──ブラジルの人々にとって、軍事政権の時代は「忘れたい過去」なのでしょうか? それとも「決して忘れてはならない過去」なのでしょうか。今作はブラジル国内でどのように受け入れられましたか?

ご存じのとおり、ブラジルは20世紀後半において、世界で最も長く続いた独裁政権の一つを経験しました。1964年から1985年まで、21年間にわたり軍事政権が続きました。それは、ほぼすべての家庭に何らかの形で影響を与えました。本作は、約50年前の出来事から物語が始まります。そのため、10代や20代前半の若者にとっては、その時代の出来事が実感しづらく、距離を感じる部分もあったと思います。それでもうれしかったのは、多くの観客が劇場に足を運び、自分たちの歴史の一端をスクリーンで“目撃”しようとしてくれたことです。さらに印象的だったのは、若い世代がSNSを通じて、自分の家族の記憶を語り始めたことでした。たとえば、父親や祖父が軍事政権と対立していた人が、自らTikTokなどに動画を投稿し、家族の体験を共有し始めた。そうした動きが自然に広がっていったのです。

──SNSの正しい使い方ですね。

まさにその通りです。それによって、「独裁政権が社会に与えた影響」という重いテーマが、現代ブラジルの“日常の会話”の中に入り込むようになりました。つまり、歴史を振り返るだけでなく、「今を生きる私たちのこと」として語られるようになったのです。若者たちは記憶について新たな記憶を作り始めました。観客もまた、自身の中に眠っていた記憶を呼び覚まされ、新たな思いを育んでいった。そうして重なり合う記憶のレイヤーが、さまざまなメディアを通じて交錯し始めたのです。

こうした広がりがあったからこそ、ブラジル国内で本作は590万人もの観客に届きました。これは、私がこれまで手がけたどの作品よりも多い数字です。なぜこれほど多くの人が劇場に足を運んだのか? それは、おそらく自分たちの家族の人生がスクリーンに映っているように感じたからでしょう。長く語られることのなかった物語が、ようやく表に出てきた。そのことに心を動かされた人が多かったのだと思います。そして今、ブラジルではこの時代を扱った新しい映画が次々に生まれています。今年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したクレベール・メンドンサ・フィリオの『The Secret Agent(英題)』もその一つ。とても美しく、私も心から愛している作品です。

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