いま、次代を担う俳優の名をあげるなら、髙石あかりは間違いなくその筆頭格といえる存在だ。アクションとユーモアを自在に操る演技によって一躍話題を集めたのは、脱力系の殺し屋に扮した『ベイビーわるきゅーれ』シリーズ。以降も枠にとらわれない役柄の数々に挑み、2892人の応募者のなかから2025年度後期のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』のヒロインに抜擢された。
俳優としてステップアップしている彼女が、「宝もののような時間だった」と撮影を振り返る映画が『夏の砂の上』。松田正隆による戯曲を演出家、玉田真也が自らの脚本で監督した作品だ。髙石は伯父、治のもとに身を寄せることになった17歳の優子を演じている。
「この作品のオーディションで、監督から台本を読んだ感想を聞かれた時、素直に『わからないです』と伝えたら、『治というキャラクターが夏の間に少しだけ成長するお話です』とシンプルに答えてくださったんです。優子という役のキャラクターについても掴みきれずにいたのですが、『ありのままでいいですよ。そのままで優子なので』とおっしゃって。監督からの言葉を聞いて、もっとやわらかく、ストレートに捉えてもいいんだと思えました。完成した映画を観たとき、スクリーンに映っていたのは完全に自分ではなく優子で、それまで意味や正解を探そうとしていた自分にとって、台本の読み方や映画の見方が変わるきっかけになった作品です」
息子を亡くした喪失感を抱え、妻に見限られてしまった治と、父の愛を知らずに生きてきた優子。母と離れて伯父と同居生活を送ったひと夏は、優子にとっていかなる時間だったのだろうか。
「優子と母のあり方は、いわゆる普通の母と娘の関係ではなかったと思うんです。だから優子は人から見たらすごく大人で、でも一方で誰よりも子どもでもあったと思います。このひと夏の間に、それまで知らなかった感情のつぼみが生まれていったのかな、と。それは治が教えてくれたことかもしれないし、治と一緒にいることで優子のなかに母性のようなものが生まれたのかもしれない。いろいろなことを含めて、彼女にとってすごく大切な夏の時間だったのだと思います」
治を演じたオダギリジョーとはともに芝居をするなかで、感情が確かに交差した瞬間があった。
「最後にふたりが一緒に喉を潤すシーンで、自分でもなにかひとつつかんだものがあったなと思えたんです。その撮影が終わってからオダギリさんが同じカットを振り返って『あの時の芝居がなによりも映画的だった』と言ってくださって。映画を大切にされてきた方だと思うので、その言葉がなによりもうれしかったです」
撮影が行われたのは、真夏の長崎。共演者たちとちゃんぽんを食べ比べしたり、造船所と坂のある街を散歩しながら光と影の美しさに目を奪われたりした日々について、「優子としてただただ生きた、贅沢な時間だった」と話す。
この映画におけるもうひとりの主人公は、長崎の街。髙石は「空き時間にも、階段を何度も上ったり下りたりしたことはとてもいい思い出です」と話す。
「この映画の撮影を経験したことで、本番の時にもカメラの存在を忘れるほどに集中できたと思います。リラックスしないと集中は絶対にできないということを、力みのない共演者のみなさんのお芝居から学ばせていただきました」
本人はそう語るが、「初日の待ち時間に控え室で爆睡して、オダギリさんに『危機管理意識を持ちなさい』と言われました(笑)」というエピソードは、既に芝居に必要な緩急の本質をつかんでいることの証しかもしれない。
『ばけばけ』で演じるのは怪談で知られる作家、小泉八雲の妻、セツをモデルにした人物。撮影について聞くと、「順調に進んでいて楽しい日々です!」と笑顔が弾ける。リラックスと集中というキーワードは長丁場の撮影でも活かされているのだろう。透明感と芯の強さを併せ持つ髙石の表現力は、今後の日本映画とドラマに欠かせないものになりそうだ。
『夏の砂の上』の台本。原作は『紙屋悦子の青春』などで知られる松田正隆の戯曲。監督の玉田真也は、自身の劇団「玉田企画」でも過去に上演している。
髙石が演じる娘・優子を兄の家に預け、男のもとへと向かう母親を演じたのは満島ひかり。オダギリジョー、松たか子ら名俳優との共演からも刺激を受けた。
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PICK UP
映画『夏の砂の上』雨が降らない、乾いた夏の長崎。治は幼い息子を亡くした喪失感から、定職に就かずに暮らしていた。ある日、姪の優子と同居することになる。全国公開中。
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PERSONAL QUESTIONS
動画配信でハマっているコンテンツは?
大食いの方のYouTubeをよく観ています。家に帰ってからもずっと流しているので、私にとってはもう日常という感じなんです。イベントにも足を運ぶくらい大好きなジャンルです。
いま、よく聴いている音楽は?
最近というよりもずっと聴いているのですが、久石譲さんです。ジブリの大ファンなので、『千と千尋の神隠し』の「あの夏へ」、散歩中や移動中などに特によく聴く一曲です。
毎日欠かさずに行うことは?
どんなに遅くなっても、帰ったら少しだけでも体を動かすようにしています。撮影で集中する時間が多くなると、体が固まってしまう気がして。音楽をかけて踊ったりしています(笑)
落ち込んだ時にすることは?
喜怒哀楽はちゃんとあったほうがいいと思っているので、落ち込むのも悪いことではないと考えています。だから落ち込んだ自分も認めて、抱きしめてあげるようにしています。