元TOKIO 山口達也「人生をあきらめない」 飲酒事故・アルコール依存症の経験から語る
約400人の観客に笑顔で語りかけたのは 6月グループを解散した時の元メンバー 山口達し画像元時山口達也人生を諦めない 飲酒事故アルコール依存症の経験から語る 7月19日群馬県オー町などが主催した 社会を明るくする運動の都いで人生を諦め ないをテーマに講演会を行った2018年 の受身の不祥時で芸能界を去った山口市は 2020年に式曜日運転でバイク事故を 起こしたことをきっかけにアルコール依損 症を辞任現在は株式会社山口達也を設立し 自身の経験を生かした公演活動を行って いる。黒く私は5年前からお酒が止まって います。違和感を覚える表現で自身の現状 を語った山口市は2020年のバイク事故 きっかけに酒を立つことを決めたというが 、まだ立ち切ったとは断言できない状況だ 。山口市はやめましたという言葉を我々 依存症者はなかなか使えないわけです。 なぜかと言うとその依存物質をまたやって しまうかもしれない。その度に手助けして くれている方たちはがっかりします。信頼 がなくなります。嘘つきじゃん。てなる わけですと語った。そしてお酒は大好き だったんです。飲めた方がかっこいいと 思いましたと酒を飲み始めた20代を 振り返った。酒を飲み始めた頃はウーロン ハイやレモンサワーなど2から3倍で満足 していたというが次第に酒の飲み方が変化 し30歳になるとボトル1本は普通に 飲めるようになったという。そして40代 になる頃にはラストオーダーに焼酎の ダブルのロックを5杯頼むまで酒の量は 膨れ上がっていた。黒く記憶をなくすこと があった。番組ロケで日本全国を飛び回っ たり朝の情報番組に出演したり仕事の量が 増えるたびに酒の量が増えていった。酒の 飲み方も変わり1人飲みっていいんです。 心の底からリラックスする。そして何が 良かったってパンツ一丁で飲んでいいん です。それで眠くなったら寝ていいわけ です。酒飲んで寝ればいい。マネージャー が迎えに来たら服を着て出ればいい。自分 のルーチンができていたと語った。しかし ある日曜起きたら身に覚えがない新品の酒 が机に置かれていて記憶をなくすことが あったと振り返る。いや待てよ。俺どんな 格好で飲んでいましたっけ?パンツ一丁で 飲んでいるんですよ時をなのにでも フライデー出ていました。つまり直後の 記憶はなくなっているけどその時は ちゃんと意識を持って動いている。多分服 を着てちゃんと買いに行っているわけです よ。毎日記憶をなくしながら飲んでうわっ てエネルギーを持って仕事する。今思えば 相当やばい飲み方なんだけど。じ

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