原作は2023年に「実話か、虚構か」とネットを騒がせた異色のウェブ小説。都市伝説や怪異現象を追う男女が“ある場所”にたどりつく謎多き物語をホラー映画の鬼才、白石晃士監督が映画化した。原作の複雑な構造を巧みに再現しつつ、独自の映像体験をひらく。

原作の奇妙な構造を映画に“移植”

オカルト雑誌の編集長が、とある特集記事の取材中に姿を消した。直前まで調べていたのは、未解決の幼女失踪事件や中学生の集団ヒステリー騒動、都市伝説、心霊スポットでの動画配信など。残されていた資料は一見するとバラバラで、なんの共通点も見出せそうにない。

編集部員の小沢悠生(赤楚衛二)は、なんとか誌面に穴を開けずにすむよう、特集記事をオカルトライターである瀬野千紘(菅野美穂)に依頼した。果たして、編集長は何を調べていたのか? 2人が資料を調べるうち、いくつもの謎が“近畿地方のある場所”につながっていることが分かり──。

小沢(赤楚衛二、左)と千紘(菅野美穂)は、地下にある資料室で調査にあたる ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
小沢(赤楚衛二、左)と千紘(菅野美穂)は、地下にある資料室で調査にあたる ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

原作はウェブ小説サイト「カクヨム」に投稿されて人気となったネット小説。雑誌・書籍・ウェブサイトに掲載された怪事件や都市伝説にまつわる文章、あるいは関係者へのインタビューなど、さまざまな種類の短いテキストで構成された疑似ドキュメンタリーだ。

それぞれのエピソードでは真相の分からない怪異がつづられるが、合間に調査記録が挟み込まれており、読み進めていくうちに“近畿地方のある場所”に関する物語が明らかになる。

虚実あいまいな語り口ゆえ、連載時には「これは実話か、それともフィクションか」と大きな話題を呼び、累計2300万PV(ページビュー)超の大ヒットを記録。のちに書籍化され、単行本は発行部数70万部突破のベストセラーとなった。

「情報をお持ちの方は、ご連絡ください」──失踪事件を受け、千紘はSNSを通じて人々に呼びかける ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
「情報をお持ちの方は、ご連絡ください」──失踪事件を受け、千紘はSNSを通じて人々に呼びかける ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

映画版も原作と同じつくりのモキュメンタリー(フィクションをドキュメンタリー映像のように見せかけた演出の手法。フェイクドキュメンタリー)。編集長が残した資料映像をもとに千紘と小沢が調査を進めるうち、近畿地方にまつわる謎が浮かび上がってくる。主人公ふたりを演じる菅野と赤楚が物語を引っ張る劇映画パートと、原作の怪異をリアリティたっぷりの映像で再現したモキュメンタリーパートを行き来しながら展開する構成だ。

監督は『貞子vs伽椰子』(16)などの白石晃士。代表作『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズ(12~23)をはじめ、初期作品の『ノロイ』(05)や『オカルト』(09)など、早くからモキュメンタリー作品を多数手がけてきた日本ホラー映画界の鬼才である。

小沢たちによる懸命の調査で、バラバラの情報が少しずつつながってゆく ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
小沢たちによる懸命の調査で、バラバラの情報が少しずつつながってゆく ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

文章と映像、ふたつの文体

これはいったい何を読んでいるのか、いったいどんな意味があるのか? 小説連載時から読者の心をつかんだのは、あらゆる文体で紡がれる正体不明の恐怖だった。週刊誌のルポルタージュや短編小説、読者からの投書、ネット掲示板の投稿、児童書に掲載された怪談、関係者へのインタビューのテープ起こしといった設定を生かし、それぞれ性質の異なる文体で不気味な物語が次々に繰り広げられる。

