ウクライナの占領地を訪問するヒトラー(1942年)/「映像の世紀特別編 ヨーロッパ2077日の地獄 第2部 独ソ戦 悲劇のウクライナ」より

終戦80年という節目の今年、NHKの傑作ドキュメンタリー「映像の世紀」シリーズが新たな進化を遂げた。7月〜8月にかけて全3回で放送された「映像の世紀 高精細スペシャル」。過去の映像アーカイブを最新のデジタル技術で高精細化し、さらにAIによるカラー化を施したシリーズ特別編だ。テーマは「ヨーロッパ 2077日の地獄」で、1939〜1945年の欧州を中心にフォーカスした内容で新構成された。

30年来の“映像の世紀ファン”を名乗る筆者的に、今回の高精細スペシャルは、たった3回ながら圧倒的な見ごたえだった。個人的に初代シリーズの次に好きかも……と思うくらいの構成美を感じた。

すでに最終回の第3部まで本放送は終了しているが、見逃した方に朗報がある。それは再放送。残念ながら、第1部の再放送は7月31日だったので過ぎてしまったが、第2部が8月7日に、第3部が8月14日に、いずれも深夜に再放送される。

また第3部については、NHKプラスで8月11日22時44分まで見逃し配信も行なわれている。

「映像の世紀特別編 ヨーロッパ 2077日の地獄」再放送予定(8月7日時点)ヨーロッパ 2077日の地獄 第2部 独ソ戦 悲劇のウクライナ」
8月7日 23時50分〜0時35分
ヨーロッパ 2077日の地獄 第3部 国民を道連れにした独裁者」
8月14日 23時50分〜0時35分
NHKプラス 8月11日22時44分まで配信中

せっかくなので今夜の再放送に向けて、改めてその見どころを整理していこう。

軍靴にまとわりつく泥濘の臨場感度重なる焦土作戦により破壊されたウクライナの首都キーウ/「映像の世紀特別編 ヨーロッパ2077日の地獄 第2部 独ソ戦 悲劇のウクライナ」より

今回の「映像の世紀 高精細スペシャル」の中核は、“第二次世界大戦を記録した高解像度35ミリフィルムの高精細化”だ。オリジナルの35ミリフィルムに記録されたおよそ50時間分の映像が、世界で初めて8Kスキャンなどで超高精細化された。合わせて、先行して取り組みが表に出ていたAIカラー化も施した……という内容である。

そうやって制作された本編の注目ポイントは、大きく2点ある。ひとつは、映像の見やすさや情報量の向上。

占領地から徹底的に収奪するドイツ軍/「映像の世紀特別編 ヨーロッパ2077日の地獄 第2部 独ソ戦 悲劇のウクライナ」より

高精細化の恩恵で映像の情報が整理され、さらにAIカラー化との相乗効果によって、画面の奥行き感やそれに伴う臨場感が増している。これらの合わせ技で、パッと見の映像から読み取れる情報量がかなり上がっていた。

シンプルに見ていて疲れにくいし、当時の空気感もできるだけ損なわず、自然に視聴できるよう再現しているのも凄い。

例えば、第二部「独ソ戦」で映ったソ連の大地の泥濘なんて、ドイツ戦車のキャタピラや兵士のブーツにまとわりつくドロドロの質感まで伝わってくるようだった。劣化したモノクロ映像のままでは、ここまで感じないだろう。

映像から漂うこのドロドロ感は、単なる歴史の記録映像でなく、現代を生きる自分と地続きの感触として残る。

ヒトラーとウクライナの争奪戦を繰り広げたスターリン/「映像の世紀特別編 ヨーロッパ2077日の地獄 第2部 独ソ戦 悲劇のウクライナ」より高精細化で見えてきた“歴史ストーリー”ノルマンディー上陸作戦 上陸する瞬間の兵士/「映像の世紀特別編 ヨーロッパ2077日の地獄 第3部 国民を道連れにした独裁者」より

そしてもうひとつ、これが凄いのだが、高精細化の過程で、これまでの映像からは読み取れなかった“歴史ストーリーの細部”が判別可能になったケースが描かれている。つまり、映像の歴史資料としての価値が高まっていて、さらにそれを中心に番組が新構成されており、新しい見ごたえに直結していた。

ヒトラーの震える手を隠すため公開されなかったカット/「映像の世紀特別編 ヨーロッパ2077日の地獄 第3部 国民を道連れにした独裁者」より

例えば、つい先日放送された第三部「国民を道連れにした独裁者」の冒頭が象徴的だ。1944年7月20日に発生した「ヒトラー暗殺未遂事件」。その数日後、奇跡的に無事だったヒトラーが、事件の負傷者を見舞う映像が残されているのだが、これを高精細化&AIカラー化してみると、ヒトラーの右耳にガーゼのようなものが詰められているのが見える。

事件の爆発でヒトラーの鼓膜が破れ、右耳が聞こえにくくなる怪我を負っていた様子が映っていたのだ。元の劣化したモノクロ映像では白飛びしていてわからない、細かいディティールが明確になった例で、番組はそこをフォーカスして解説する構成になっている。

もちろん、当時ヒトラーが負傷したと知っている人には推察できることだろうが、そういう知識がない人でも一瞬でわかる映像として見えるようになった価値は大きい。

ドイツに協力したとして髪を切られるフランス人女性/「映像の世紀特別編 ヨーロッパ2077日の地獄 第3部 国民を道連れにした独裁者」より

「映像の世紀」は過去にいくつも続編シリーズが制作されてきたが、これまでは“過去の映像技術”が残した記録のアーカイブ性が主軸で、それを現代的な切り口・目線で再構成していく形だった。

しかし今回の高精細スペシャルは、高精細化&AIカラー化という“現代の映像技術”を主軸に、過去の映像の価値そのものをアップデートする新構成になっているのが特徴と言えよう。これにより、映像だけでなく、歴史理解という意味でも解像度が格段に向上している。

志願して戦場を撮影したジョージ・スティーブンス監督/「映像の世紀特別編 ヨーロッパ2077日の地獄 第3部 国民を道連れにした独裁者」より

しかもAIカラー化に関しては、少し前に初代シリーズの第1集〜第5集をカラー化した内容が放送されたばかり。続きがあるとしたら、引き続き初代シリーズの第6集以降をAIカラー化するのでは……と思いきや、まさか映像技術軸の新シリーズが来るとは。この辺りの硬派さが、非常に「映像の世紀」らしい。

ファンとしては、ぜひ他の時代・地域も、今回の高精細スペシャルのフォーマットでやってほしいところ。まだAIカラー化されていない初代シリーズ第6集以降の歴史群、ホーチミンとかヤルタ会談とかも見たい。

そんなわけで、高精細化とAIカラー化が実現した新しい「映像の世紀」体験、見逃してしまった方もぜひ再放送でチェックを。

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