヘルノ」が機能やミニマルな美しさを追求するなら、「タトラス」は何を大事にしながらライフスタイルブランドを目指すのか?本領発揮となりそうな26-27年秋冬コレクションを待ちたいと思います。

村上:「ウェールズ ボナー(WALES BONNER)」、メチャクチャ良かったですね。以前はデザイナーの出自でもあるアフリカンなエキゾチックムードは面白いものの、若干民族衣装的なスタイルとスリムな黒人しか着こなせなさそうなシルエットで「難しいな」と思っていましたが、個性を失わないまま、うまくリアリティを担保しています。勝因は、ひとえに“ちゃんとしている”からでしょう。サヴィル・ローでスーツ作りを学び、今なおオーダーが入れば自分でスーツを仕立てるという彼女が作るのは、ほんのりウエストをシェイプした端正なチェスターコートやジャケットなど。スーツ地のショートパンツはもちろん、洗いをかけたコットンで作ったグルカ仕様のパンツまで、「あぁ、美しいシルエットだな」と思えるんだから、さすがです。そこにアースカラーのニットポロや、トラックパンツ、スキッパータイプのリブニットなど、アフリカンなムード漂うアイテムを組み合わせ、さらにはヒップハングのデニムでストリートのムード、ボウタイ付きのブラウスでジェンダーを超越した世界観を纏わせます。ロンドンとアフリカを行き来する間に立ち寄った、別の国のムードやスタイルも掛け合わせたようで、コレクションは唯一無二なのにユニバーサルです。

で、そんなルールを超越したスタイルで、ロンドンらしいロックなムードを醸し出しているのもサイコー!そんなロッキンな反骨精神を、私はラストルックのリアム・ギャラガー(Liam Gallagher)そっくりのモデルから感じ取りましたが、ウェールズさん、合っていますか(笑)?エレガントの中にひと匙の反骨精神。フレッシュな若手らしくて良いですねぇ。

ベレー帽や、足元のデッキシューズやモンクストラップ、それに勲章を思わせるブローチなど、アクセサリー使いも少しずつ上手になっています。レトロと土っぽさ、モダンとエレガンスが絶妙に入り混じる、彼女にしか生み出すことができないコレクションに思わずウルっと来てしまいました。

村上:最後の「アミ パリス(AMI PARIS)」、焦りましたね(笑)。ヴィクトワール広場を借り切ったショーは、周囲の道路を封鎖。大渋滞に巻き込まれるわ、入口がどこかわからないわで15分遅れくらいでショー会場にたどり着くと、「もうすぐゲリラ豪雨がやってくるので、急いで!」と急かされました(笑)。確かに空には暗い雲が立ち込め、時折雷鳴が轟いています。傘も配られ“臨戦体制”な中、ショーは始まりました。

ショーが始まると、小雨ながらも雨が降り出し、雷はいっそう激しく。緊張感はピークに達しますが、コレクションはピースフルでフリーダム、遊び心があるカワイイフレンチシックです。ボックスシルエットのジャケットに対して、シャツやパンツはオーバーサイズやリラックスシルエットで曲線的。「ルメール」同様、「アミ パリス」もステイプル、定番品のシルエットを一捻りして、スエットの下からシャツの裾を大きめに覗かせたり、ジャケットから大きめの襟を出してスカーフとコーディネートしたり、シャツとポロニットのレイヤードスタイルをロールアップでアピールしたり。「ルメール」よりも分かりやすい“オシャレなレイヤード感”があり、可愛くて、でもやっぱり自由にコーディネートできそうで、「あ、こりゃ売れるわ」と素直に思いました。

本橋:トレンドカラーになりそうなバターイエローに抹茶グリーン、さりげないけれど存在感を放つシワ加工のスカーフや、洋服と同じ素材で作った巨大バックルのベルト、手首に引っ掛けて持つトライアングルシェイプのバッグなど、キャッチーだったりトレンドになりそうだったりのアイテムをちゃんと押さえているのも「アミ パリス」の上手いところですね。

パリメンズ期間中に訪れたショップは、超巨大。そもそもヴィクトワール広場を借り切ってショーを開く辺りに規模感を感じずにはいられませんでしたが、ショーが終わった数分後にはまさかのゲリラ豪雨がスタート!多分広場に円形に配置した椅子や音響はズブ濡れになったと思うけれど、肝心のショーは無事に乗り切りました。「アミ パリス」、持ってるなぁ(笑)。

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