映画版が目指したのは、この読書体験を映像で再現することだった。原作のルポルタージュは、映画ではワイドショーの特集コーナーに置き換えられている。ネット掲示板はライブ配信に、関係者へのインタビューはそのまま密着取材映像に。そのほか、オンラインに出回っている“見てはいけない動画”やありふれたVlog(ブイログ=動画によるブログ)、スマートフォンで撮影された手ブレ動画など、現代ならではの多様な映像でモキュメンタリーパートは進んでゆく。

とある祠(ほこら)に詰め込まれた人形 ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
とある祠(ほこら)に詰め込まれた人形 ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

文体実験のような趣向がある原作だけに、映画版はいわば「映像の文体実験」と言える手ざわりだ。画角や構図、撮り方の変化、今はなき80~90年代風のノイズの乗った画面、どこか懐かしいテレビ番組のテロップなど、こだわりが随所に詰まっている。モキュメンタリーを熟知する白石ならではの、職人的な技巧と演出の賜物だろう。原作に織り込まれていた伏線を、読者でなければ気づかないほどのさりげなさで仕込むあたりも心憎い。

短編映像を中心に構築された映画前半のテンポはかなり速く、SNSでショート動画に慣れている若い観客にも親しみやすいリズム感だ。これは短い文章の蓄積からなる原作の、手を止めずにどんどん読み進められる、ネット小説らしいスピード感を再現したものとも言えるだろう。

千紘が見つめる先にあるものとは……  ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
千紘が見つめる先にあるものとは……  ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

背筋流から白石節へ

原作者の背筋(せすじ)は『近畿地方のある場所について』でデビューしたホラー作家。もともと白石作品の大ファンで、著作にもその影響があることを認めている。映画版にも脚本協力として参加しているが、「もっと白石作品らしくしてほしい」とリクエストを出したほどだ。

白石晃士という強烈な作家性をもつフィルムメーカーが『近畿地方のある場所について』を翻案したことの面白さは、原作の体験が再現された“背筋流”の前半から、後半になるにつれ、じわじわと“白石節”が強まってくるところにある。

どうやら怪異の根源は近畿地方にあるらしいと悟った千紘と小沢は、ついにカメラを持って編集部を飛び出す。これは『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』シリーズの「投稿映像から怪奇現象を調査していた制作会社のディレクターたちが実際の現場で怪異に直面する」構成と同じで、菅野演じる千紘のキャラクターを含め、白石作品ファンならニヤリとできる要素だ。

やがて、小沢の持つカメラにも恐ろしい怪異が記録されてゆく ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
やがて、小沢の持つカメラにも恐ろしい怪異が記録されてゆく ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

前半は編集長が残した資料を見る形式だったが、後半は小沢が撮影するカメラの映像を見る形式に。もっとも、比較的静かに展開してきた物語はどんどんパワフルかつドラマティックに変容し、最後には白石作品らしい驚愕のスペクタクルへとなだれ込む。さまざまなスタイルの恐怖を土台とする作品だからこそできた、大胆だが必然的な跳躍だろう。

全体としては実験的かつ精巧ながら、エンターテインメント&サービス精神にあふれた映画だ。わかりやすいジャンプスケア(大音量で驚かせる演出)に頼らず、和製ホラーならではの“ゾワッとする”質感を最後まで失わないところも魅力のひとつ。恐怖表現の豊かさと柔軟性に触れられる、今夏のジャパン・ホラーを代表する一作である。

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

作品情報

原作:背筋「近畿地方のある場所について」(KADOKAWA)
出演:菅野 美穂 赤楚 衛二
監督:白石 晃士
脚本:大石 哲也 白石 晃士
脚本協力:背筋
音楽:ゲイリー 芦屋 重盛 康平
主題歌:椎名 林檎「白日のもと」(EMI Records/UNIVERSAL MUSIC)
配給:ワーナー・ブラザース映画
製作年:2025年
製作国:日本
上映時間:104分
公式サイト: KINKI-MOVIE.JP
8月8日より全国公開

予告編

バナー写真:映画『近畿地方のある場所について』 ©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会

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